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切れ込みを見ていたエリザだったが、デスクの引き出しから鋏を取り出したのを見て需莉はぎくりとした。
「もしかして、切るの?」
「そうですね。もう斬られちゃってますし、これだと傷口を洗ったりできませんから」
需莉が言いにくそうにしているのを見て、エリザがはさみを持ったまま止まっている。
「もしかして、大事なお召し物ですか?」
あまり言いたくはなかった。しかし、このままでは何も進まないので、需莉は仕方なく白状した。
「この服、7歳の時に親にあつらえてもらったもので、とても大事なものなの。振袖も詰めて小袖にして、ずっと大切に着てたから、切るっていうのは、ちょっと……」
それでエリザは納得してくれたらしい。鋏を引き出しにしまった。
「じゃあ、右の袖から腕を抜いてくれますか?」
言われた通りにしたあと、エリザはタオルに霧吹きで酒をたっぷり染み込ませて、需莉の傷を丁寧に拭い始めた。
タオルに血が滲んでいるのを見て、思っていたよりは深くやられたらしいことが分かった。
「ずいぶん長い間、大事にされているんですね」
ごま油を染み込ませたガーゼで傷口を押さえたあと、サラシで固定しながらエリザが言った。
「うん」とだけ、需莉は答えた。それ以上のことをこの少女に話すのは、良くないと感じた。
エリザは上目で需莉を見ただけで、それ以上は聞かなかった。
包帯を巻き終えると、エリザはうんと頷いた。
「はい、これで大丈夫です。荒織さんは学校が終わってから本営に来る感じですか?」
「ううん。私、学校に通ってないから。本営に住み込みだよ」
「それじゃあ、明日の朝にもう一度見せてもらえますか? もし、悪化していたら明日の隊内の大会には出られないので」
腕の傷が悪化するという話よりも、学校に通っていないということをエリザが流したのが意外だった。
剣志隊の中だと、そんなに珍しいことではないということだろうか。
「あなたも、学校には行ってないのよね?」
聞かれたエリザは、うんと頷いた。
「さすがに東京国政府は、そこまではしてくれませんでした。今生きて剣志隊に居候させてもらっているだけで、私は感謝してます。ただ、大学には行きたいので、今は勉強と貯金をがんばってます。法律で行けるかは分からないんですけど……」
「ご両親は、外国にいるの?」
一瞬、空気が凍りついた。エリザはちょっと悲しそうな顔で声を小さくして答えた。
「私は大阪国生まれで、両親も大阪にいたんですが、その……もう……」
エリザが泣き出してしまいそうなほどの張り詰めた空気になってしまったので、需莉は急いで言った。
「ごめん、悪いことを聞いた」
大急ぎで抜いた右肩を破れた小袖に突っ込むと、立ち上がった。
そのまま脱兎のごとく医務室から出るつもりだったのに、エリザに引き留められた。
「明日の朝、もう一度見せてくださいね!」
さっき、返事をしていなかったので再確認らしかった。うん、と答えた。
「それと、破れた小袖を直す時は、和美さんに相談してみてください。きっと裁縫道具を貸してくれるので」
これにも、うん、と返した。
「直すまでの間ですけど、更衣室に予備の着物がどっさり置いてあるので、それを使ってください!」
そこまで言って、エリザはひらひらと手を振って需莉を見送った。
泣いてしまいそうな顔は、もう消えていて、明るい顔をしているのが、余計に需莉の心を痛ませた。
自分も柚希と父の話をしている時に、こんな風な顔をしていたのだろうか。
翌日、本営は朝からざわざわとした空気が漂っていたが、学校を終えた隊士たちが本営に集まる頃には大騒ぎになっていた。
大広間には、今まで需莉が見たことのない人数が集まっていた。
大会当日である。
この日は、参加者の巡察は免除となるらしい。そのための警官隊との開催日の日程交渉は隊長がした、というのを隊内で誰かが話していた。
今は、エリザが教えてくれた通り、更衣室に山と積んであった新品の小袖を着ている。
傷は朝一番で診てもらったが、問題ないらしかった。ただ、あと2日間は毎朝見せて欲しいと言われた。仕事熱心な女の子だな、と需莉は思った。
裁縫道具も借りて自分の小袖を直したかったのだが、昨日の夜から和美は大忙しだったので、それはあきらめた。
今は、ついた汚れを綺麗に落として、本営の裏にある物干し竿で乾かしている最中だった。
隊士たちの会話を盗み聞いていると、既に道場の方にもぎっしり集まっているらしい。
事務方らしい女の子が「出番が早い人は道場で待っていてください! 出番が遅い人は大広間か敷地内で待機ですー! 試合が終わるごとに、その結果を事務方からお伝えします! でも、隊長からの開会宣言は、ぜひともご参加お願いしますー!」と声を上げていた。
賄い係の和美も、お盆の上におにぎりをどっさり積んで、大広間と道場を行き来している。食べ放題なのだろう。
他の隊士たちは、自分の出番が来るまでの間、どんな作戦で行くかなどと話している。
自分は新人なのだから何か手伝いをした方が良いだろうとも思うのだが、誰にどんな風に声をかけていいか分からず、ただ独りで立ち尽くした。
昼七つの鐘が町中に響いた。
道場は既に満杯、入りきれない隊士が道場にあふれていた。
需莉は、道場の片隅になんとか入れていた。
道場の中央で、初芽が腕を組んで仁王立ちしているのが見える。この大会が楽しくてしょうがないという表情だった。
既に防具姿で、面鉄だけ外している。
面をつければすぐに試合可能なので、準備万端らしかった。
額に白ハチマキを着けていて気合も万全。ただ、他にそんなものを着けている隊士はいないので、若干隊長が浮いていた。
……と思ったら、同じく道場の隅っこにいる副隊長の柚希も白ハチマキをつけていた。肩ほどもある髪の上に白ハチマキが映えていて、妙に似合っている。
ただ、初芽と同じように気合を入れているというのではなく、隊長だけに恥をかかせるわけにはいかないという優しさかな、と需莉は思った。
「ではこれより、大会を開始する! 審判はこの私、武井初芽が務める! 勝っても負けても遺恨無しだからな! あと、優勝者は金一封が出るので、気合を入れろよ!」
それで開会の挨拶は終わりのようで、道場の内外から、怒涛の拍手が巻き起こった。
需莉も周りに合わせて拍手をした。
さて、自分はどこまで通用するのだろうか。
需莉は唇をきゅっと結んで、密かに気合を入れた。




