↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
4話:【棚網圭子・羽場紗枝】普通、東京国で金髪の少女を見ることはない
18/47

4-4

 あの金髪の少女の採血を終えたらしい男は、5人分の血液の検査をするべく、こちらに背を向けて試薬やらなんやらと格闘していた。

 圭子としては、感染症の有無を調べるという手順には大いに興味があるので、傍らで作業を見届けたい気持ちでいっぱいだったが、さきほど初芽に完膚なきまでにやりこまれた彼の視界に入るのは可哀そうで、あきらめるしかなかった。

 初芽は、あんなことがあっても特に気にしている様子ではなかった。大広間の一角にある食堂の椅子に座って、のんびりと男が検査結果を出すのを待っている。ただ、そのテーブルの上には初芽の愛刀が乗っている。初芽がその気になったら、1秒未満で男に斬りこめるだろう。


 紗枝は、待ってる間も勉強をしようとしていたのだが、思うようには進まないらしい。

 やがて気分転換なのか、腕立て伏せやら足の屈伸運動やらを始めた。筋トレをして基礎体力作りでもしようという魂胆のようだ。

 新人隊士にふさわしいと圭子は思った。真似しよう。圭子も、同じように運動を始めた。

「む」

 紗枝は、負けず嫌いらしい。圭子が自分の真似をしだすと、ペースをあげた。

 圭子も、同じくらいに負けず嫌いである。

 ペースがどんどん上がっていく。

 圭子は、途中までは初芽や男が気になっていたが、途中からは気にならなくなった。それより、紗枝に負けることの方が重大だ。

 2人して回数が100に迫った時、紗枝が「うっ」と声を出した。

「ど、どうしたのっ?」

 紗枝はたっぷり5秒ほど言葉を溜めて「お腹がつった……」

 仰向けになったまま、紗枝が苦しんでいる。

 仕方ないので、紗枝の道着の中に手を突っ込んでお腹を揉んであげた。紗枝はう~う~言いながら、圭子に揉まれるがままになっている。

(あー、引き締まってるなぁ)

 贅肉がまるで無い。つまめる脂肪など微塵も無かった。どれだけの稽古を重ねるとこうなるのだろうか。残念ながら、圭子のお腹は、つまめるほどの脂肪はある。

(羨ましい……)

 ふと気づくと、仰向けになった紗枝と目が合った。

「もう、痛くなくなったけど」

「あ、ごめん……」

「でも、ありがとう。随分楽になった」

 その時、遠くで椅子に座ってる初芽と目があった。いったい何をしているんだという訝(いぶか)しむ目だったが、すぐにニンマリとした目に変わった。隊士同士が仲良くしているのが初芽には嬉しいのかもしれない。

 恥ずかしくなった圭子が、紗枝の道着からさっと手を引っこ抜いた。


 検査結果は、圭子と紗枝がそんな馬鹿なことをしているうちに出た。

「全員、白です。感染症に罹患(りかん)している兆候は見られませんでした」

 初芽が頷き、短い言葉を返す。

「分かった。ご苦労」

 さっさと帰れ、という態度だった。

 もちろん、男は1秒だってこの本営に長居はしたくないだろう。来た時とはまるで違う速度で道具類を鞄に放り込むとそそくさと帰っていった。

「まったく。塩でも撒いてやろうか」

 初芽はフンと鼻息を荒くしている。

「さて、そろそろ日も暮れる。2人は帰宅しろ。あの子の寝床は宿舎の空いてる部屋にしておくよ。明日の朝、何も知らない隊士が金髪少女を見かけたりしたら、びっくりして刀を抜きかねんからな」

