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菫が隊士の女の子たちに囲まれて、お菓子をもらったり一緒にお絵描きしたりと微笑ましい光景が広がってる横で、珠子は床に大の字になっていた。
立ち上がる気力も無いのだが、房江がひょっこり現れて、珠子の顔を覗き込んだ。
「あれ、珠子ちゃんは巡察に出てるんじゃないの?」
珠子が描いた張り紙には、初芽に言われた通り、次の内容も書いておいたからだ。
『なお、以下の者は引き続き巡察に出て、誘拐犯の捕縛を行うこと。隊長、副隊長、伍長職、房江、珠子。以上。by 武井初芽』
その珠子が寝てるとなれば疑問に思うのは当然だった。
「私、隊長の命令で犯人の似顔絵描いてたんですよー。さすがに神経使ってぐったりしてるので、今休憩中なんです」
「そんなことしてたのね。剣志隊の歴史上、仕事で絵を描いたなんて、あなたが初めてかも」
「そうかもしれないですねー」
「見せてくれる? 私も巡察出るから、顔を先に知ってれば先手打てるし」
「はーい」
尺取り虫のようにぎくしゃくとスケッチブックに向かい、ページに挟んであった似顔絵3枚を房江に渡した。
「こっちの大柄は――」菫が近くにいるから言葉を選ぶ。「もう気にしなくていいです。こっちの無宿人風は、私が左目を切りました。きっと今は包帯か何か巻いてます。最後のホクロの人は、私は会ってません。菫ちゃんの記憶で描いたものです」
房江が心底驚いている。
「すごいわねぇ。写真みたいじゃない」
本当は、私は印象派の絵が専門なので、写実的な絵を描くのは苦手、というのは敢えて言わない。
その時、菫の相手をしていた、房江と同じく事務方の西紀麻美が、似顔絵を房江の背中から見て言った。
「こっちのホクロの人、見た覚えありませんか? 房江さん」
房江が頷く。
「うん。何か警官から来た資料で見た記憶があるのよね」
「一緒に探してみます?」
「そうね」
そう言って、房江と麻美が事務方の部屋に向かう。
珠子は寝そべったまま「お願いしますー」と見送った。
が、すぐに戻ってきた。
房江が何やら書類を手にしている。
竹製のクリップを外して書類を1枚ずつ確認していき、そのうちの1枚を取り出した。
そして、最後に珠子が描き上げたホクロの男の絵を床に置き、その横に並べた。
房江が持ってきた紙には写真がプリントアウトされており、望遠で荒くはあるものの、男の顔がはっきりと確認できた。
そして、その顔は、間違いなく、珠子が描いた男だった。
もぞもぞと珠子は起き上がった。どうやら寝ている場合ではなかった。
「ホクロの男、もしかして警官の手配を受けてるんですか? 前科あり?」
房江は静かに答えた。
「この資料は岩手国から送られたものなの。彼らと繋がっていた男を1人逮捕することができて、色々情報収集できたみたい」
「その逮捕した男が色々白状したってことですかね」
「そうよ。それで、岩手国が凶悪犯と判断して、各国の警官隊に送ったってわけ」
「そいつらは、どんなことしてるんですか?」
「強盗と誘拐よ」
じゃあ、あいつらはいつもの日常として誘拐事件を起こしたということか。
資料には、他の構成員の写真と略歴もあった。
「ここの写真、さっきの大柄の人に似てますね。ちょっと写真が荒いんですけど……」と、麻美。
「もう1人の男は頭目ね、きっと。資料の写真と同じ男に見えるわ」
犯罪集団の人員は6人。
東京での拠点は、新橋。おおよその位置まで書いてあった。
「どの国の警官もまだ逮捕できてないのは、彼らが常に移動してるから、今どこの拠点にいるか分からないからなの」
珠子が彼らに会って捕り物を演じたのは今日だ。今日、仕事をこなしてどこかに帰るとしたら、どこに帰る?
「今なら、東京の拠点にいるんじゃないですか? まだ数時間も経ってないですよ」
珠子がそう言った時、大広間に凛とした声が響いた。
「本営で待機命令だからといって、気を緩ませるな! 各自、道場で稽古するか、次の定期考査の勉強をするように!」
珠子がどきりとした。
柚希だ。彼女の叱責が、すっかり苦手になってしまっている。
思った通り、柚希は珠子を見つけるなりツカツカツカツカと素早く近づいて、ぐっと顔を近づけた。
「隊長から巡察を指示されてるんじゃないのか? なんで大広間で油を売っている? まさか、まさかとは思うが、本営待機の隊士に混じってれば、ここで絵を描いていてもバレないんじゃないかとでも思ってるのか?」
怒りを通り越して少し笑ってしまっている柚希の剣幕に、珠子は柚希が喋り終わる前から既に泣きそうだった。
「房江さん、副隊長に説明してくれますか? 私が説明しても信じてくれなさそうなので」
「隊長は戻っていないんだな」
柚希の言葉に房江が答える。
「隊長が巡察に出たのは珠子ちゃんが戻った後だから、まだしばらくは戻って来ないと思うわ」
「伍長で今本営に戻ってるのは?」
それには麻美が答える。
「大津さんが道場にいると思います。それ以外の方は、まだ巡察中だと思います」
柚希が考えている。真面目な柚希の考えが、ほんのり珠子にも分かる。
考えが正しいなら、珠子としては望むところだった。
普段なら、その本拠地になど行かずに絵を描いていたいと思うに違いない。だが、菫の母親を斬った男が、今東京にあるという本拠地にいるのなら話は別だ。
「房江さん、私の考えが正しいか意見をくれますか」
「いいわよ」
「私は、今すぐ、その本拠地に向かうのが良いと思う。今日だけで何人も死人が出てるし、今日までとこれからの被害を考えれば、絶対に今日止めるべきだと思う」
「いい考えよ」
「出るのは、私、房江さん、長谷部、大津の4人。構成員が6人となると人数を連れていきたいが、屋内で斬り合うとなると少数精鋭の方がいい。どう思いますか?」
「異論ないわ」
「隊長がいないのに、この判断で今から斬りこみに行っても良いと思いますか?」
房江が答える、よりも前に珠子が答えた。
「異議なし!」
柚希は意外そうな顔をして、しかし、嬉しそうに笑みを浮かべた。




