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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
7話:【長谷部珠子】描き足したかったもの
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7-4

 珠子が下段に構えた途端、男の刀が襲いかかってくる。

 ガキィ、という鉄が擦れる音。

 鍔迫り合いになった瞬間、珠子の足が男の脛を狙った。

 予想外な蹴りに男が顔をしかめ、後ろに飛びずさって距離を取った。

「ずいぶんと下品な剣じゃねえかよぉ。蹴りだなんてよぉ」

 イライラした口調。品が無く、人格に奥行きが無いと思わせる。絵に描きたいとは思えないタイプ。

 しかし、構えは正眼。それも、正中線から1ミリだってずれていない正確な構えだった。

(こいつ、強い)

 どこかの剣道場でまともに修練を積んだのが分かる。

 剣の腕に自信がつきすぎたせいで、誘拐犯としてもやっていけるとでも思ってしまったのだろうか。

「邪魔すんなよなぁ。お前にかまってる暇はないんだよぉ」

 ゆらっ、ゆらっ、と左右に揺れたかと思うと、烈震の勢いで踏み込み、鋭い突き。

 それをぎりぎりでさばき面を狙おうとするが、既に男は突きを手元まで引いている。

 すぐさま次の突き。

(まずい……)

 連続で突きをさばいているうちにだんだん手が痺れてきた。男の腕力が強いのだ。

 その上、突きと突きの間にも、ほとんど間断が無い。

 今までの経験上でも、一、二を争うほどの突き技だった。

 長期戦になれば不利と判断。やぶれかぶれで珠子は前に出た。

 それこそが男の狙いだった。ニタと笑いを浮かべ、男も同時に前に出る。

 零(ぜろ)距離まで間合いを詰め、振り上げた刀をほぼ真下に下ろす変則面撃ち。

 珠子はそれを、右足を起点に体を反時計回りに回転させて回避した。

「なぁぁぁっ!」

 驚きと怒りで男が奇声を上げる。

 珠子が避けられると思わなかった男のがら空きになった左半身に、珠子の小さく鋭い剣撃がはしる。

 切っ先が、男の左目を裂いた。

 さすがに体勢に無理があった。浅い。届いたのは切っ先だけだった。

 赤い涙を流し、残った右目で凄まじい殺意を飛ばすが、それ以上は斬り合いに拘泥しなかった。

 刀を捨てて両手を身軽にすると、背中を向けて逃げていった。

 珠子は気を抜かず、さきほどふくらはぎを切り裂いた大柄の男に体を向けた。

 腱を裂かれてまともに動けない大柄は、いつの間にか懐剣を手にしていた。しかし、女の子とは距離がある。彼女に何かしようという気ではない。

 姿勢は、正座。

「次があったら、今度は俺が殺す」

 懐剣の切っ先を自分の喉に向けたのを見て、珠子はこの大柄が何をするのかが分かった。

 分かったから、女の子の方に走って、抱きしめて視界をふさいだ。

 少しでも音が届かぬよう、耳まで深く塞ぎ込む。

 静かになるまで、珠子は女の子をかばうように覆いかぶさっていた。


 女の子は助けることができた。

 しかし、事件は終わっていない。

 誘拐事件を起こした犯人は計3名。

 ということは、今死んだ男を除いて、残り2名。


 本営に戻ると、まずは隊長室を訪ねた。

 女の子を見ると、初芽の目がほころぶ。本当に嬉しいらしい。

「よくやった、珠子」

「ありがとうございます」

 続いて、先ほどの戦闘の顛末を説明すると、初芽が表情を曇らせた。

「珠子が仕留められないとなると、相当な手練れだな」

「全員があのくらいの腕であった場合、今巡察に出ている隊士の中には敗れる者がいるでしょう」

 初芽は唇を噛んだ。

 全隊士の出動命令自体は間違っていない。こうして女の子の救出に成功しているからだ。

 しかし、それが同時に隊士を危険に晒している。

「ひとまず、本営の張り紙の内容を書き換えてくれないか? これ以上、無策に隊士たちを巡察に出すのはやめる。本営に来た者は、全員、本営で待機だ。今晩はここに泊まりだ。浅野が外に出てるもんだから、珠子にお願いしたい」

