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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
4話:【棚網圭子・羽場紗枝】普通、東京国で金髪の少女を見ることはない
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4-8

 もしエリザを連れ去った者が馬を使っていれば徒歩では追いつけないだろうが、それは無いと見当をつけた。馬は高価だ。それだけの金があれば人さらいなどしない。

 紗枝は宿舎に常備されている地図を持ち出していた。

 が、地図なんて普段使わないから、地図上で自分が今どこにいるかも分かっていない。

 代わりに圭子が確認する。

「ここから西に行くとなれば、東海道を通って、大阪国に戻る気なんだろうね」

 紗枝は地図じゃなく圭子を見ている。

「途中で人に聞きながら向かいましょう」

「圭子って」感心している表情で言う。「こういう時にとんでもなく頼りになるね」

 圭子の提案は功を奏した。

 エリザは目立つのに、特に変装をさせることなく歩かせているらしい。ものの1時間もしないうちに、「見かけた」という人を見つけた。


 大阪に一晩で到着できるはずがない。

 圭子は、犯人たちの今日の宿は保土ヶ谷か戸塚と見当をつけた。

 東京国を目指す人たちとすれ違う時には、圭子が必ずエリザらしい人を見かけたか聞いた。

 そのほとんどから「見たよ」という回答だった。

 エリザを連れて行った男達と同じ道に入った、と圭子は確信した。


 夕暮れ前に、保土ヶ谷宿についた。

 保土ヶ谷(ほどがや)宿は、日本橋から数えて4つ目の宿場である。各都市を往来する人々が休むために宿が複数あり、宿泊客のための飲食店も何件かある。無人の平野の途中で現れるオアシスのような場所だ。

 何時間も歩いている圭子と紗枝には疲労が溜まっていたが、どちらも「休もう」とは言い出さなかった。

「ここでも聞き込みすればいい?」

「その通りだけど、注意点がある。この宿場には、今どこかに誘拐犯がいるから、それがバレないようしないと駄目。もしバレたら逃げられちゃうから」

 言葉を飲み込めない紗枝が圭子の顔を覗き込む。

「それって、どうすればいいの?」

「大声で剣志隊だけどって言わないように。あと、通行人に聞くのはやめておこう。たまたま誘拐犯に声をかけることになるかもしれない」

 分かった、と紗枝が頷いて酒屋に向かう。

 圭子は洋食屋で聞くことにする。

 

 エリザらしき外国人が入った宿はすぐに判明した。

 和服と足袋を扱う雑貨屋の店番が「男たちが話していたのを聞いた」という。

 そこは民宿のようだった。「達磨館」という立派な名前の看板を掲げているが、2階建ての日本家屋である。外から見る限り、6部屋ほどしかない小さな民宿だった。

 2人で正面の入り口から入ることにする。

「行くわよ。覚悟はいい、圭子」

 紗枝が言った。

 2人で斬り込むつもりだ。

「大丈夫」

「圭子は、今まで人を斬ったことはある?」

 当然の質問だった。お互いに入隊してから間もない。斬り込むという事は、斬り合うという事である。その時は、経験の有無が大きくものを言う。

「まだ、ないよ」

「なら、これだけ覚えていて。決して深入りしないことと、自分の命を大事にすること。斬ることは目的じゃない。私たちの目的は、エリザを救い出すことだから」

「分かった」

 しかし、紗枝は? 圭子は聞かなくてはならない。

「紗枝ちゃんは? 人を斬ったことはありますか?」

「一度だけ」

 そうか、と圭子は思った。それ以上聞くのはやめておいた。なんとなく、聞いて欲しくはなさそうだった。

「じゃあ、行くわ」

「はい」

 圭子がそう言ったのを確認した紗枝は、民宿の戸を開けた。


 時間は戻り、紗枝と圭子が宿舎を出たすぐ後。

 紗枝と圭子が隊舎にいないことに一番初めに気づいたのは、初芽であった。

 普段は仕事で隊長室にこもりがちな初芽は、しかしこの日は本営に次々とやって来る隊士たちへ指示を飛ばしていた。

 巡察に出た隊士たちから報告を受け、巡察に出る隊士たちへ指示を出す。

 ところで、エリザの調査に最も熱を入れるのは、紗枝と圭子だと初芽は思っていた。なのに、その2人はどこにいる? ここ数日、学校を終えてから真っ直ぐに本営へ来ていた2人が?

 嫌な予感が頭で言葉になるより前に、隊士が初芽の所まで手紙を持ってきた。

「警官隊が持ってきたようです。隊長へ、だそうです」

 軽く頭を下げて巡察に出ようとした隊士を引きとめた。

「待て。だそうだ、とはどういうことだ?」

「私が、直接警官隊から受け取ったわけではないです」

「では、誰がお前さんにこの手紙を渡した?」

「羽場さんと、棚網さんです」

 嫌な予感が、ほとんど、確信に変わった。

「それはいつの事だ?」

「ほんの、10分前くらいです」

 ばか、と初芽は口の中だけで呟いた。怒っていた。初芽は滅多に怒る姿を見せることがないので、隊士は身を縮こまらせていた。

 初芽は浅野に、今隊舎にいる隊士全員に巡察の準備させ、その後に道場に集めるように伝えた。

 この時、本営にいる隊士は、全員で約20名。

 10分ほどで、隊舎にいる隊士たちが道場に集まった。

 初芽も、外に出る仕度は済んでいた。袴に大小を差している。

 緊張した面持ちで道場に集まった隊士たちを前に、初芽は隊長らしい威厳を伴って指示を出す。

「隊士2人が、無断でエリザを探しに行ったようである。これより、後を追う。連中の別動隊がここを襲撃する可能性もあるため、副隊長糸無柚希、京本房江以下、この2人が選抜したものは守りに残るとする。それ以外の今、この場にいる隊士は全員で出撃する」

 隊士の1人が、「無断で出た隊士とは誰ですか」と質問した。当然であろう。

「羽場と棚網だ」

 さあ出発、というところで柚希が発言した。

「私に行かせてください。隊長がここの守りをお願いします」

 初芽にはなんとなく柚希がそんなことを言い出した理由が分かっている。「理由を聞こう」

「本営の守りは固い方が良い。それなら隊長が守りに入るべきです。それと、隊長のお説教に対する心づもりを、あの2人に話しておきたいもので」

 後ろの方が本命の理由なのだろう。初芽は「分かった、行って来い」と短く言って送り出した。


 柚希以下15名の隊士たちは、揃って東海道へ向かった。

 隊長を欠くとはいえ、伍長大間崎(おおまさき)謙太(けんた)、同じく伍長大津(おおつ)義樹(よしき)、他に隊内で巧者とされる鯉志川(こいしかわ)瞳(ひとみ)、槍を使う三条(さんじょう)恒吉(つねよし)など、そうそうたる顔ぶれであった。

 初芽が送り出した隊士たちを真剣な目で見ている。

 誰も死ぬな、と思っている。

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