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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
6話:【荒織需莉】私は紫焔に焼き尽くされる
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6-7

 シャワーですっかり汗を流してから、需莉は言われている通り、児童福祉局へ向かった。

 正直、初芽に言われなければ、今日の面談のことは忘れていたかもしれない。


 中に入ると、大きな待合スペースと、受付窓口がある。

 待合スペースには、不幸な目に遭った子どもか、親子が呼ばれるのを待っていた。

 需莉は、もうここに来ることには慣れている。まっすぐに受付に座っている男性職員に話しかけた。

「荒織需莉といいます。面談に来たのですが、横山さんはいらっしゃいますか?」

 あまりやる気の無さそうな職員は手元のノートに目を落として何かを確認した。

 そして、壁に取り付けられている伝声管の蓋を開けて「横山さんはいる? 荒織さんが来ています」と言った。

 すぐに「3番でお願いします」と回答があった。

「2階の面談室の3番でお待ちください」

「分かりました」


 警察署にあるという取調室を連想させる部屋だった。

 机が1個、椅子が2脚。

 窓が大きめで、柵が無いのがせめてもの救いか。

 腰に差した日本刀を外して机に立てかけて待っていると、すぐに横山という名の女性が部屋に入ってきた。

 ふくよかな体形の優しそうな顔をしている。

 優しい分だけ、需莉にとっては少し辛い。

 横山が刀に気づいて少し驚いて、すぐに顔を綻ばせた。

「剣志隊に入隊できたんですってね。おめでとう」

「ありがとうございます」

 それは挨拶だったらしい。横山は居住まいを整えた。

「何か困ってることとか、悩んでることとかある?」

 需莉は一呼吸溜めて言った。

「父について、事件の再調査を求めたい件です。何かそちらで新しい証拠が出たりしていますか?」

 いつもいつも同じことを言うので、横山も少し困っていた。

「もちろん、局内での課題としては出しているけれど、うちは警察と違って何かを調査するということも無いの。何かお父様のお知り合いとか、あの事件に関わった警官の方と話をする機会があれば話題に出すつもりよ。でも……」

「いいえ、分かっています。その確認でした。大丈夫です」

 いつもならここで面談が終わって、たった数分のためだけにここに来るなんてと嘆いていたのだったが、今日はまだ話題があるらしい。

 横山はためらいながらも言った。

「実は、あなたが剣志隊に入ったことで、私との面談も今後は不要ではないかと意見を求められたわ。私としては今後も……」

 それを聞いて、需莉は即座に立ち上がった。

「いえ、それならもう面談は不要です」

 鞘を腰帯に差して、すぐにでも出ていこうとする需莉を見て、横山は慌てた。

「本当に良いの? 私はずっとあなたとこうして定期的に話をしていたから、今でもあなたが心配よ。いつだって辛そうだから。友達とかはできた? 誰か、悩みを相談できる人はいる?」

 その質問で脳裏に浮かぶのは、ただの真っ黒な背景。それが、何? 私は、恥ずかしいとは思わない。

「大丈夫です。今までありがとうございました」

 需莉は腰を折って、感謝を態度に出した。

 面談室の戸を需莉が開けた時も、まだ横山は何かを言っていた。

 需莉はそれを無視して面談室を出た。


 児童福祉局での面談の後は、図書館に寄るというのが需莉の決まりだった。

 国立国会図書館。

 需莉が望む新聞はここでしか読めない。

 そのため、ここには通い慣れていた。

 目指すものは、新館と呼ばれていた建物の地下3階にある。

 1階から階段をくだれば、そこは光が届かない巨大な空間だった。

 消費電力を抑えるため、人感センサーにより人が通っている場所だけが電灯で照らされる。


 初めて来た人なら迷子か遭難にでもなるくらいの建物だが、目指すものが地下3階の何番目の書架の、どのあたりにあるかも分かっていた。

 目当ての新聞を取り出し、その場で開いた。

 2797年に発行された、8年前のある日の記事だった。


 見出しは『融資を断られて逆上 貸金店で凄惨な刃傷 警官隊と乱闘、店主と巡査死亡 狂暴の兇手もその場で討ち取られる』

 それだけで、全身の血液が沸騰しそうなほどの怒りが沸き起こってくる。

 隊長の初芽なら、そんなものを読むなと叱るだろうか。

 そこには、犯人として父の写真が載っている。親族の結婚式の時に撮られたもので、父は紋付羽織袴(もんつきはおりはかま)を身に着けている。今も、あの家のどこかに仕舞ってある、需莉の記憶にも残っている写真だった。新聞に使われたのは、父が写っている部分だけを拡大したものだった。

 そのまま、需莉は読み進める。


『江東区永代の貸金店において、凄惨を極める刃傷沙汰が発生した。

 加害者は剣道場の経営者、荒織(あらおり)信也(しんや)。剣道場は経営難となり、道場の敷地を担保として金員の融資を申し出たが断られ、激昂の末に持参の日本刀を抜刀して暴れ出したという。通りかかった警官隊3名が現場に臨み、投降を促したものの荒織はこれを聞き入れず、連行しようとした警官らに突然躍りかかった。

 この襲撃により、警官1名と貸金店の店主が深手を負って死亡、警官1名が軽傷を負った。荒織はなおも刃を振るおうとしたところを、もう1名の巡査により斬り伏せられ、その場で死亡した』


 あの日、帰りが遅かった父が金貸しの所に行っているのは聞いていたので、迎えに行こうとした。

 そこで父が斬り斃されたところを、需莉はこの目で目撃している。

 読み終えると、全力で駆けた後のように、息を切らしている自分に気づく。

 何度読んでも怒りは収まらない。もしくは、何度も読むから怒りが頭に焼き付いているのだろうか。

 新聞を丁寧に畳んで元に戻すと、隣の書架の新聞を取り出す。


『江東区永代の貸金店で起きた殺傷事件で、容疑者の男を斬り伏せた警官隊の対応について、業務上の措置として問題はなかったとする捜査結果を明らかにした。

 同署によると、当時の状況を精査した結果、凶器を手に暴れる男から自身および周囲の危害を防ぐためのやむを得ない職務執行であり、正当な行為であったと判断した』


 正当な行為。

 それは本当か?

 需莉が見たのは、父が斬られた瞬間だけ。しかも、遠目からだった。

 正当な行為。

 需莉は、腰に帯びた日本刀を意識した。

 ――自身および周囲の危害を防ぐためのやむを得ない職務執行。

 怒りで、今すぐここで暴れ出したい気持ちをなんとか抑えた。

 新聞を持ったまま動かないものだから、誰もいないと判断した人感(じんかん)センサーが電灯を消した。

 真っ暗闇の中、需莉はすぐには動けずにいた。

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