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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
6話:【荒織需莉】私は紫焔に焼き尽くされる
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6-6

 数日経って、需莉は少しずつ剣志隊での生活にも慣れてきた。

 入隊した翌日には房江から刀の取り扱い方と斬り方も一通り教えてもらった。

 抜刀、納刀の練習は竹刀ではできない。真剣での練習が必要だ。

 斬りつけた時に刃筋を立てるというのも、最初は大根から始まって、慣れてきたら畳表(たたみおもて)を相手に斬りまくる必要が出るだろう。

 今では、巡察にも一人で出るようになった。

 柚希に指摘された「自然に歩く」というのもまだまだ場数を踏む必要はありそうだが、じきにできるようになるだろうと需莉は思った。

 

 柚希に言われた通りに、道場での稽古もしている。

 隊内の大会の開催日が近づいてきているせいか、道場の中はかなり混みあっていた。みんな、良い成績を出すために気合が入っているのだろう。

 その日の午前中は、隊長の武井(たけい)初芽(はつめ)も道場に顔を出していた。

 ただ、柚希が言っていたような、隊士たちが真面目に稽古をしているかを見ているかというよりは、目についた隊士を片っ端から相手にして気晴らしをしているようにも見える。あれが隊長流の実力確認なのだろうか。

 需莉は自分用に用意された防具に身を包み(房江からは、「Sサイズでも余るかも、もうちょっとお肉つけた方がいいわよ」と言われた)、試合稽古の相手を探していると、次の獲物を探している初芽と、面と面が合った。

「荒織、やろうか」

「……よろしくお願いします」


 お互いに青眼で構える。

 初芽の威圧感に、需莉は自分の胴が震えるのを感じた。

 押しても引いても動かせなさそうなほどの重圧。

「どうした、荒織。打って来い」

 ……ええい、行け、行け!

 需莉は右足を強く踏み込むと真っすぐに面撃ちを繰り出した。

 それを初芽が軽く擦り上げてさばくと、再び竹刀の先端を揺らして、もっと打って来いと竹刀で言っている。

 さすがにカチンと来た。

「ぁぁぁぁぁああ!」

 気魄(きはく)を吐き出して、本気の連撃。

「お、と、と」

 さすがに軽くさばくのは無理と見えて、初芽が腰を低くしてどっしりと構えて、素早く確実に需莉の竹刀を処理する。

 ……おかしい。

 需莉は何度も竹刀を繰り出し、押しに押している。なのに初芽は1歩も後ろに下がっていない。その場から動かずに需莉の剣撃をさばいているのだ。

「復讐を、今でも考えてるんだな」

 ぽつりと漏らした初芽の言葉に、需莉はぎくりとした。片時も頭から離れない気持ちを言い当てられた。

 需莉の竹刀が止まった。

 直後に、初芽の面撃ちで需莉の目の前で火花が散った。面鉄越しなのに、一瞬気を失いかけるほどの一撃だった。

「どうした。大して強くは打ってないぞ」

 頭を振って火花を追い払うが、すぐには消えてはくれなかった。それを見て初芽がはっはっはと笑っている。

「もうやめておくか?」

「いえ、やります」

 と言ったものの、まだ地面が揺れてるような感覚で竹刀を構えることもできない。

 初芽が構えを解いて、需莉が回復するのを待ってくれている。

「あの……、一つ聞いていいですか?」

「おう。私に答えられることかな」

 面鉄の奥から初芽を見据えて、需莉が言った。

「仕事が許して、斬るのに法的問題が無ければ、復讐のために斬殺することは許されますか?」

 2人の間に沈黙。まわりの隊士たちが竹刀を打ち合う音と、足が道場の床を擦る音だけが聞こえる。

 やがて、初芽が答えた。

「副隊長の柚希にも、同じ質問をしているな。入隊考査には問題無かったが、こういった質問をする者を入隊させて良いかを相談されたよ。私は合格として良いと答えた。誤った志を持っていても、誤った剣を振るわなければ問題ないと考えるからだ」

「誤った剣って、どんな剣ですか?」

「試してみようか。構えろ」

 初芽が再び青眼の構えをとる。

 慌てて需莉も同じく構えた。

 おや、と思った。さっきの重圧を感じない。

 と思った瞬間、初芽が踏み込んできた。

(うお……!)

