8-2
房江が道場に着くと、床にずらりと白鞘に収められた刀が並べてあった。
それが100振りも並んでいる風景は、なかなか壮観だった。青橋と麻美も、ほぅと感心している。
「房江さん。あなたのお眼鏡にかなうものがあるといいんですけどね」
問屋の武藤利助がにこにこと、しかし商売人特有の鋭い目をして言った。
「あらら、今日は自信が無いの?」
房江の悪戯っぽい言い草に、「自信なら、あります。いつも通りに」
「それは楽しみね」
武藤は剣志隊だけでなく、白兵隊にも刀を卸す商人だった。報国の士で信用がおけるため、剣志隊は重用している。金さえ出せば何者にでも売る、というような男ではなかった。
「武藤さん、上作は何振りですか?」
ゆっくり歩きながら刀を1振りずつ眺めている房江の問いに、武藤は朗らかに答えた。
「上作は7振り。あとは下作ですわ。それを買われるかは、お金次第」
「上作のお勧めは?」
「おや、今日は新しい隊士のための刀と聞いてますが。中くらいの刀をお求めになるのでは?」
房江がニヤリと笑みを浮かべる。ニヤニヤが止まらない。
「今日は上作を買うつもりなのよ」
「それは良い話ですね」
武藤は、一番左に置いた刀を指差した。
「神奈川の、早良入道が打った刀がお勧めだね。評判はそれほどでもないが、よく切れる」
「あと2振り、お勧めは」
「その右に置いてある柄石太夫が打った刀。無銘だが、上作だ。その右に置いてあるのが3番目のお勧めで、作者不明だが、いい刃をしている」
左から3振りが、お勧めだというわけである。
「てことは、一番右が、一番駄目な刀ってこと?」
「そういうことですわ」
なるほど、右に向かっていくと、どんどん刃が粗末になっていく。
それでも、房江は最後の1振りまで確認した。
確認したところで、目に留まる一振りがあった。右から7振り目である。
「これは、いくら?」
へっ、と武藤が確認した。
値を告げると、安い。小学生のお年玉を10人分ほど集めた程度だった。
「手に取ってみてもいいですか?」
「もちろん」
房江は慎重に刀を手に取った。
いい重みである。
白鞘から抜いて見てみると、使っている鉄は上質なのが分かった。ただ、赤錆が全体に点々と散っている。
銘は切られているが、元の所有者はその銘を嫌ったらしい。溶けた金属か何かで銘を埋めていた。
普通は、こんな刀は誰も買わないだろう。
しかし、房江の直感に訴えるものがあった。
「この刀を、武藤さんの言い値の2倍で買うわ。私が個人用に私費で買う」
「それは豪奢な話ですな」
「その代わり、上作3振りの値段を落としてくれますか」
それを聞いて、武藤は、がははと高く笑った。
「京本様は、本当に商売上手ですなぁ。ええ、それでいいですよ」
「ありがと。今すぐ、新人を連れてくるから、拵えを選ばせる」
「はいはい」
やがて、新人隊士の羽場紗枝、黒井聡、棚網圭子がやって来た(この3人も、青橋や麻美と同様に学校を途中で切り上げ道場で待機していた)。刀のことを十分に知っているのは紗枝だけだったようで、黒井と圭子は武藤から説明を受けながら拵えを選んだ。紗枝は最初から考えていたようで、武藤の説明を受けずに希望を述べた。
房江は、拵えと共に選んだ刀4振りを研ぎに出させた。数日すれば剣志隊に届けられるだろう。
武藤が大量の刀と共に去ったあと、青橋が不思議そうに房江に聞いた。
「房江さん、なんであんな刀まで買ったんですか?」
刀について何も知らなければ、決して選ばない刀であろう。
「房江さんのことだから、掘り出しものだったんじゃないの」
言う麻美は、なんとなくそう思っているだけである。
房江にとっても、確信があったわけではない。
「まあ、良いものだったら隊へ献上するわ。はずれなら、私が私費で買ったものだし、打ち直して包丁にでもするわ。台所で天寿を全うできるなら、ただ朽ちるだけより、あの刀にとってもいいでしょう」
