6-1
入隊考査の、最後の試合稽古を終えた荒織需莉は、面を外して、相手をした糸無柚希に問うた。
「仕事が許して、斬るのに法的問題が無ければ、復讐のために斬殺することは許されますか?」
同じく面を外していた柚希は、困った顔をしていた。肩の上で黒い髪が揺れている。
なかなか答えが返ってこないが、需莉はじっと目を見つめて待った。
答えが返ってくるまで待ち続けるつもりだった。
柚希は真面目に、真剣に考えてくれているようだった。
そして、言った。
「正直に言うが、今の私には答えられない。すまない」
当然だが、需莉のこれまでの16年間の人生で、人を斬り殺したことは一度もない。
対して、相手の柚希は剣志隊の副隊長だ。今まで仕事で斬り殺したことはあるだろう。
需莉は自分自身の問いに今すぐ答えることができるが、同じように経験を積んだら答えることができなくなるのかもしれない、と思った。
「分かりました」
その問いに関しては、今はそれでいい。
「合否の連絡は、自宅へ郵送する。それが届くまでは待っててくれるか」
「養護院でも届きますか?」
「もちろん、届く」
「それじゃあ、届くのを待ちますね」
需莉は頭を下げた。
今回の入隊考査でただ1人、隊士との試合稽古まで進んだのだから、剣の腕は問題無さそうだ。
あるとしたら筆記試験と、身元調査だろう。
そこはもう、需莉としては天に任せるほか無かった。
今の需莉の住処である養護院は、剣志隊の本営である築地本願寺から歩いて1時間ほどの人形町にあった。
需莉が今着ている小紋はすっかり着古してボロボロなのだが、その養護院も同じようなものだ。運営している国は、修繕費をそう簡単には出してくれないようである。
夕方も過ぎたこの時間、養護院の子どもたちは、学校から戻ってくる子どもと、学校には行かず養護院で教育を受ける子どもの2種に分けられる。養護院で一日中過ごしている子どもたちは、学校から戻ってくる子どもを羨ましそうに見ている気がした。
需莉は、そんな視線で学校帰りの子を見たりはしないけれど。
逆に、入隊考査を終えて帰ってきた需莉を見て、運動場で遊んでいた子たちがなにごとかこそこそと喋っている。きっと不快な内容なので、需莉は気にしないようにしている。
建物に入って、需莉が住む私室に行く途中も同様だった。廊下の子たちは需莉を見ると道を空け、背中に向かって何かを話し合っていた。
そんな彼らの陰口よりも、需莉が気にしているのは今日の入隊考査だった。
(調べれば、すぐに犯罪者の娘だと分かる。それで合格は無理かな)
もし不合格なら、他の方法を探さなくてはならない。でないと、いつまでもこの養護院にい続けることになる。
そのために今自分に必要なのは、学力だった。
入隊考査で疲労感はあったが、私室に戻った需莉は勉強道具を古びた机の上に並べた。
少しすると、同室している伊舘愛実が帰ってきた。
部屋が狭いので、机2個と2段ベッド以外にほとんど空間がない。愛実が自分の机に行くために、需莉が座っている椅子を引いてやった。
「ありがとう」
愛実は愛想が良くてにこやかだ。彼女に遺されたお金はけっこうな額なのか、今日は可愛いブラウスとスカートだった。需莉のような一文無しとは違った。
愛実は学生バッグを置いて、養護院がとっている新聞を手に机の椅子に腰かけた。
この少女がかなりの勉強家であることを需莉は知っている。養護院は、世間のことを知りなさいと言わんばかりに新聞を多目的室に置きっぱなしにしているが、熱心に読んでいるのは愛実を含めて数人だけだった。
需莉ももちろん読んでいる。勉強熱心というよりは、この世の中を知りたいという好奇心からであったが。
物理の問題を解いている間、愛実がこちらにちらちらと視線を投げてくるのを感じた。
話したいことが何かは見当がついた。
やがて我慢ができなくなったのか、ついに口を開いた。
「今日、剣志隊の入隊考査だったんでしょ? どうだったの?」
需莉は、そのことを養護院の誰にも話していない。
「そうだけど、その話って誰に聞いたの?」
「先生が話してるの、聞いちゃって……」
どうりで他の子たちも知っている風な雰囲気のはずだった。養護院教師に口止めしなかったことを需莉は後悔した。
「合格できそう? 真剣でテストするって、本当?」
需莉は問題集に視線を戻して「人のこと、詮索しないで」
怒られてしまった愛実は「ごめんなさい」と言って新聞に戻った。
会話を止めたかっただけなのに、棘のある言い方だったかもしれない。ただ、需莉には他の言い方が思いつかなかった。
悪かったなという気持ちで愛実を盗み見た時、開いた新聞の一面の字で目が留まった。
『警官隊内で汚職か。内務調査始まる』
黒い気持ちが胸の中で広がるのが分かった。視線がそこで磔にされたように動かない。
その視線に愛実が気づいてこちらを向いた時に、やっと金縛りが解けた。急いで需莉は問題集に戻った。
愛実は、需莉が熱心に視線を向けていたであろう部分を探した。
「ここの記事気になるの? 内務調査っていうところ」
勉強をしながら、需莉はうなずく。「うん」
「警察が気になるのね」
違う。「警察なんて大嫌い」
ほとんど勝手に言葉が喉から飛び出していた。喋ってしまってから、後悔した。
「それじゃあ、読んでいいよ。私はもういいから」
そう言って、愛実は新聞を需莉に渡すと、私室を出て行った。
夕食の時間まで、多目的室で弟か、気の合う友人とでも時間を潰すのかもしれない。もしかしたら、夕食の準備を手伝うのかもしれなかった。
そして、当然、乱暴な言葉を吐く自分と2人きりで過ごすのが辛かったのだろう、と需莉は思った。




