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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
7話:【長谷部珠子】描き足したかったもの
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7-9

「これで終わりだなぁ。一応、聞いておくぜぇ。おとなしく人質になる気はあるか?」

 人質になれば、今この場で殺されることはないだろう。

 犯人たちが逃走するための材料にされるのだ。

 その後、どうなるかは、分かりすぎるほど分かる。

「お断りです。私、剣志隊の迷惑になるのは、嫌なので」

「そうかい」

 男は槍を構えたまま、舌舐めずりをした。

 なぎ払うか、突きか。珠子は左腕から流れる血に苛々とさせられながら、男を冷静に見ている。もう、次の読みを外すわけにはいかない。

 男がなぎ払えば、しゃがむなり飛ぶなりして避けるしかない。後ろに空間はもうないのだから。しかし、外せるだろうか。

 突きであれば、穂先を叩いて男の手元へ飛び込むのが定石だが、二の突きを繰り出される前に仕留められるか。

 どちらにせよ不利。

 ならば。

 後の先よりも、先の先。


 珠子が踏み込み、前へと飛ぶ。

 それに応えるように男の槍が突き出される。

 真っすぐに珠子の心臓を狙っている。

 それを、右足を軸に半回転して避けた。最初にこの男と斬り合った時に繰り出した回避と同じだった。

 回転する自分の背後を、誰もいない空間を突こうとする槍が通過するのを感じながら、珠子はなめらかに斬りつけた。

 珠子の体が男へと向き直った時、男が笑っているのに気付いた。

 両手で握るべき槍を保持しているのは右手のみ。

 空いた左手で拳を握り、珠子の腹をえぐった。

「ぐぇ……!」

 すぐさま、同じ左手で珠子の顔面を狙うが、珠子は無理矢理に後ろに倒れこみ、ぐるぐる回って男と距離を取った。

 男は追わない。再び槍を両手で保持する。

「痛かったろ? お前なら、その変な避け方をすると思ったからよぉ、殴ってやったぜぇ」

 まったく自分らしくもない。逆に行動を読まれるとは。

 珠子は立ち上がって下段の構えを取るが、もう頭があまり働いていなかった。

 ただ、男が次に繰り出すのは突きだと直感した。

 最速の攻撃で自分を仕留める気だろう。

 なぜそう思うのかというと、今まで幾多の死線をくぐってきた経験がそう言っているのだろうと思う。


 予想通りに、男が突きを放つ。

 男の狙いが、珠子にははっきり見える。

 今まで心臓を狙っていたが、今回は正中線上、胸のど真ん中。右に避けても左に避けても、腕には刃が刺さるだろう。無傷で避けるのは望めない。

 やっちゃおうかな、と珠子は思う。

 男は、珠子が切りつけられるほどの間合いではないと判断しているが、甘い。珠子の脚力なら1歩の踏み込みで充分な距離だ。

 このまま全力で踏み込み前へ出て、持っている刀を突き出せば、男の胸を刺せる。たとえ、自分の胸に槍が突き刺さっていたとしても、おそらく可能だった。

 あるいは。

 左半身を犠牲にする。肩で槍を食い止めれば動きが止まる。そこを、右手で斬る。たとえ片手でも、自分なら一刀で首を斬り裂ける自信がある。

 やっちゃおうか。

 どうせやられるなら、相手も。

 やれる。


 珠子は後者をとった。利き腕が無傷である方が、まだ先が望める。槍が突き刺さってから、この男を殺すまでの僅かな間だけ、命を長らえさせることができれば、オールオーケイ。

 槍の穂先が迫る。

 その切っ先が、僅かに陽光を照り返すのを見て、珠子は心変わりした。

 相討ちはやめておけ、と。先輩がそう言っていた。相討ちなんて、ろくでもない。

 珠子は下段に構えかけた刀を、その手の形のまま男に投げつけた。

 手首の動きだけで投げつけられた刀は、ほめられたものではない速度だったが、その刃は確かに男の顔面へ飛んでいく。

 包帯男に、相討ちなどという神経はない。顔面に向かってくる刀にぎょっとしつつも、顔を思い切り横に倒して避けた。刀の先端が男に突き刺さることはなかったが、肩に落ちた刃が肉に食い込んだ。

 その程度で、槍の刺突が止まることはなかった。だが、勢いが乱れ、狙いは狂う。

 珠子は膝を折って、しゃがむことで槍をかわした。

 その次の一撃はどう避ける? それを避けられたとして、3撃目は?

 そもそも、刀を投げてしまった珠子は空手である。素手の剣志隊隊士に勝ち目などない。

「終わりだなぁ、剣志隊!」

 男が吠えた。

 珠子は立ち上がりつつ、前へ出た。槍使いとの戦闘において、距離を詰めるというのは常套手段である。

 だが、男は、先ほど「殴る」という手段でそれを無効化できることを証明した。バカめ、とほくそ笑んだ。これで勝てると思ったし、既に考えは珠子を殺した後の事にまで及んでいただろう。

 男は槍の突きを止め、再び左拳を繰り出した。

 それが決定的な悪手になった。

 男にとって。


 当たるはずの拳が空振りに終わる。なぜかというと、その肘から下が一刀のもとに斬り落とされたからである。

 珠子は手に持つ刀を残心しつつ、中腰の姿勢から下段へと構えた。

 その刀は、男が最初に放り投げたものである。しゃがんで避けた時に、その柄を掴んでいた。

 自分のものでない刀を持つことに、珠子は嫌悪した。この心根が汚い男が持っていた刀を手にしているだけで、自分にまでそれが伝わってくる感触がする。

 だが、まあ、自分の刀で斬られるんなら、ちょっとばかり本望じゃないか? それとも、犯罪者のお前には、そういう感覚は無いか?

 男は右手一本で槍を突き出した。しかし片手ではあまりに遅すぎた。その穂先が迫るよりも前に珠子は前に踏み出し、真っ向から斬り下ろした。男は頭を真上から思い切り叩かれたみたいに地面に叩きつけられた。もう事切れている。

 珠子は持っていた刀を捨てた。そして先ほど自分が投げた刀を取ると、同じく落ちていた鞘に収めた。やはり、刀は自分のものがいい。


 柚希、房江、大津の3人は傷もなく無事だった。しかも、それぞれ敵を殺さず捕縛していたと聞いて、珠子は「自分は咄嗟に殺してしまった」と暗い気持ちになった。生かして捕らえることができれば、警察に引き渡すことができたのに。

 本営に戻ると、菫に「おかえりなさい」と出迎えられた。

 警官が保護のために来たのだが、菫があまりに嫌がるものだから、この日の晩は剣志隊が保護することになったらしかった。

「ずっとここに住むことになったりしますかね」

 とは法子の談。

 しかし珠子は否定した。

「ここじゃ危険だよ。4年前の九尾党みたいに、悪いやつらが襲ってくるかもしれない。親が見つからないなら、養護院に入ることになるだろうね」

「珠子さん、4年前の争乱の時からいたんでしたね」

 負傷して途中から戦線離脱してしまったが。最後まで戦い抜くことはできなかった。

 その晩は菫は珠子と同じ布団で寝た。


 翌日、再び警官が本営にやって来た。

 菫の父親と共に。

 菫の苗字は「伊田」。警官の捜査によって、警官隊の誰かが徹夜をして探してくれたのだろう。

「ちちうえー!」

 菫が泣き喜びながら父親にしがみついていた。

 それを見て、やっと自分のやった事が報われた気持ちになれた。

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