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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
1話:【糸無柚希】剣志隊はこうして斬り合う
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1-3

 志位の行った道を駆ける。

 追いつけるだろうかという心配はあったが、それはすぐに氷解した。

 志位は道の真ん中で膝を地面につけて、止まっていた。

 左右に視線を巡らすが、鈴本がいる気配は無い。

 鈴本自身も背中に手傷を負っているのだ。志位にとどめを刺している余裕は無かったようだ。

「大丈夫か、志位」

 声に反応して、志位はへへと笑った。空元気だった。

「すみません、鈴本を逃がしました」

「そのようだな。お前の傷を見せろ」

 志位は右肩に2度も斬撃を食っていた。ただ、骨までは達していなかった。志位もそこまで深い一撃を相手に許すほど浅い腕ではなかったということだ。

「なぜ刀を抜かずに接近したんだ。抜き打ちに自信があったのか?」

「鈴本の気迫がすごくて、ビビっちゃって……」

「ばか」

 ここで叱責していても仕方がない。志位のために、いったん本営に戻る必要があった。

「戻るぞ、志位。隊長の指示を受ける」

「分かりました」

「ただその前に、さっき斬った男の遺骸を検める。何か手がかりがあるかもしれないからな」

「寄り道っすか。しんどいっすね……」

「一人で戻ろうなんて思うなよ。他に鈴本の息がかかった奴がこの辺りにいたら、お前、本当に死んでしまうぞ」

「分かってるっす。付き合うっす」

 志位はまだ血が止まらない肩口を強く押さえながらよろよろ立ち上がった。


 本営は浅野の説明を受けて出動する者や、怪しい者を発見できずに戻ってきた隊士たちでごった返していた。

 そこへ負傷している志位が戻ってきたものだから、視線を集めてしまっている。

 みな、「どうしたのか」と聞きたいところだったが、副隊長の柚希が怖い顔をしていると、そんな風に聞くこともできない。

 柚希はその辺りにいる隊士を捕まえると、

「隊長は来ているか?」

 と聞いた。

 聞かれた隊士はまだ幼い少女だった。柚希に睨まれて、今にも腰が砕けそうに震えていた。

「き、き、来ています。お尋ね者を、みんなで捕まえるって……」

「どこにいる?」

「隊長の、部屋に……」

「分かった」

 志位には医務室に行くように伝えると、柚希は本館の隊長室に向かった。


 剣志隊の拠点が築地本願寺の敷地内にあることは前述した。

 宿舎の離れという形で、本館が建っている。

 剣志隊の事務方の執務室や医務室など、剣志隊の実務機能を本館が担っている。

 隊長の執務室は、本館の最上階にあった。他の部屋はみな木製の戸であったが、執務室のそれは鉄の戸であった。

 柚希がドスドスと鉄の戸を叩くと、「入れ」という声がした。

 中には、剣志隊の隊長である武井(たけい)初芽(はつめ)が机に向かっていた。和風な足の低い机ではなく、洋風の背の高い机である。

 初芽は23歳の女性で、凛々しい顔をしている。今は座っていて分からないが、背は同年代の男性と同じくらいに高かった。墨のような真っ黒の髪が腰まで伸びている。着飾ろうという気は全くないということが、その髪の毛が声高に主張していた。

 4年前の九尾党の争乱の時は副隊長であったが、隊長が九尾党に暗殺されてしまったことと、党首を討ち取り九尾党を壊滅させたという功により隊長に任命された。空いた副隊長の席に柚希を推したのは初芽である。

 ところで、隊長である初芽には常に書類仕事が付きまとっている。ただ、彼女は体を動かす方が好きなため、書類仕事にはまるで熱がこもらない。柚希が入ってきたということは、しばし書類仕事から離れられるという口実ができたということだ。初芽は柚希を見て嬉しそうな顔になった。

