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何度か算用帳で収支を計算したが、どうしても新人のための刀の購入費が足りない。
いや、正確には下作の刀なら問題は無いが、人の命を預かるほどの良い刀と考えると、足りない。
現在、22歳。来年4月を迎えれば剣志隊を卒業して白兵隊へ行くことになる。剣志隊の隊規でそう決まってる。最初の方にばっちり書いてある。
私、剣志隊を卒業したくないーーーー……。
京本房江はふにゃふにゃと机に突っ伏した。
服は和装が趣味で、突っ伏した拍子にふっくらと柔らかな綸子の打掛が、房江の長い黒髪と一緒にふわりと垂れ落ちた。
その時、事務方の部屋の戸をノックする音がした。きっと、同じ事務方の西紀麻美か青橋孝之だろう。房江は突っ伏したまま「はいどうぞーー」と気安く返事をした。
入ってきたのは、立派な軍服を着た壮年の男性だった。名は宮木。白兵隊の会計方をしていて、週1回、剣志隊の予算について擦り合わせをするのだ。そのために明るい時間から事務方の部屋で待機していたというのに、来年の春のことで鬱々となっていた房江はすっかりそのことを忘れていた。
「こんにちは、房江さん。大学をお休みさせてすまないね」
ばっ、と房江が体を起こして、慌てて打掛やら小袖やら髪の毛やらを撫でつけた。
「し、失礼なところをお見せしてしまいまして……!」
宮木はにっこり。
「そういう房江さんの親しみやすいところ、僕は好きですよ」
「きょ、恐縮です……!」
宮木は軍帽を机の上に置くと、分厚いノートをバッグから取り出した。
「それじゃあ、今月の支出と来月の予定予算についてですが……」
「宮木さん。来月の予算はどばっと増額してください」
ずいっと房江が身を乗り出した。宮木が目を大きくしてる。
「今月の入隊考査で3人増員です。予算はこれを考慮してくれてると思いますが、いつもの額じゃ足りません。なぜなら、今月は副隊長の柚希殿が練習のし過ぎで竹刀を3本、防具の面鉄を6個ほど駄目にしてしまいました。これの購入予算が必要なので予算増額が必須です」
早口でまくしたてられて、宮木は苦笑していた。
「糸無柚希さんですよね。面鉄でどこかに頭突きでもしたんですか?」
「いえ、試合稽古の相手の面鉄を、面撃ちで破壊しました。運良く、相手の隊士は6人とも無傷でしたが」
「ははぁ、なるほど……」
宮木はノートをめくりつつ、顎に手をやって思案した。
「来月の隊で購入するお肉の量を減らしますか?」
カッ、と房江の眼つきが変わった。
「それは駄目……! 賄い係の和美さんが死ぬほどがっかりするので……」
「それじゃあ、来月の七夕の食事会、取りやめにしますか? 予算が大分浮きますけど」
「それも駄目……! 私が超楽しみにしてるので……!」
「うーん。難しいですね……」
他のページをめくりながら考えていたが、やがて決心がついた。
「分かりました。上に予算増額を掛け合いましょう」
「ありがとうございます……!」
「ただ、理由が必要です。何か言い訳とか思いつくなら助かります」
房江の表情がふっと静かになった。思い返すまでもなく、すぐに理由が出た。
「先月、3人の隊士が討ち死にしました。理由はどれも、争闘中の刀の破損です」
「下作の刀だったんですか?」
「そこまで粗悪ではありませんが、もっと良い刀を持たせてあげたかったと思っています」
その顔で宮木も納得した。宮木だって、同僚が同じように討ち死にしたら、そんな顔になってしまうだろう。
「分かりました。その理由でなんとか承諾を得られるように頑張ります」
「よろしくお願いします……!」
房江は深々と頭を下げた。
その後、細々とした支出と収入の擦り合わせをした。宮木の質問は的確かつ微に入り細を穿つものだったが、房江ははきはきと即答していった。
全ての話が終わると、宮木は立ち上がって軍帽をかぶった。
「そういえば、先日、お父上が白兵隊にご挨拶に参られましたよ。不才の娘ですがどうぞよろしくと。京本家のお嬢さんが不才なわけないんですけどね。みんなが、立派な父上だと感心していました」
父よ……。
なぜ娘がいない所で勝手に話を進めるのだ……。
(まあ、来年に白兵隊の入隊試験を受けるんだから、仕方ないけど)
房江には、「どうもです……」と答えるのが精いっぱいだった。
宮木が帰るために戸を開けたところ、そこに事務方の青橋と麻美がいた。どうやら戸に耳をくっつけて中の様子を窺っていたらしい。
2人とも学校の制服姿だった。今日は夕方に刀問屋がやって来るので、向学のため、2人を同席させるべく、房江が早退させたのだ。
「にしてもすごいっすね、房江さん。予算増額だなんて」と、青橋。
房江は力こぶを作って、「事務方は予算をもぎ取るのもお仕事よ」
「でも、来年にはいなくなっちゃうんですよね。私たち2人で事務方をこなすのは無理です……」
悲しそうに目を伏せる麻美の言葉で、房江の力こぶは再びへにゃへにゃになった。
「そんな悲しいことよりも、まずはお仕事よ。隊で常備してる服や靴が大分少なくなってるし、警官隊からの報告書を隊士向けに編集するし、隊士からの報告書もまとめなきゃよ」
はいっ、と元気良く返事をした2人は、さっそく仕事にとりかかった。
房江にとって可愛い2人の部下。まだまだ発展途上で、一人前になるまで見守りたい。
(この2人を置いて卒業したくないーーーー……)
それが房江の心の底からの願いだった。
町中に響く昼の鐘七つが屋内でも聞こえた。午後4時だ。そろそろ刀問屋がやって来る。
房江は隊士からの報告をまとめたファイルをぱたんと閉じて立ち上がった。
「それじゃあ、2人は道場の前で待ってて。多分、武藤さんは刀を100振りは持ってくるだろうから、武藤さんが道場に運ぶのを手伝って欲しいの」
「房江さんはどうするんすか?」と青橋。
「来月の予算増額について、隊長と口裏を合わせておかないといけないのよ。もし白兵隊から連絡やら確認が飛んできた時、隊長が知らないってなると問題になるの。こういう根回しも事務方には必要だから覚えておいてね」
「うぃす」
武井初芽は宿舎1階の大広間で見つかった。同じく大広間でつかの間の休憩をしている隊士たちを優しく見守っているというよりは、隊長としての書類仕事が嫌になったので大広間でサボってるという方が正しい。
房江は来月の予算増額のことを説明した。隊長なら白兵隊から何か連絡が来ても、良きように対応してくれるだろう。
「私からもお前に連絡がある」
「あら、なんでしょう」
「白兵隊からお前に、隊内の武道大会に出場しないかって連絡が来たよ。京本家の長女が来るって気合はいってるらしい」
房江は顔をくしゃくしゃっと歪めた。
「お断りしますわ。私はまだ剣志隊隊士なんだから、白兵隊に顔なんか出したりしない」
初芽がにやりと笑う。断るのは初芽には分かりきっていた。
「でも、来年にはお世話になるんだから、今から顔を売るのも悪くない」
「それは分かってるけど……」
「まあ、お前の気持ちは分かった。丁寧に断っておくよ」
「よろしくお願いしますね」
房江はぺこりとお辞儀をすると道場に向かった。
「いい刀を見繕ってくれよ」
「おまかせあれ~」
背中を向けたまま、房江はひらひらと手を振った。




