↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
4話:【棚網圭子・羽場紗枝】普通、東京国で金髪の少女を見ることはない
24/48

4-10

 狐面に一撃を止められた拍子に、紗枝の集中も切れてしまった。

 反射的に真後ろに飛びずさり、下段に刀を構えた。

「はぁっ……はぁっ……!」

 刀を握る手に力が入らない。足も踏ん張れない。

 男たちが狐面に対して、「遅いねん、トロトロすな!」とか「あいつをぶち殺してまえ!」とか「ごっつい銭払うてんねぞ、ボケが!」などと何か文句を言っているのが聞こえる。

 ただ、狐面は何も意に介していないようだった。

 何も言わずに、紗枝だけを見ている。

(刀で戦うというのに、面をつけているなんてふざけてる)

 あれでは視界の大部分が塞がれる。自分で死角を増やしているようなものだ。

 しかし、それすらも気にしていないようだった。狐面がゆっくりと刀を構えた。青眼を斜めに倒している。

 剣先が正中線から外れ、面と喉に隙があるように見える。ただ、それは誘いだ。こちらが撃った瞬間、反撃を繰り出してくるだろう。

 その構えを、紗枝はどこかで見た気がした。

 狐面の両足が地面を噛む。飛び込んでくる気だ。

 紗枝は体に鞭打って、刀を握る手に力を込める。

 来るなら来い。


 気は確かに張っていた。紗枝に油断などなく、隙だってなかった。

 なのに、間合いに入り込んできた狐面の体の動きがまるで見えなかった。

(速い……)

 狐面が踏み込みと同時に胴撃ち。狙いは少し上め。すなわち心臓。

 紗枝の両手が、防ぐと思うよりも先に動いた。

 狐面の刃が紗枝の胸をえぐるよりも前に、なんとか擦り上げることができた。

 しかし、たったその一撃で両手の力が限界になった。

 狐面の剣撃は、鉄の板でも破断できそうなくらい強い。

 体の動きも速ければ、切っ先も速い。その上、威力も高いのでは勝負にもならない。

 どうやったらそんな動きができるというのか。

 筋力ではない。何か、そういう動きができるように工夫と鍛錬をしているのが分かった。

 紗枝は狐面の刀を無理矢理に押し返した。狐面は全く慌てていない。続く紗枝の雑な刀を後ろに下がることで回避した。

 そして再び斜め青眼の構え。

(これは、死ぬ)

 自分とは段が違うのが分かった。もう次の一撃は防げない。

 狐面は、紗枝が覚悟を決める時間さえ与えなかった。

 再び下半身に力を入れ、飛び込む前動作。

 そして、引き絞られた矢が放たれるような勢いで踏み込んだ。

 一度体を沈めて、右切り上げ。紗枝は、自分の頭部が下から斜めに切断されると思った。

 せめて目を開いて、その一撃を見届けようと思った。

 その刀が、しかし空を斬った。

 圭子だった。

 横やりを入れる形で、圭子が狐面の横っ面に斬りかかっていたのだ。

 それでも狐面には届かなかった。紗枝への一撃を捨てる代わりに、狐面は圭子の刀を綺麗に避けきった。

 

 圭子の作ってくれた隙を紗枝は逃すわけにはいかなかった。

 全身の力を総動員しての突き。

 しかしそれも、狐面は避けた。軽く首をひねって、紗枝の切っ先が突いたのは誰もいない空間だった。

 もう、この女を斃すのは無理だと分かった。

 突きを外されたと分かった時には、倒れた圭子を守るように覆いかぶさっていた。

(守りたい、守りたい、守りたい……!)

 体全体で圭子を守りながら、刀を片手で構えた。

 もう、この争闘では何も起きないだろう。

 しかし……、守りたい。


 紗枝の突きは外れていたが、狐の面を支えていた糸を切断していたらしい。

 ぽろ、と面が外れて女の顔が露わになる。

 その顔を見て、誰かの面影があると思った。

(副隊長だ。柚希先輩に、似ている)

 女は刀を上段に構えた。

 彼女が振り下ろして、紗枝の人生はそこで終わるはずだった。

 

 そして、その時が来た。

 刀を抜いた少年少女たちが走って来るのが見えた。

 紗枝は、その先頭が柚希であることが分かった。

 もう一度、女の顔を見た。

 確かに似ていると思った。

 その女も、今まさに剣志隊がこちらに迫っているのを見て、憤怒に揺れていた。

 もう一度紗枝を見下ろす。

 何度も、剣志隊と紗枝を交互に見る。

 ついに、女は刀を振り下ろさなかった。

 刀を鞘に収めると、どこかへと走って逃げていった。

 気づけば、男たちも既にいなくなっていた。


「……圭子!」

 紗枝が叫ぶ。

 苦しそうだった。傷ついた脇腹を手で押さえている。

 その手はもう真っ赤だった。

 斬られた脇腹からは、今も血が溢れてきている。紗枝は圭子の手の上から押さえた。しかし、それでも、血は止まる気配など微塵もなかった。

 このままでは、失血で死ぬのでは?

「圭子……!」

 圭子は痛そうに目を固く閉じて、痛みに耐えている。

「紗枝さん」

 エリザが呼びかける。

「そこのお店の人に言って、お湯を沸かしてもらって下さい。それと、針と糸を」

「え?」

 紗枝には分からない。ただ、エリザの目を見ているだけだ。

 エリザはそれ以上説明しなかった。圭子に肩を貸して、ゆっくり立ち上がった。

 紗枝の金縛りが解けた。

 エリザは、圭子を治療するつもりなのだと分かった。

 紗枝は店の中に飛び込んだ。

 背後から、ついに追いついた柚希が「お前は休んでていい」と怒鳴ったが、それも耳には入らなかった。


 圭子は、右の腰を正面から斬りつけられていた。しかし、大きな血管には刃が通っていなかったらしい。

 エリザは、用意してくれた熱湯で糸を殺菌すると、裁縫用の糸で縫った。血管の修復は不要だという判断だった。

 しかし、すぐに動くことはエリザが固く禁じた。最低でも1週間は安静にするべきだと。

 針と糸を貸してくれたその店は、丼もの屋だった。店主は筋骨隆々の男で、素手で熊でも倒せそうなほどだった。エリザが「しばらく置いて下さい」と頼むと、構わないと即断してくれた。


 圭子が横になっているのは、丼もの屋の奥にある居間だった。そこに布団を敷いてもらっていた。

 店主との話をつけた柚希が、その居間に入ってきた。

 紗枝と圭子は、柚希にこっぴどく叱られた。だが、怪我人然とした圭子を前に、そこまで強くは出なかった。

「独断専行は、隊士としてあってはいけないことだ。お前たちは貸し一、だ」

 圭子と紗枝は、神妙な顔で頷いた。柚希の言う「貸し」という言葉が、実はとても重いものだということを、2人は後日知ることになる。

 

「圭子が動けるようになるまで、紗枝はここに留まれ。動けるようになったら、エリザと3人で帰って来い。その間は、警官隊にここの警護にあたるよう依頼はしておく」

 きびきびと言いつける柚希に、圭子と紗枝は「分かりました」としか返せなかった。

「それと、本営に戻ったら隊長からきついお説教があるはずだ。覚悟しておけ。助言としては、途中で質問されることがあっても、黙って、申し訳ございませんでしたとだけ返せ。それがコツだ」

 紗枝は一つだけ気になったので聞いてみる。

「副隊長も、隊長のお説教されたことがあるんですか?」

 柚希は笑みを返しただけで、教えてくれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。