「柚希か。見回りから戻ってきたということは、何か成果があったということかな」

「成果はありませんでした。その逆です。鈴本と会っておきながら、逃しました」

 初芽は難しい顔をした。

「それは、やっちゃったね。しかし、柚希が敵を逃がすとは、珍しいこともある。敵は大勢いたのか?」

「いえ」

 柚希は少し逡巡(しゅんじゅん)した。目下の者を庇うのは良い。しかし、嘘をついては規律を保てない。

「志位が、外しました。鈴本の威風に怯え、直前まで刀を抜けなかったもので」

「ははぁ。ビビッて勝機を見逃したということか」

「その通りです」

 初芽は肘をつくと、楽しそうに笑っている。

 しかし、その目の奥は笑っていない。厳しい目で隊士たちを見ている。剣志隊の失敗は、即ち死だからだ。この厳しさは、初芽の優しさから来ているというのを柚希は理解している。

「志位が役目を果たせなかったのは、これで2度目だったな」

「はい」

「仏の顔も三度まで、だな。さて、許される失敗は2度までなのか、3度までなのか。どちらかは私には答えられないが、剣志隊においては2度目までが限界だ」

 とんとん、と机を指で叩き、

「志位は、除隊かな」

 柚希は、ここで志位を見捨てることができる。しかし、見捨てるような副隊長ではなかった。

「まだ失敗にはなっていません。馬を2頭使わせてもらえますか」

「馬か。もし馬を損なうようなことがあれば、最悪、お前にも責任が生じるが、大丈夫か?」

「覚悟の上です。もとより、斃(たお)すべき敵と出会っておきながら、逃がすようなことがあれば、武士の恥。切腹も当然かと」

「武士か」

 初芽は豪胆に笑った。高い声なのに、随分と部屋に響く声だった。

 自分を武士と思っている隊士はどれくらいいるか。もしかしたら柚希だけかもしれない。

「馬を2頭だな。しかし、間に合うのか? 鈴本もどこかで馬を調達したとすれば、既にこの国を離れているかもしれないぞ」

「ご心配なく。逃がしはしましたが、背中に手傷を負わせました。逃げるにしても、どこかで傷を塞いだ後のはず。馬を調達できるなら、我々に会うことなく、とっくに東京国を出ていたはずです。徒歩なら、今からでも十分に間に合います」

「どこで待ち受ける」

「奥州街道の先へ。夜のうちにこの国を抜けるとすれば、徒歩であれば粕壁(かすかべ)宿までが限界でしょう」

 奥州街道を北へ向かえば岩手国へと繋がる。柚希は、鈴本の逃げる先が北であると見ている。

「西の九州国へ戻るということは無いのか? 逃げ回るなら土地勘のある場所の方が有利だ」

「鈴本は岩手国へ用事があります。西へ戻るということはありません」

 初芽の問いに、柚希が毅然と答える。その声音には、確かな自信の色があった。

「根拠を述べよ。鈴本が岩手国を目指すという」

 柚希は懐から紙片を取り出した。ボールペンや鉛筆ではなく、墨と筆で何やら書かれていた。

「鈴本の共の遺骸にありました。志位が斬った男です」

 初芽は柚希から紙片を受け取り、その文章を読むと、ふふん、と軽く鼻を鳴らした。

「意地が悪いね。最初からこれを見せてくれれば良いものを。岩手国の、白原(しらはら)十四朗(じゅうしろう)宛ての紹介状のようだ。こいつは、なかなかの大物だ」

「失礼しました。志位の手柄なので、少々、出し惜しみをしました」

「お前はいい副隊長さ。すぐに隊長になれる」

 本人は軽口だったろうが、柚希は固い表情で首を左右に振った。

「やめて下さい。初芽さんを差し置いて、そのようなことは考えません」

「馬を貸そう。2頭だな。すぐに行け」

 柚希は一つうなずくと、初芽に背を向けかけた。そこへ初芽が声をかける。

「誰を連れていく気だ? 志位の傷は深いのだろう?」

「深いですが、そろそろ血は止まっている頃でしょう。それに、ここで手柄を立てれば、前の失敗の1つが帳消しになり、残る失敗は1つだけになる」

「分かった。そうしろ」

 柚希はぺこりと頭を下げて、執務室を出た。

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