6-13
需莉が全力で撃ち込んだ横殴りの一撃を、犀地は鍔元で軽く打ち返して軌道を変える。
「お前は親父似か? 頭に血が昇ったら、斬りたくなっちまうのか?」
「黙れ! もう喋るな!」
血を吐く勢いで怒鳴りながら、何度も打ち込む。
しかし、体が重い。憎悪の念が邪魔をして刀を振るのが辛い。
犀地は右に左に避けながら、八相の構えから刀を振り下ろす。
需莉は擦り上げてかわそうとするが、力が足りない。犀地の切っ先が需莉の肩や腕を切り刻んでいった。
「お前の剣は、親父仕込みか? なら大したことは無さそうだな。親父殿も大した使い手じゃ無かったぜ」
「うるさい!」
体に鞭打って、中段から面に浴びせるが、届かない。既に犀地は後ろに下がってしまっている。
まともな斬り合いになっていない。このままでは、いずれ一撃を入れられてしまう。
需莉は必死に自分に言い聞かせた。
これは隊務、剣志隊の仕事、こいつは警官を殺した犯罪者……。
落ち着け、落ち着け、こいつを斬らなければ市井の人々の安全が脅かされる……。
「親父の仇討ちをしたいらしいが、お門違いだぜ。あの件に関しては、悪いのはお前の親父なんだ」
耳を貸すな。私は今、隊務に従事している。父は関係ない。相手は警官を殺した悪人だ。刀を持って斬りかかってきている。だから、斬れ。
はっ、と需莉が気づいた時、犀地が黒い笑みで踏み込んできていた。
肩への一撃を必死に鍔元で抑えようとするが、腕力で敵うはずもない。じりじりと押されていく。
(ぐぅっ……!)
「親子二代を殺すってのは心が痛むが、許してくれよ……!」
犀地はこのまま押し切って、需莉の肩に刀を食い込ませるつもりだ。
足が震える。力に負けて膝が折れてしまいそうだ。
このままじゃ負ける。
『勝って当然と思え。
負けを考えていたら、そうなる。
負けるなどあり得ないと思うことで、力は最大に発揮される』
需莉は真後ろに飛んだ。
刀を全力で押していた犀地が前につんのめる。
瞬き1回ほどの時間で需莉は刀を構え直し、全力で撃ち込んだ。
しかし、犀地は木偶ではない。崩れた体勢でも飛んできた面撃ちを冷静に打ち払った。
需莉は止まらない。
「うああああああああああ!」
面、胴、面、面。烈火の勢いで撃ち込み続ける。
「う、うぉぉぉっ……!」
突然蘇ったように剣撃を繰り出し始めた需莉に、犀地が戸惑った。
それも、今の需莉には関係無い。
ただ、押す。押して、押して、押す。
「ああああああああっ!」
体中の酸素を使い切る勢いで、刀を撃ち込むのをやめない。
動きを止めたら、倒れてしまうだろう。その前に斬る。そのつもりで撃ち続ける。
いつもの動きではないのは、もう分かっている。明らかに速度が足りなかった。遅いから、鋭さも足りなかった。
でも、今は変えられない。相手が犀地では変えられるはずもない。
そして、ついに需莉の力に終わりが来た。
「はぁっ……」
需莉は残った全ての息を吐いて、もう動けない。
その隙を犀地が見逃すはずもない。八相から上段へと構えを変えて、高い位置から渾身の面撃ちを放つ。
勝利を確信した、いやらしい笑みを浮かべて。
その刃が自分の顔面目掛けて飛んでくるのを見て、自分の最期だと思ってしまった。
それなのに、頭の中の父が、まだ叫んでいる。
負けることを考えるな。勝って当然と思え。負けるなどあり得ない。
需莉の肺が足りない息を吸い込む。
(父さん)
犀地の刀が需莉の顔に触れるその直前で、需莉の刀は、今日の大会で見た剣の中で、最も鮮烈で美しい一撃を選択した。
即ち、柚希が需莉へと繰り出した、真上への高速の斬り上げ。
犀地には見て取れる速度ではなかったらしい。需莉の一撃に全く反応ができず、顔の真ん中を需莉の刀が通過した。
顔はまだ笑っている。斬られたことに気づいていない。
頭頂と顎から血を垂らしながら、と、と、2歩進んで倒れた。
きっと、地面に倒れる前に絶命していた。
需莉がいなくなったのに気付いて、柚希は走っていた。
一人でどこに向かったのか、思い当たるのはただ一か所だった。
2人で訪れた、あの道場しかなかった。
そこにいなければ、そのまま走る足を止めずに、その近所の空き家を片っ端から探していくつもりだった。
道場の戸は開いていた。
刀の柄に手をかけ、中に入った。
そこで、血まみれになって倒れている警官と、刀を握ったまま床に膝をついて動かない需莉を見つけた。
需莉は、ただ、じっと警官を見ていた。
柚希は、需莉の傍らに立った。
「斬ったのか?」
座ったままの需莉が、静かに頷いた。
喋ってはくれなかった。
「警官隊を呼んでくる。お前も怪我だらけだ。すぐに本営に戻るぞ」