 あまり冗談になっていない。肝っ玉が小さい隊士なら、それが治安のためだとやりかねない。

 初芽が拘置室の鍵を手からぶら下げる。どうやら、あの金髪の少女を今から外に出すらしかった。

 圭子がそそくさと後をついていく。

 紗枝も気になるらしい。一緒に付いてきた。


 鍵を開けて戸を開けると、暗い部屋の中に初芽が声を投げかける。

「こんな所に閉じ込めてすまなかったな。君が何かの感染症にかかってるってことは無いそうだ。出てきてくれるか?」

 部屋の奥で、何かが動く気配がして、ゆっくりと部屋から出てきた。

 そして、何時間かぶりに、金髪の少女の姿を目にした。

 和美の作った食事をとったおかげか、この部屋で休めたおかげか、血色はだいぶ良くなっていた。

 初芽、圭子、紗枝がじっと見つめるものだから、ちょっと困っている。

 が、深々と腰を折って頭を下げた。

「ありがとうございました。殺されてしまうかなとも思って、心の準備をしようとも思ったのですが、うまくできなくて」

 綺麗で、細くて、可愛らしい声だった。

 そして、その言葉があまりに日本人と同じように聞こえて、目を閉じて聞けば日本人としか思えない声だったので、圭子は口をぽかんと開いて固まってしまった。

「私、これからどうなるんでしょう」

 日本語が上手な上に、かなり頭が良さそうだぞ、というのが圭子が思ったことだった。

「君、日本語喋れるんだな」

 初芽の言葉に、少女が頷いた。

「私が日本語を喋ったら、余計に状況がこじれてしまうかなと思って……。黙っていました。ごめんなさい」

「いや、全然それは構わないが……」

 初芽が頭をかいている。初芽にとっても、まさかこの子から日本語が飛び出てくるとは思っていなかったのだ。

「えっと、自己紹介しておこう。私はここの隊長の武井初芽。こっちが棚網圭子に、そっちが羽場紗枝だ」

 再び女の子が腰を折った。教科書に載せたいくらいに綺麗なお辞儀だった。

「君の名前、聞いていいかな」

「エリザ・ホワイトウェルです」

 外国人から外国人の名前が出てくるのは当然なのだが、カタカナの名前というのがあまりに新鮮で、ちょっとばかり衝撃を受けていた。

 が、初芽としては衝撃を受けている場合でも無かった。

「それで、君の住まいは? おそらくは、都市部からは離れた、どこかの寒村だと予想はしているんだが」

「私、大阪国からここまで逃げて来たんです。誰にも見つからないように、わざと山道を通ったりして。でも、どうしても体力に限界が来て……」

 それで、たまたま剣志隊の本営でうずくまっていた、ということらしい。

 それはきっと、最大級に幸運なことだった。

 体力の尽きた場所が道の真ん中だったり、警察署の真ん前だったりすれば、きっと今こうして息をしていることは無かった。

 ここは、今の東京国で外国人が安全に身を隠せる数少ない場所だったのだ。

 ふらりとエリザの膝の力が抜けて倒れそうになったところを圭子が受け止めた。

「ご、ごめんなさい。ふらついてしまって……」

 初芽は、圭子の代わりにエリザの腰に手を回して体重を支えた。

「いきなり色々と質問して悪かったね。今日はもう休んでくれ。詳しい話は、また明日にしよう」

 それでは、と宿舎の空いている部屋へ初芽が連れて行こうとしたところで、紗枝がびしっと発言した。

「私たちも今晩はここに泊まります。と、圭子が言うと思います」

 紗枝が圭子の腕を掴んで挙手させていた。

 紗枝の妙ちきりんな行動に圭子が目を丸くしたが、実際、その通りだったので、続けるように圭子が「私たちも、今晩は泊まっていいですか?」

 初芽は微笑みながら首を横に振った。

「君らが黙って外泊したら、親御さんが慌てるだろう? 今日のところは帰りなさい。今晩は私が近くにいるから安心してくれ。宿直の隊士もいるし、もし町民が大挙してここに押し掛けたとしても守りきるさ」

 確かに、このまま黙って本営に泊まったら、両親はこの本営に来てしまうかもしれない。圭子としては、挙げた手を下げるしかなかった。

「ほら、早く帰っておけ。帰り道に悪いやつに会うかもしれないから、ちゃんと帯刀しろよ」

 仕方なかった。

 後ろ髪を引かれるが、退散することにした。

 

 家に戻った圭子は、両親に「大丈夫か、何かあったのか」と質問攻めにされた。

 本営へ泊まらなくて正解ということになる。

 明日、学校が終わったら真っ先に本営に行こう、と布団の中で誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。