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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
6話:【荒織需莉】私は紫焔に焼き尽くされる
41/47

6-10

 自分は何試合目かを確認するために大広間に張り出されていた大きなトーナメント表を見て、需莉は一足先に衝撃を受け終わっていた。

 試合の前にきちんと知っておいて良かったと思う。

 対戦相手が誰だか分からないままだったら、試合が始まる時に仰天して、まともに戦えなかったかもしれなかった。

 

 もう少しで出番が来るというところで、需莉は防具に身を包み、竹刀を左手に、面鉄を右脇に抱えていた。

 道場の中はぎゅうぎゅうの人混みなので、道場の外で待っている。

 試合を見たいのはやまやまだったが、試合前に気持ちの整理をしたいという所で、他の隊士と押し合いへし合いをしていては勝てる試合も落としてしまいそうだったからだ。

 需莉と同じ考え方をしている隊士は他にもいるようで、防具に身を包み道場の中の様子を伺っている者が他にも何人もいた。

 

 一方で、既に試合を終えた隊士もいる。

 需莉が本営に初めて来た時に色々と教えてくれた圭子が、道場から泣き顔のまま出てきた。

 友達らしい女の子も一緒だった。

「なかなか良かったよ、圭子」と慰めていた。

 圭子は、「紗枝ちゃんだって負けたのに、なんでそんなにあっけらかんとしてるのよー」と言い返していた。

 自分も負けたら、あんな風に悔し泣きするのだろうか。

 試合前で緊張しているせいだろうか。そんな自分を、想像できなかった。

 

 道場の中からは、時折、歓声や拍手などが定期的に聞こえてくる。

 だんだん、心臓の鼓動が速くなってくる。


「次の次が第17試合ですー! 荒織さんと副隊長はそろそろ道場の中で待機してくださいー!」

 事務方の女の子が、メガホンを手に声を上げた。

 覚悟をしていたが、そうやって言葉に出されると心臓が潰れる心地だった。

 勝てるはずがない、と思ってはいけない。父親の教えだ。

『勝って当然と思え。負けを考えていたら、そうなる。負けるなどあり得ないと思うことで、力は最大に発揮される』

 柚希は元から道場にいるのか、今自分と同じタイミングで道場に入ったかなんて、気にしない。

 よし、と気合を入れた。

 早いかもしれないが、面鉄をかぶって、道場の中に足を踏み入れた。


「次の試合! 糸無柚希、荒織需莉、前へ!」

 道場に入ってすぐに、審判の初芽に呼ばれた。

 道場の中央に歩み出ると、すぐ前に防具姿の剣士が1人。

 防具の前垂れには、当然「糸無」の文字。

 お互いに一礼をすると、中段に構えて、蹲踞。

 さっきまであんなにうるさかった道場が、今は耳が痛くなるほど静かだ。

 隊士たちは柚希の強さを見たいのだろう。であるなら、自分は生贄か何かか?

(勝って当然と思え。負けると考えるな)

 需莉の脳裏には、入隊考査の試合稽古で、完膚なきまでにやりこまれた記憶がある。

 それも需莉は追い払った。

(臆するな。やってやれ。今、自分がどれだけ強いかを副隊長に見せてやれ)

 需莉の覚悟が決まったのを、初芽は見てとったのかもしれない。少しだけ目元が柔らかくなった。

「勝負一本」

 緊張が極限に高まる。しかし、その恐れも需莉は無理矢理に心に押し込めた。

 勝つことだけを考えろ。

 初芽が勢い良く、「始め!」と試合開始を宣した。


 先手、需莉。

 全力の籠手撃ちで柚希に襲いかかった。

 柚希はそれを鍔元で払いのけるが、需莉は反撃を許さない。

 そのまま面、胴、面、面、と押す。

 押しに押しまくる。

 気合どころか、殺気さえ乗せた連撃。

 防御に回っている柚希の竹刀が反転に転じようと動き出すその直前に、需莉は竹刀を叩き込み続ける。

 観戦している隊士たちから「おぉ……」と声が上がる。

 もう2歩、柚希が後ろに下がれば場外で反則1回となる。

 そのまま押し込んでやれ。

 一切の反撃をさせないまま需莉が面撃ちを降ろそうとしたその瞬間――

 まだ需莉の体重が乗りきっていない刹那で、柚希の竹刀の切っ先が需莉の竹刀を真下から払った。高速だったと言っていい。需莉にはまるでその剣閃が見えなかった。

 胴ががら空きになったと分かったところで、需莉は全力で真後ろに3歩、飛んだ。

 柚希の石火の勢いの胴撃ちが空を切る。まともに食らえば、胴を割りかねない威力。

 傍目からは、今の柚希の胴撃ちで勝負は決まったと見えたらしい。試合を仕切り直した需莉に、再び歓声があがった。

 間合いをとっても、需莉ができる事はただ一つ。

 即ち、押すのみ。

「ああぁぁぁぁっ!」

 需莉の踏み込み。

 に、合わせるように柚希の踏み込み。

(くっ……)