 胴撃ちも面撃ちも鍔元で押さえるのが精いっぱいだった。

 一撃が重い。怒っている人間の斬撃だ。

 受け止めるごとに掌に衝撃が来て、もう何合も耐えられそうにない。

 受けているだけでは勝ちは無い。

(反撃を……)

 初芽の連撃の隙間を縫って、必死の籠手撃ち。

 それも初芽は前に出ながら鍔元で強引に払うと、面と面がぶつかるぐらいの近距離から押し込んでくる。

 体力が違い過ぎる。押し合いにもならない。

 需莉の体が初芽に弾き飛ばされる。

 それを追いかけるように初芽の胴撃ちが来る。渾身の一撃だと思った。

(し、死ぬ……)

 需莉は竹刀を立てて、それを押さえようとした。

 初芽の一撃で、2人の竹刀が割れて折れた。

(嘘でしょ)

 初芽は折れて飛んでいった竹刀を目で追ってから「はは」と笑った。

「また房江に怒られちゃうな、こりゃ」

 面鉄を初芽が外した。需莉は体中汗びっしょりだというのに、初芽は軽く汗ばんでいるだけだった。

 需莉も面鉄を外して、素顔を晒した。

「分かったか?」

 初芽の問いに、しかし需莉は返答に困ってしまった。

「殺されそうだったって事しか分かりませんでした」

 初芽は、素顔で需莉の瞳の真ん中を見ていた。

「あいつがお前の問いになんと答えたかまでは聞かなかったが、私の答えを言っておく。復讐のために剣を振るうのは駄目だ。何故なら、その剣には邪念が乗るからだ。邪念の分だけ剣は重くなって鈍くなり、刀の持ち手を殺すことになる」

「隊長の今の一撃は、十分に相手を殺せる良い一撃でしたけど」

「それはお前と私に実力差があるからだ。もしお前が私と互角なら、あんな力だけの剣なんて軽くさばいて反撃を撃ち込んでるさ」

 そんな簡単な話には思えなかったが、でも確かにそうかもしれない。自分の腕でも反撃できたのが良い証拠だった。

「それにしても、すごい一撃でした。相当に怒ってるって思いましたよ」

 にやり、と初芽が笑った。

「怒る? お前は復讐の話をしたんだから、私はお前を復讐相手だと思って竹刀を振ったよ」

「隊長にも復讐相手がいるんですか?」

「しようと思えば、山ほどいるよ。私が剣志隊に入隊してから、どれだけの隊士が討ち死にしたか。今思い出しても涙が出る」

 まだ初芽はにやにやとした意地悪そうな顔だ。過去を吹っ切ったような顔だ。

 しかし、需莉は確かに見た。

 初芽の瞳のずっと奥に、紫色の小さな火が灯るような輝きがあった。

「……おっと、いかんいかん。自分で言った邪念を自分で演じるようじゃ、私もまだまだ未熟だ」

 初芽は軽く頭を振って、自分の折った竹刀を拾った。

 もうその時には、初芽はいつもの表情に戻っていた。

「隊長は、もし復讐相手と刀を持って向き合うようなことがあっても、いつものように刀を振るうんですか?」

「そうだな。私は復讐については反対派なんだ。キリが無い。それよりは、もう二度とそんなことは起こさせないと思うようにしている」

 初芽は、需莉が持っていた割れた竹刀を受け取って、言った。

「私はお前を死なせないぞ。絶対に。だから、お前も死なないようにしろ。いいな」

 真摯だと思った。需莉はうなずいた。

 道場を出ようとしていた初芽が「そういえばそうだった」と何かを思い出した。

「昨日、ご大層に児童福祉局から電話があったんだが、面談はどこでしますか、だと。宿舎を使うか?」

「いえ、養護院の時から、福祉局の建物に行ってました。もう少し稽古してから、出ます」

「そうか。あまり無理はしすぎるなよ」

 正直、初芽と更衣室で2人きりになるのが嫌なだけだった。

 だから、時間をずらしただけだ。


 児童福祉局との面談も、あまり好きではない。

 国からしろと言われていなければ、サボっている。

 初芽と更衣室で会わないようにあと10分だけ素振りでもしていようと思った需莉は、壁にかけてある竹刀を手に取った。

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