打ち直す、という言葉に青橋と麻美が目を丸くしている。
「房江さんて、そんなこともできるんですか?」
「素人芸だけどね。少しだけ」
名家で育つと違うんですねぇ、と麻美が感心している。
「それじゃあ、私はもう家に戻るわ。書類仕事がちょっと残ってるけどお任せしてもいい?」
麻美がちょっとばかり驚く。
「仕事大好きの房江さんが珍しいですね。何か用事ですか?」
「ちょっと家のことでね……」
うーん、とちょっとばかり悩んだあと、「お見合い写真がいっぱい届いてるので、見ないといけないのよ」
おおっ、と青橋と麻美が2人して盛り上がる。
「結婚するんすか、房江さん!」
「お相手はどんな人ですか、房江さん!」
その食いつきにちょっと房江が困っている。
「会ったこともない人と結婚するなんて、今は考えてないわ。どうやって断るかを1人ずつ考えなきゃいけないの」
「私もそんな良家のお嬢様みたいに悩んでみたいですね。私みたいな一般市民には、そんなの縁がないから」
「私だって普通の一般市民だと思うんだけどねぇ」
それは違う、と2人がぷるぷる首を振っている。
青橋と麻美の意見は正しい。
房江は家の門をくぐる前に見上げてみる。
家、というよりは屋敷、でもまだ足りず、豪邸であろう。
(一般市民というには無理があるかな……)
表札が2つかかっている。
「京本」
と、
「新陰流道場」
房江の家は、古流剣術を今にいたるまで伝え続けていた。軍人になりたいという者だけでなく、護身術として身につけたい者、趣味で剣道を習う者など、たくさんの門下生がいる。東京国内でも知名度が高く、剣術愛好家からは「京本新陰流」とも呼ばれている。
宗家当主は房江の父であり、つまりその一人娘である房江は、絶賛、お婿さん募集中なのであった。募集しているのは父であり房江ではないが。
私室に戻った房江は重苦しい打掛と外出用の小袖を脱ぎ捨てると、それよりは過ごしやすい湯帷子に着替えた。その後、台所で夕食の準備をしていた女中に声をかける。
「朝見れなかったお見合いのやつ、どこに仕舞ってある?」
女中は料理の手を止めた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。ご帰宅に気づかずまことに――」
「あーあー、大丈夫大丈夫。気にしないで。それよりお見合いの件を……」
「はいっ、お待ちを!」
前掛けでごしごし手を拭きながら女中が素早く歩き出す。それを房江は後ろから追いかける。
お見合い写真と身上書は封筒に入れられ、居間(広さは15畳)にある箪笥の引き出しにしまわれていた。
「ありがとう。断りの内容を書いたら、あなたが清書して送ってくれるのかしら?」
「はい。お手紙にして投函します。でも、全て断ってしまうのですか? どなたもご立派な方ですのに」
「うちで家事全般をやってくれてるあなたも十分に立派よ。それじゃあ、終わったらこの箪笥に戻しておくから、明日、お願いね」
「はい、承知しました。お嬢様」
ぱたぱたと台所に戻って行く女中を見送りながら、房江は背中をかいた。お嬢様という単語がかゆくてたまらない。
房江は一応、1人ずつ身上書に目を通した。どれも、陸軍で士官をしているだの、どこかで何とか流の免許皆伝になったといった男ばかりだった。社会的地位はかなり高いのだが、本当にうちの家に婿入りして新陰流の跡継ぎになるつもりなのだろうか。新陰流を修めている男は1人もいないが。
結局、房江が会ってみたいなという男は1人もいなかった。1人ずつお断りの文句を筆ペンでメモしていき、まとめて箪笥に戻した。
今房江が気になっているのは、今日買った刀の研ぎ具合はどうなのかと、あの錆びついた刀の正体は何なのかということだった。
いずれも、数日したら武藤が持ってきてくれる。
それまではお楽しみ、ということになりそうだった。




