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大広間に戻ってくると、なんだか先ほどよりも賑わっていた。
一角になんだか行列ができている。
先頭の隊士は箱に手を突っ込んで玉を取り出すと、そこに書かれている数字を見て、傍らに置かれているノートに何事かを書き込んでいる。
圭子もそちらの列に並びたそうにしているが、まずは仕事の完遂が先らしい。
行列から少し離れたところに2人の女性が立っていた。
圭子はすぐにでも話しかけたいらしいが、目上の人の会話に割り込む胆力が無さそうだった。
「なんで隊長は、こういうこぢんまりしたことを全部自分でやるのかしら……。トーナメント表作るくらい、事務方でやるのに」
「あの玉一つ一つに数字書いたの、隊長なんですか?」
「そうなのよ……! 全部で100個くらいあるのよ。お陰で、隊長しかできない書類仕事が止まってるのよ」
「まあまあ、隊長の気分転換も兼ねてますから……」
会話の切れ目を狙って、すすっと圭子が背後から切り込んだ。
「あ、あの、副隊長、京本さん。荒織さんの最初の説明、終わりました」
くるっと2人が振り返った。
「あら、棚網さん、お疲れ様。それじゃあ、もう隊務に戻っていいわよ」
「はいっ」
圭子は元気良く返事をすると、一直線に行列の最後尾についた。よく見ると、圭子を待っていたらしい別の女の子が圭子の真後ろについて何か圭子と話していた。圭子の肩に顎を乗せてるものだから、「紗枝ちゃん、重いよ~」などと、困った風に、しかし楽しそうにしている。
隊士の中でも仲良しというものはできるらしい。自分も作りたい、などとは思わないけど。
「はじめまして、荒織さん」
そんな2人に見とれていたものだから、声をかけられて需莉は驚いた。
「私は事務方の京本房江です。私の他に事務方は2人いるから、困ったことがあったら遠慮なく聞いてね」
優しくて温和な印象の女性だった。しかし、日本刀を2振りも帯びているあたり、やはり凄腕なのかもしれない。
房江は手に持っていた鞘を需莉に渡した。
「荒織さんのために刀を新しく用意はするんだけど、それまでの間はこれを使ってね」
「はい、ありがとうございます」
鉛筆か水筒でも渡すような気楽さで差し出された刀を、需莉は両手で受け取った。
初めて持った日本刀は、思ったよりも重くないというのが感想だった。
抜いてみたい、という需莉の心の中を読み取ったように、房江が言った。
「抜いていいわよ。実戦で初めて抜くとなるのはまずいからね」
許しが出たので、ゆっくり抜いた。
包丁とは断じて違う。刃に浮かんでいる直刃の刃文から、凄みが伝わってくる。
十分堪能した需莉は、自分の指を切らないように気を付けながらゆっくり鞘に収めた。そんなおっかなびっくりな所作に、房江が小さく笑っている。
「刀の扱い方や斬り方って、剣道じゃやらないものね。ちゃんと実習があるから安心していいわよ」
なるほど、と需莉は思った。剣志隊に入ると、そんな勉強もするのか。
「あと、時々、隊内で剣道の大会をするの。優勝すると金一封が出るから、たいていの隊士は出るわ。弱いと思って尻込みする必要はないわよ。腕試しという意味もあるし。入隊したばかりだし、参加は自由だから出なくてもいいけど、どうする?」
需莉は抽選の玉を引くための行列を見やった。
他人と比べて自分がどのくらい強いかというのには興味が無いが、自分より強い人と試合という場で戦うのは大いに意味があると思った。
「私も出ます」
「じゃあ、後で抽選の玉、引いてね」
「はい」
「あと教えておかなきゃいけないのは……」
房江はちょっと考えて、
「荒織さんは、今、学校には通ってないのよね?」
需莉からすると重い質問だと思うのだが、夕食の献立みたいな気安さでそう質問した。そんなの珍しくないのだろうか。
「はい。養護院で授業を受けていました」
「学校に行きたいって思う? 今までは色々な事情で行けなかったんだと思うけど、今なら行けるわ」
そんな選択肢、今まで与えられたことが無かった。
だけど、たいして考えを巡らすこともなく、結論が出てしまった。
「いいえ、今はいいです。高校に行ける年齢になってから考えます」
「そう。分かったわ」
そう言われても、房江は大して驚きはしなかった。やはり珍しいということはないらしい。
「学校に通っていない場合は、午前中は勉強の時間にあてて、午後は巡察、夕方に戻ってきて道場で稽古するのが基本よ。授業とかは特にしてないから、もし勉強が不十分だと思ったら、自分で塾とか家庭教師のお世話になる必要があるわ。最初はそこまでお給金が出るわけじゃないから、そのあたりは自分で頑張ってもらうしかないわ」
「はい。分かりました」
望むところだ。
ずっと私は、一人きりで頑張ってきた。
「じゃあ、私からの説明はこれで終わり。副隊長と巡察に行ってらっしゃい」
脇で房江の説明を待っていた柚希が、ここで初めて口をひらいた。
「それじゃあ、行こうか」
本営の敷地内では需莉は日本刀の鞘を手に持っていたのだけれど、本営を出るというところで柚希が「帯に差し込んでおこうか」と言った。
需莉の手から鞘を受け取ると、それを小紋の帯に差し込んだ。
「動ける? 鞘が抜けそうな感じはする?」
腰をひねると、鞘が腰骨に当たってゴリゴリする感触はあったが、大丈夫そうだ。
「大丈夫です」
そう需莉が返事をしたのに、柚希はすぐには歩き出さなかった。
横顔を窺ってみる。髪に隠れてその表情はうっすらしか見えない。ただ、真剣な顔に見える。
どうしようと需莉が思い始めた時に、柚希は需莉の方へ顔を向けた。
「巡察に出る時に、必ず、自分は死ぬかもしれないと思え。刀槍を持ち出して誰かを傷つけようとする場に出くわしたら、命を張って市井の人々を守るために戦うからだ」
その言葉で、需莉は今初めて、自分は剣志隊に入隊したのだと実感させられた。
「もちろん、実際に命を落とすほどの争闘に出くわすのは稀だ。君を合格にしたのも、そのような争闘に臨んだとしても、大抵の者には勝ちを得ることができると判断したからだ」
そうだ。私なりに努力を積んで、素人とは呼ばせないだけの力は身につけたはずだ。需莉もそこは自信を持って言える。
「だけど覚えていて欲しい。世の中には、自分よりも、剣志隊の誰よりも強い人がいる。そういう人物と剣をもって戦うことになれば命を落とすことになる」
「……」
「まあ、ちょっと脅したようになってしまったが、君は刀の扱い方の実習がまだだ。今日、これから、そのような争闘になっても君は刀を抜かなくていい。戦うのは私だけだ」
そこで柚希は言葉を切って、
「ただ、私はその争闘で斃されるかもしれない。そうなったら、次に戦うのは君だ。覚悟だけはしておいてくれ」
重い言葉だった。需莉は頭の中で、そのような事態をできるだけ明確に描いた。
そして、頷いた。
「分かりました」
需莉の言葉に満足したのだろうか。
柚希は、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
そして、2人、本営の外に出て市中に向かった。




