4-11
柚希は剣志隊隊士を率いて隊舎へと戻って行った。紗枝は、柚希が丼もの屋の店主にお金を渡すのが見えた。
紗枝は横になっている圭子の容態が落ち着いているのを見てとると、安堵の溜息をついた。
今は、圭子が布団の中に収まって、紗枝とエリザが座って圭子を見守っていた。
「エリザを助けに私と圭子がここに来て、私が斬られそうなのを圭子が止めてくれて、斬られた圭子をエリザが助ける。なんだかすごく複雑になっちゃったね」
エリザは笑ったけれど、すぐに落ち込んだ顔になってしまった。
「ご迷惑をおかけしました。私がいなければ、棚網さんも斬られずに済んだのに」
「悪いだなんて思わないで。それが私たちの仕事だから」
布団の中で圭子が言う。
エリザは、朝いなくなった経緯を話してくれた。
診察の仕事が始まる前、道場の中に入ってみたいなと思って敷地内に出た時に、見知らぬ男に話しかけられた。てっきり隊士だと思ってエリザは警戒していなかったのだが、男はエリザの耳元で囁いた。「母親を助けたければ、俺に付いて来い。大声を出したりするなよ。面倒なのは嫌いだ」
「お母さんも、あいつらに捕まってるってこと? なら、今度は大阪国に行かなきゃだね」
そう圭子が言うのだが、エリザは目を伏せた。
泣き始めた。
「私の父親は闇医者をしていて、犯罪者からの依頼で怪我の治療をしていました。私はそこでずっと手伝いをしていました。外国人ですから、学校にも行けなかったんです」
圭子と紗枝は、エリザの手際の良さに合点がいった。
「でも、ある日、父親が誰かに殺されました。きっと、彼らが知られたくないことを知ってしまったんだと思います。お母さんは私を逃がしてくれました。でも、そのお母さんも……」
ここにエリザは、誘拐犯から聞かされたのだろう。きっと酒でも呑んで気分が良くなったところで、「お前の母親はもう死んでるぜ。嘘ついて悪かったな」などと悪びれもせずに言ったのだろう。圭子はそう想像した。
「私には、帰る場所が無くなりました。両親のお墓も作ることができません。東京国政府が、私を黙って大阪国へ送り出してくれるとも思いません」
泣き始めたエリザの手を、圭子が握った。
「独断専行はだめだって言われた後だけど、エリザのためなら、私と紗枝ちゃんが守ってあげる。だって、エリザは私の命の恩人だから」
エリザの手に重ねられた圭子の手の上に、紗枝も手を重ねた。
「何度だって、独断専行でもなんでもやるつもりだよ。私は、みんなを守りたい」
夜、エリザは正座したまま眠っていた。布団を敷くという店主だったが、今晩は夜通しで圭子さんの様子を見ると言って、そのまま眠ってしまったのだ。朝から長旅をさせられ、その後に神経を使って傷の縫合まですれば、疲弊しきるのも無理はないだろう。
布団の中で横になったまま、圭子は自分のことを考えていた。
(今回は……色々とイマイチだった)
助かったからいいものの、自分は一撃入れられたし、紗枝も死にかけた。
そして、2人が死んで失敗したら、エリザは彼らに連れ去られ、言葉にできないくらいの酷い目に遭っていたはずだった。
今回、うまくいったのは、本当にただの幸運だったと思う。
もっと良い方法があったはずだった。
自分の未熟さに、嫌というほど気づかされた。
もっと強ければ。そして、もっと頭が良ければ。
(勉強と剣の稽古、今まで以上に頑張らなきゃ)
腰のじくじくとした痛みを感じながら、圭子も眠りの世界へ落ちていった。
紗枝は、居間の小さな縁側に立ち、開けたままにしている引き違い戸に背を預けていた。
まだ戦いの熱が体中に残っていて、眠気が訪れてくれなかった。
人を斬った時の心のざわつきは、今もある。初めて人を斬った時と同じ。何も思うことがない気持ちを、紗枝に語彙があればそれを「虚無感」と表現していたかもしれない。
だけど、それとは別に、温かい気持ちもあった。
