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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
6話:【荒織需莉】私は紫焔に焼き尽くされる
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6-12

 2人は小袖に刀を帯び、早歩きで道を行く。

 需莉は、今までの巡察の中で最も神経を張りつめていた。

 もしも犀地が視界に現れたのなら、絶対に見逃さないという心構えだった。

「落ち着け、荒織。私怨を隊務に入れ込むなよ」

「大丈夫です。落ち着いています」

 需莉の目が瞬きを忘れている。

 柚希がずっと心配そうな視線を送ってくるのを、需莉は黙殺した。今はそれどころではなかった。

「警官が殺されたのは永代の辺りだ。まずはそこへ向かって、空き家を一件ずつ洗おう」

「はい」

 永代、空き家、という単語で、需莉の脳裏に自分の生家の道場が思い当たった。

 犀地が、あの道場に姿を現したが、あれは本当にただの巡察だったのか。

 何か理由があって来たのでは……?

「さすがに、警官隊もたくさん出ているな」

 永代に近づくにつれ、どんどん見かける警官の数が増えていく。

 警官殺し、しかも同じ警官によるものとなれば、彼らの怒りも想像できる。犀地を見つけるのに必死なのだろう。

 鍜治橋通りから永代橋を渡るというところで、1人の警官が柚希に手を振り近づいてきた。

「剣志隊の方ですよね?」

 柚希が頷く。

「今、全隊士に巡察命令が出ています」

「それは助かります。どの辺りを調べるといった指示は出ていますか?」

「いえ、そういったものはありません。すでに警官隊の方で差配があるなら、それに従います」

 警官が地図を柚希に見せながら、なにごとか説明を始めた。

 2人とも、需莉には目を向けていない。

 1歩、2歩、と需莉は後ずさった。

 まだ気づいていない。

 今なら、行ける。

 通行人に紛れるように、需莉は柚希の傍から離れた。

 

 需莉は走った。

 子どもの頃から何度も渡っている永代橋を越えたら、道場はすぐそこだ。

 背後から柚希が走って追ってきているのではという恐怖が働く。

 怖くて、後ろを振り向くが、大丈夫。いない。

 橋を渡り切った。

 江東区永代。右手に煙草屋。左手は大き目の古本屋。

 その先に……。

 

 道場の戸は閉じていたが、少しだけ隙間が空いている。

 慌てた誰かが中に入った後に閉じたが、閉まりきっていないという雰囲気だった。

 左手で刀の鯉口を切り、戸に右手をかけた。

 そして、力いっぱいに戸を開き切った。

 

 今も懐かしい道場の空気。

 そして、懐かしい顔がそこにいた。

 犀地澄雄。鼻の横に傷をつけた警官。

 こんな形で会いたかった。ずっとそう思っていた。

「な、なんだてめぇ」

 警官の制服姿だったが、事前情報通り、斬り合いをどこかで演じていたらしい。

 あちこちが破れ、血も滲んでいる。

 ただ、傷らしい傷はまだ無い。

「さっさと消えろ。斬られたいか」

 犀地は道場の隅の床板を外して、そこに隠されていた何かを取り出そうとしているところだった。

 床には、紙幣が積まれていた。

「お前、まさか、この道場に金を隠してるのか?」

 それに犀地は答えず、立ち上がって刀を抜いた。

「早く消えろよ! 本当に斬られたいのか?」

 需莉も刀を抜く。

 間合いを計る。まだ大分遠い。

「私は剣志隊だ。お前に手配が回ってる」

「剣志隊だと? くそっ。もう大会とやらは終わってるのかよ」

「大会があるから剣志隊が巡察には出て来ないと思ってたのか? 考えが浅いんだな」

 犀地は足元の紙幣の小山をちらりと見てから、

「……俺を斬るのか」

 需莉はそれには答えない。

 聞きたいことがあるのは、需莉の方だった。

「8年前に金貸しの店で荒織信也を斬ったが、なぜだ」

 名前を憶えているとは期待していなかったが、犀地は悩むことなく答えた。

「荒織……、ここの道場主か。なんでそんなことを聞く? あれはただの正当防衛だ」

「私は、荒織需莉だ」

「……ああ、お前、あの男の娘なのか」

 薄ら笑いを浮かべる犀地に、需莉が激昂する。

「父が先に剣を抜くはずがない! お前たちが先に刀を抜いたんだろう!」

「いいや、違うね。先に抜いたのはあいつだ」

 信じていたことを、犀地が肯定してくれない。それが、需莉の体温を上昇させる。

「ただ、まあ、ちょいとばかり工夫はしたけどな」

 工夫、だと? 妙な言い回しにめまいがした。

「警官ていうのは大変なんだ。犯罪者を捕まえるなり殺すなりしてないと、サボってるって言われる。だから、俺は金貸しに話をつけて、キレそうな奴から連絡があったら教えてくれと頼んでた。そこへ来たのがお前の親父だ。まともに門下生を集められず、たいそう金に困ってたから、金貸しが断ればキレると踏んだ」

「貴様……」

「強盗の恐れがあるから署まで連行するって言っただけだ。それであいつの腕に手錠をかけようとしたら、あとは勝手にあいつが刀を抜いた。娘を残して捕まるわけにはいかないとか言ってたが、それで正当防衛の成立だ。仲間と金貸しが乱闘で死んだが、生き残った相棒がちゃんと証言してくれたぜ。全て問題無しだ」

 父は無実では無かった。

 卑劣な手を使われて、抜刀させられた。

 そして、自分を一人にしないようにと、斬り合いをさせられた。

 父は無実じゃなかった。

 こいつらが、無実ではなくしたんだ。

「もういいか? 俺は急いで逃げなきゃいけないんだ」

「うるさい……」

 需莉が刀を中段に構えた。

 斬る気だと分かって、慌てて犀地が八相に構えた。

「やる気か? 俺は甲源元一刀流で目録をとってるぞ」

「そんなの、知らない」

 需莉は無造作に歩いて距離を詰め始めた。

 この場の空気が、需莉の1歩ごとに無理矢理に緊張させられていく。

 あと2歩、というところで立ち止まった。

 一縷(いちる)の望みにすがって、もう一度聞いた。

「私の父は、本当に無実じゃないの?」

「何度も同じこと聞くな。あれは俺たちの正当防衛だ。お前の親父が先に刀を抜いたんだ」

 掴めないほどに強く揺れていた心が、静かになった。

 後に残ったものは、熱だけ。

 この身を焼き尽くすほどの紫色の業火だけ。

 だというのに、この男はさらに油を注いだ。

「なあ、見逃してくれないか? ここにある金を半分やるよ。俺、剣志隊の隊士を斬ってお尋ね者にはなりたくないんだよ」

「もう、いい」


 需莉が最後の1歩を踏み出す。

 2つの剣域が重なり、交錯する。

 刀が動きだすのは全くの同時だった。

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