 既にこちらの戦法を読んでおり、受け手にまわるのはやめたらしい。

 柚希が、需莉の一撃目を擦り上げる。

 竹刀の軌道を崩された需莉は、続く二撃目をさばくことはできなかった。

 真正面から、柚希の面撃ちが需莉の面鉄に落ちた。

「一本! 勝者、糸無柚希!」

 主審の宣言とともに、割れるような歓声が上がった。

 需莉は作法通りに礼を交わすと、中央から離れた。


 打ち合ったのは、おそらく2分ほどだろう。

 しかし、需莉にとって、人生上でも最も濃密な2分だったかもしれない。

 道場の外に出ると、脱いだ面鉄を思い切り地面に叩きつけたい衝動にかられた。

「良い試合だったな」

 声がして振り返る。柚希が同じく面鉄を外していた。腹立たしいことにほとんど汗などかいていないらしく、髪が肩の上でさらさらと揺れている。こちらは頭も顔も背中も汗びっしょりだというのに。

「少し話をしたいと思ったんだけど、試合の直後だと嫌味になってしまうか?」

「いえ、どうぞ」

 返事をした自分の声が震えているのに、需莉は動揺した。もしかして、今自分は泣きそうなのだろうか。

「入隊考査の時から2週間も経っていないのに、腕を上げたな。同じ隊士として心強いよ」

「そんなこと……、ありません……。さすがに、腕の違いを感じました」

 柚希は、言葉を続けなかった。

 そのまま会話が進んでいたら、悔しくて泣いてしまいそうだった。だから、助かった。

 少し間を置いた後、柚希は優しく声をかけた。

「私も、入隊したての頃は君と同じようなものだ。大会に出ても初戦敗退、巡察では迷惑をかけっぱなし。新人ていうのはそういうものだ」

「私、巡察ではまだ誰にも迷惑かけてないですよ」

 ははっ、と柚希が笑った。精一杯の強がりだとバレてしまっているだろう。

「今は焦らなくていい。突然に明日から達人になるなんて人はいないんだからな。1年、2年と積み重ねれば、荒織は今よりも強くなれるはずだ。その時にまた、大会で荒織と当たれたらいいね」

 それで柚希は言いたいことを言い終わったらしい。道場に戻ろうとした。

「あの、副隊長――」

「どうした?」

 この後の試合も、頑張ってください。

 そう言おうとした。

 唐突に心に浮かんだその言葉を出そうとした。

 でも出なかった。自分にはまだ相応(ふさわ)しくない、と喉が判断したのかもしれない。

「この後の試合で、勉強させてもらいます」

 柚希は小さく笑った。「注目されるのは苦手だよ」と言い残して、道場の中に入って行った。


 柚希がいなくなってから、再び泣きそうな気持ちになった。

 悔しかったのか、別の何かなのかは、需莉には分からなかった。


 需莉は気持ちが落ち着いてから更衣室で防具を脱ぎ去ると、道場に戻って隊士たちのぎゅうぎゅうとした人混みに揉まれながら、その後の試合を全て観戦した。

 負けた隊士が増えるにつれ、観戦者はどんどん増えていった。

 次は負けないように、少しでも自分に吸収できるものはないか、と考えているのだろう。

 剣士なんて、みんな同じようなものなんだろうな、と需莉は思った。


 試合が進み、残るは決勝の1試合となった。

 審判の位置に立ったのは、事務方の京本房江。

 面鉄をつけ竹刀を持つのは、隊長、武井初芽。

 その相手は、副隊長、糸無柚希。

 試合前から漂う緊張感がすごくて、需莉の喉はからからだった。

「勝負一本」

 2人が蹲踞し、場に漂う緊張の糸が、審判の房江の「始め!」の掛け声でぷつんと切れた。

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