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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
7話:【長谷部珠子】描き足したかったもの
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7-11

 菫を見送った翌日の朝。

 珠子は初芽と話をするための服を選んだ。

 藍色の小紋は、蔵前と新橋の争闘で汚れてしまったのでだめだ。

 代わりに、次のお気に入りである紫鳶(むらさきとび)の地に矢絣(やがすり)の極小紋(ごくこもん)を選んだ。

 着替える前にしっかりシャワーを浴びて、お天道様の光で髪も乾かし、くしで綺麗に整えた。

 このままどこかの会社面接にでも行けるくらいに身なりを整えた珠子は、寂寥を感じつつ、隊長室の戸を叩いた。


 そこで、珠子は隊長の初芽に除隊願いを出した。理由は、美術の勉強に専念したいため、であった。除隊の意志を持つ隊士を、隊に置いておくことはできない。初芽は承諾した。

「お前がいなくなるのは寂しいよ」

 本当に悲しそうな顔をするものだから、珠子の胸も痛んだ。

「もしもですが、戻って来たくなったら、戻って来てもいいですか?」

 そう聞くと、初芽はいたずらっ子のように笑った。

「その時にまだ22歳になっていなくて、入隊考査に合格できたらな」

 それは無理かもしれないな、と珠子も笑った。


 ほとんど自室として使っていた宿舎の部屋の荷物を段ボール箱に詰めて、実家への配送を手配したところで、珠子はもう隊舎を出る準備を整えた。あとは、手荷物を持って家へ帰るだけだったが、珠子にはもう一つだけやっておきたいことがあった。

 昼七つ(16時)になって、目的の人物が隊舎にやって来た。

 柚希である。

 あんな斬り合いの後でもきっちり本営に現れるのだから、剣志隊の鑑と言えた。

 シャワーを浴びて、道着に着替えて道場へ向かおうというところを捕まえた。

「副隊長」

「ああ、長谷部か。今日も絵を描いてるのか。新人隊士が来るのは明日だぞ」

 珠子はひとしきり苦笑した後、深々と頭を下げた。

「今日で除隊させてもらうことになりました。お世話になりました」

 柚希はびっくりして目を丸くしていたが、やがて状況を飲み込んだ。

「絵を描くためだな」

「はい」

 柚希にとって、除隊する隊士は初めてではない。悲しさを表に出さないのも堂に入っていた。

「それじゃあ、除隊前に長谷部に聞いておきたいことがあるんだが、聞いてくれるか?」

「なんでしょう。私に答えられるものでしょうか」

 1歩、珠子に近づくと、柚希は恥ずかしそうに顔を赤くして、俯いて、そっと小さい声で言った。

「副隊長だからって、年下なのに偉そうな口の利き方をしてるのって、嫌でしたか……?」

「え……?」

「威厳が無いといけないと思って、がんばってこういう態度をしてるんですけど、どうなんでしょう……。もしみんなが嫌がってるなら、ちょっと考え直そうと思って……」

 珠子は、柚希が今17歳であることを、だいぶ久しぶりに思い出した。ついでに、入隊間もない頃も。あの頃は小っちゃくて可愛かったのにと思ったが、つまり今でも可愛いままなのだな、と。

 もじもじしてそんなことを聞く柚希は、まだ高校生の女の子なんだな、と思う。

「大丈夫ですよ。副隊長はいつもかっこいいから。そのままがいいんじゃないかな」

「ほ、本当に?」

「本当です。嘘ついてませんよ」

 柚希はしばらく珠子の本意を確かめるように目をじっと見つめていたが、やがて1歩離れると、おほんと咳払いをした。

「ありがとう。参考にする。それじゃあ、達者でな」

 あんなことを聞いてしまったら、威厳もどこかに行ったように聞こえてしまって、自然に笑ってしまった。

 そして、珠子にもお願いしたいことが1つだけあった。

「お別れする前に、1つだけ副隊長にお願いがあります。聞いてもらえますか?」

「お願いによるよ。何?」

「最後に、副隊長の絵を描きたいんです」

 「いいよ」と言う柚希の手を取って、宿舎の大広間まで連れていった。

 柚希を椅子に座らせると、珠子はスケッチブックと鉛筆を手に正面に座った。肩くらいまで伸びた髪が艶々としていて、スケッチし甲斐がありそうだ。

「ところで、スケッチっていうのはどのくらい時間がかかるんだ?」

 澄ました顔で、なにやら緊張している柚希の問いに、珠子が答えた。

「2時間くらいです。動かないでくださいね」

 柚希はそれを聞いて「うげぇ」と言った。


 珠子は、最後まで助言についての礼を柚希には言わなかった。言ってしまうと今生の別れになってしまう気持ちがしてしまいそうなのが嫌だったからであった。ただ、柚希に「相討ちはやめろ」と言われなければ、今も五体満足でいられたかは疑わしい。

 2時間ほど柚希を拘束した後、スケッチブックを小脇に抱えて家へと戻った。

 勝手に剣志隊を辞めたことを父親にこっぴどく叱られるのだろうが、柚希のスケッチの事を思えば耐えられそうだった。

 こうして、珠子は剣志隊を除隊した。大半の隊士が、22歳を迎えて白兵隊に入隊するか、任務で死亡するということを考えると、自分の意志で隊を抜けるというのは非常に珍しい例である。

 家に戻った珠子は、描きかけていた築地本願寺の絵を完成させることができた。

 日の出から間もない時刻に佇む築地本願寺を見上げる、柚希の姿を描き足したのだった。

 剣志隊を辞めて家族から猛烈に叱られた珠子だったが、その絵を見ることで、なんとか乗り切ることができそうだった。

7話までお読みいただき、ありがとうございます。

続きも楽しんでいただけましたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

次は刀の目利きもこなす事務方の隊士のお話です。

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