「大丈夫です」

「それと、鉢合わせた2人の似顔絵を描いて欲しい。きっと、警官隊で役に立つはずだ」

「それなら得意技です」

「頼む」

 部屋を出ようとしたが、初芽が気になった。

 振り返ると、机の上に置いてある電話に手をかけている。女の子を救出できたというのを警官に連絡するのかなと思う。

 しかし、それで動きが止まっていた。

 その表情は、悲痛に歪んでいた。剣志隊に入って短くない時間が経過しているが、珠子は初めて、初芽がそんな顔を見た。

「大丈夫ですか、隊長」

 すでに部屋を出ていると思った珠子が声をかけてきたものだから、初芽が珍しく、びくっと体を震わせた。

「どうした?」

「いえ、なんていうか、辛そうなので」

 そんなことを言われて、初芽は力無く笑った。

「隊士たちがもしこれから討ち死にするようなことがあったらと想像したら、な」

 初芽は机に腰かけてリラックスした風に見せた。辛そうな雰囲気は残っているけれど。

「私の一番嫌いなことは、隊士を殺されることだ。私の役割は、君たち隊士に、白兵隊に入って仕事ができるくらいの強さと教養を身につけさせることだからだ。それなのに、隊士が悪漢どもに殺されるというのは、我慢がならん」

「隊士は自分の作品だから、ですか?」

「はは、絵を描くお前らしい表現だな。だが、それは少し違う。ものを教える相手っていうのは、家族とも、弟子とも違うが、でもものすごく近しく思えるものなんだ。ほとんど、自分の体の一部みたいなものなんだ。自分の体を斬られたら、誰だって腹が立つだろう?」

「そうですね」

 初芽が満足そうな顔をした。心情を吐露できて、少しばかり気が楽になったのかもしれない。

 それなら、聞いた甲斐があるってものだ。

「私は電話の後、巡察に出る。残りが私に襲いかかってくるようなら儲けものだ。お前も、似顔絵を完成したら、浅野に渡した後に巡察に出てくれないか? 柚希と房江(ふさえ)と伍長たちにも伝わるようにしておいてくれ。手練れなら、そいつらに後れを取ることもないだろう」

 自分が手練れに含まれているのに少し困ってしまうが、まあしょうがない。珠子から見ても、剣の腕が確かなのは初芽が挙げたものだけだ。

「了解です」

「あと、その女の子をお前の傍に置いておいてくれ。知らぬうちに本営を出るのはまずいからな。警官が保護しに来るだろうから、それまでの辛抱だ」

 うげぇ、と心の中だけでしかめっ面をした。子守はちょっと苦手だが、致し方なし。分かりました、と頷いた。

「そういや、私に話があるんじゃなかったか? 手早く済むなら、今聞くよ」

 思い出してくれたのが嬉しかった。話せるものなら話したい。

 だが、今話すのは、どうも不誠実というか、ふさわしくないと思えた。

「今じゃなくてもいいです。落ち着いて時間ができた時に、改めて伺いますので」

「そうか? お前がそれでいいなら、私もそれで大丈夫だが……」

 大丈夫です、という表情で珠子はぺこりと会釈をして、隊長室を出た。


 女の子の手を繋いで宿舎の大広間に着くと、椅子を用意して女の子を座らせた。

 自分はこれから、今さっき切り結んだ男の顔を思い出して、紙に写し取る。

 ところで、女の子の表情は沈みっぱなしだった。3歳なら座ってるのに2秒で飽きてどこかに行ってしまいそうな印象があったが、女の子は椅子に座ったまま動かない。

「お名前は?」

 聞くと、女の子はうつろな顔で「いだ、すみれ」

 そして、ぽつりと、「母上に会いたい」

 ずきりと珠子の心が痛んだ。

 時間が戻せて、この母娘(おやこ)の目の前に移動させてくれるなら、全霊をもって守ることができるのに。

 よくも誘拐事件など……。しかも、母親を……。

「お姉ちゃん、これからちょっと忙しいんだけど、それが終わったら遊んであげるからね。ちょっと待っててくれるかな」

 自分でも驚いた。まさか自分が、幼児に対してこんなにも優しい言葉をかけられるとは。

 女の子は笑ったりはしなかった。嬉しそうにもしていなかった。

 ただ、目の周りがカチカチ固まっていたのが、ちょっとだけ柔らかくなったように見えた。

 

 さて、とっととあの憎い奴らの顔を描いてしまうことにしよう。

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