エリザと圭子を助けることができて、本当に良かった。
誰かの為になら刀を振るったなら、嫌な気持ちも気にならなくなるかもしれない。
(そのためには、もっと守れるようにならないと)
自分の気持ちに整理をつけたら、途端に大きなあくびが出てきた。
(これは……まずい)
急激に体を侵食してくる眠気を前に、紗枝は居間に戻るのが精いっぱいだった。
そのまま倒れこんで、腰に帯びた刀もそのままに、圭子の横で眠り始めてしまった。
1週間後、エリザのお墨付きが出たので、圭子たちは本営へ帰ることになった。
本営へ戻った圭子が家に帰ると、両親は卒倒せんばかりに驚き、そして泣いた。圭子には申し訳ない気持ちもあったが、しかし毅然とした態度を貫いた。圭子の両親は、それで少し心境の変化があったようだ。自分たちの娘は、確かに、剣士となったのだと。
それから数日して、政府から正式な告示があった。その告示は、剣志隊にだけ伝えればいいというわけではなく、東京国の全市民に伝える必要があったため、各町に掲示板が用意され、それは1か月ほど掲載され続けた。
『エリザ・ホワイトウェルを剣志隊隊士に任命する。
剣志隊隊長武井初芽をその保護者とし、他の市民と同等の扱いとする。
なお、危険性のある感染症には罹患しておらず、
その接触に関してなんら危険性は無いことを東京国政府が保証する』
こうして、エリザは剣志隊に入隊することになった。それも、下働きをしている浅野や、賄い係をしている和美とは違い、正式な隊士である。これは、東京国政府が正式な身分をエリザに与えるための措置だった。
外国人の娘だということで衣食住を提供する利点もない。だから、一個人として勝手に生きろ、というのが東京国政府の決断だった。
野晒にするのではなく、剣志隊に入隊させたのは、人道的な処置であったであろう。
入隊考査を受けずに隊士となる例は、非常に稀である。
とはいえ、エリザには隊士という身分が与えられたものの、使えるのは刀でなく、メスなどの医療器具や薬剤だけだった。
だから、初芽はエリザのために医師方という役職を作った。今まではかかりつけの医師として井上1人だけだったので、2人になって心強くなったと初芽は喜んだ。
ただ、エリザ曰く、医師を名乗るにはまだまだ技術不足だった。
じゃあ正式に勉強すればいい、という初芽の意見を受け、エリザは大学医学部に進むための勉強をしている。
紗枝と圭子は、普段の生活に戻った。しかし、学校での授業を終えてから本営に着くまでの時間が、今までよりも少し早くなった。
誰も怪我をしていない時は、エリザは和美と一緒に炊事洗濯に励んでいる。紗枝と圭子が食堂に来た時は、世間話をした。
「ねえ、エリザって何歳?」
圭子が質問した。実は、初めてエリザを見た時から浮かんでいた質問だった。
「14歳です」
「それじゃあ私と同い年なんだね」
圭子は、なんだか少しだけ嬉しくなった。
ところで、圭子は初めてエリザを発見してから今日この日にいたるまで、ずっと疑問に持っていたことがあった。
いくらエリザが外国人で、日本人である自分と体つきが違うとはいえ、気になって気になって仕方の無いことが一つだけ。
「エリザの胸の大きさはどのくらい……?」
おずおずと聞く圭子に、紗枝が目をまん丸くしていた。
エリザは恥ずかしそうにしていた。言いたくない、というのが本音だろうが、自分の命を救ってくれた2人に対して、エリザには拒むという考えが微塵もない。
顔を赤くして、エリザが数字を告げた。
「……そんなに大きいの」
圭子だけではなく、紗枝まで驚いていた。
以後、この3人は絆を深めていっている。親友、と呼んで差し支えない。
6月、梅雨のさなかの話であった。
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次はちょっとぼんやり気味だけど家族を大事にしている隊士のお話です。




