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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
1話:【糸無柚希】剣志隊はこうして斬り合う
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1-4

 柚希の言った通り、志位の出血は止まっていた。骨にまでは達していないので、連れて行く。志位は少しばかり辛そうな顔をしたが、医務室のベッドから降りて、素早く仕度を整えた。

 剣志隊に備えられている馬は、全て数えても十指に満たない。その貴重な移動手段を2頭使うということで、柚希は多少なりとも緊張していた。馬に怪我をさせるということは避けなくては。

 柚希と志位は馬を夜道に走らせた。粕壁の宿場に着いたのは、午前1時頃だった。2人は宿を探し出し、主人を叩き起こすと、聞き込みに回らせた。

 まだ鈴本らしき人間はこの宿場を通過していないらしい。

 柚希は宿の下男に夜通しで道を見張らせ、自分たちは宿の一室で仮眠を取ることにした。服は着替えず、枕元には刀を置いたままである。

 日が昇る頃、部屋の戸を下男が叩いた。「遠くに、男が見えました。30分かそこらで、ここを通ります」

「分かった」

 柚希は、熟睡はしていなかった。柚希は隣で寝ている志位を叩き起こすと、宿の外に出た。

 雲が一つもない。朝焼けで宿場が茜色に染まっている。柚希は、まさか大通りの真ん中で待ち受けるようなことはしない。宿から椅子を持ち出すと、建物の脇に並べて志位と共に座っていた。宿の下男は震えながら、建物の影からそれを見守っている。

 30分が経った。下男の見込みは正しかったようである。

 男が、歩いてきた。顔はすっかり疲れきっている。はだけた胸元には包帯が見えた。背中の傷を押さえるためにぐるぐる巻きにしているのだろう。片手に提灯を提げている。既に火は消しているようだ。

 鈴本源二であった。

 柚希と志位が、ゆっくりと大通りに出た。それに鈴本が気付く。

「やあ。あんたたちか」

 懐かしそうな声音すらあった。小さく微笑みながら、刀を抜き、提灯を捨てた。ここが自分の死地になる、と観念したのだろう。ただし、死ぬにしても、死出の供として2人を斬り殺す気概である。

 志位は柚希の後ろに一歩だけ引いた。鈴本を斬れば手柄となるが、隊士が複数人いる時は、位が最も高い者が前に出ると決まっている。

 しかし、柚希は刀も抜かず、後ろに引いて志位の横に並んだ。

「君に譲る」

 驚いたのは志位である。

「夜に君がこの男を取り逃したのは、恥であった。ここでその恥をすすげ」

 副隊長がそう言うのであれば、従うしかない。


 志位は、柚希の一歩前に進み、刀を抜いた。

 鈴本は疲れきっているが、剣気はいささかも衰えていない。むしろ、最後の燃焼を行うべく、気合いは充溢(じゅういつ)していた。

 鈴本は八相の構え。

 対する志位は正眼。

 鈴本が踏み込み、斬り下げるが、志位は後ろに引いてかわした。鈴本の威風にまだ負けている。が、志位とて負けるわけにはいかない勝負である。かっ、と裂帛(れっぱく)の気合いを入れて踏み込んだ。

 鈴本の間合いに深々と入った志位の切っ先を、しかし鈴本は横なぎに打ち払った。刀を打たれて志位の上半身が泳ぐ。その隙に鈴本の刃が、下段から猛烈な勢いで振り上げられた。

 柚希は動かない。刀に手をかけたりもしない。志位なら勝てる、と信じている。

 志位の優れている点は、目である。目が良い。

 命を晒しているこの瞬間、体が灰になりそうな切迫感の中、志位は身悶えしそうな恐怖を無理やりに押し込み、鈴本を見た。

 志位は、目算で鈴本の刀を二尺四寸二分とあたりをつけた。なおかつ、鈴本の切り上げは踏み込みが浅い。切っ先で顎を斬りつけ、ひるんだ所でとどめの一撃を加えようという気だろうと読んだ。だから、二尺二寸ほど、後ろに引けば避けられると踏んだ。

 目算に誤りはなかった。

 鈴本の切り上げは空を切った。

「あっ」

 鈴本の目が恐怖に歪む。

 志位と目が合った。その目は、怒っていた。鈴本にではない。後ろに引く時、一寸だけ、引きすぎた。その自分の目算の甘さに怒っていた。

 続く志位の一撃は冷静であった。力強く踏み込み、腰を落とし、真っ向から切り下げた。鈴本の肩に刃が食い込むと、前のめりに倒れた。

 

 志位が膝をついて、肩を押さえた。

 傷が開いたかもしれない。柚希は急いで志位に駆け寄った。

「大丈夫か?」

「すっげえ痛いっす。正直、こいつに勝てたのは運が良かったかな、と」

 へへ、と志位が笑う。嬉しそうではある。

「これで、俺の失敗は帳消しになったすかね」

「そこまでじゃないだろう。また失敗するかも、とは思われてる」

 志位が立ち上がった。まだ肩の痛みは厳しいが、もう前を向いている。

「俺、次はビビったりしないっす。次こそは、一撃で決めます」

「ああ。そうだな」

 柚希にも反省点はあった。もしあの時、一撃で鈴本を斬り倒すことができていれば……。

「お前を責めてるつもりじゃないんだが、あの時、志位が失敗することを事前に察知できていれば、こんな風にはなっていなかった」

「それ責めてるっすよ」

「いや、そうじゃなくて……」

 柚希には珍しく、慌てたように頭を左右に振った。

「あの時、私とお前の2人だけで剣志隊だった。だから私は、私とお前の2人のことを把握できていなければいけなかったんだ。私自身だけじゃ、足りないんだ」

「要するに、戦う前に俺のビビりも勘定に入れておくべきだったってことですよね」

「そういう意味じゃなくって……!」

 志位が、慌ててる柚希を見て笑ったが、いよいよ肩の痛みが限界に近づいてきた。疲れ切った笑いしか出て来なかった。

「言いたいことは分かってます。副隊長なら、俺がビビって失敗しそうだってことを、失敗前に分かっておけよってことですよね」

「まあ、うん、そういうことだ」

 柚希がぷいっと顔を背けた。少しだけ顔を赤くしてるのが志位にも分かった。

 

 柚希は志位を伴って隊舎に戻り、事の次第を報告した。それを受けて、初芽は、鈴本を斃した事を大阪国、及び九州国に伝えた。同時に、岩手国に、鈴本が頼ろうとしたのは白原十四朗だという事も伝えた。鈴本の共が持っていた手紙が証拠である。

 ほどなくして、岩手国より白原を捕縛したことが伝えられた。のちに白原は獄死している。

 しかし、鈴本の部下が持っていた紹介状を書いた「雲居(くもい)眞咲(まさき)」という人物については、東京国内では見つからず、また岩手国からも連絡は無かった。警察の要注意人物として登録され、引き続き捜査が続けられるだろう。


 ちなみに、鈴本を斃した直後、その遺骸について警察に連絡するよう宿場の下男に依頼すると、馬を急がせて本営まで戻った。

 柚希が、高校の無遅刻無欠席を守るためである。

 彼女の懸命の努力により、この日も遅刻せずに登校できたことをここに記しておく。

1話までお読みいただき、ありがとうございます。

続きも楽しんでいただけましたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

次は恋に悩む隊士のお話です。

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