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七一 《猛虎》対《風伯》

「「猛虎が来たあっ⁉」」

 高句麗(コグリョ)軍、開京(ケギョン)軍、仲良く揃って驚愕し、義建(ウィゴン)も訝しむ。

遼東(ヨドン)城にいるはずでは……」

「遼東城にいるはずでは……と訝しまれた気がする故お応え申す!」

 うっと、空より叫ばれ義建がたじろぐ。

 にっと、空より眺めて義虎はうそぶく。

「戦国において諜報は基礎、開京へ放ちし密偵より《風伯(プンベク)大将軍(テジャングン)ご出馬されしと念話を受け、是非にもお手合わせ願いたく飛んで参った次第! なあに遼東城なれば心配ござらぬ、しかと戦略を残し《大武神》大将軍にも出るを許されてござる! しからば一騎討ちをもって風伯大将軍を海へと沈め申すが、関弥(クァンミ)城のお味方には、よもや文句などはござるまいな⁉」

 __うぃー、決まった。オレが来たから安心しろ的な。

 気もちがいい。

 __文句言ってきても、叱り飛ばしてゴリ押しするよ?

 義建らは圧倒されていた。開京軍を防ぐ最重要拠点たる関弥城が、危うくミンチにされるところであった。そうした危機的状況で勝負を横取りされたと喚かれようとも、数万の生命と祖国の命運を左右する戦局よりも己一人(おのれいちにん)の虚栄心を満たす名誉を重んじるかと一喝し、論破してやることは極めて容易い。

 だがそんなことは小事である。

 没頭しきることが大事である。

 __風伯となら、立場を超えてそうできると確信しとる。

 義虎は大振りに叩き込むよう偃月刀を構え、刃を赤める。

 骨羅道(ゴルラド)も直線で殴り込むよう手甲鉤(しゅこうこう)を構え、刃を朱める。

 __奴隷同士だもんね?

 がっと、双大将軍が激突し、天をかち割る衝撃が爆ぜる。

「なんて覇力のぶつかり合いだ……」

「てか二人だいぶ離れてたよな……」

「とにかく頼む勝ってくれ猛虎……」

 ぐっと、義虎は歯を食いしばり、屈強なる骨羅道を押し飛ばす。

 祈るように見上げる城兵たちが、歓声を吹き鳴らし飛び跳ねる。

 だが義建や高武(コ・ム)は険しく唸る。

 彼らが遼東城から念話を受信し状況を確認し合った二時間前、義虎はまだそこにいた。遼東城から関弥城までは二〇〇〇キロ離れている。よって時速一〇〇〇キロ以上で飛んできている。

 ごっと、義虎はたたみかけ斬り付けていく。

 払い、弾き、(はた)き、骨羅道は寄せ付けない。

 __うぃー、しんど。

 音速、つまりマッハ一は時速一二二四キロに等しいとされる。

 すなわち、義虎は音速を出して急行するため、二時間近く髄醒覇術を使い続けて飛んできた。髄醒覇術を唱え直したのも、唱え直さなければ烈風を穿てないまでに疲弊していたからであった。初撃も骨羅道よりずっと高速で突っ込み、速度に比例して肥大化する衝撃を伴いながら、どうにか押しのけるだけで精一杯であった。

 __知るかって。

 高句麗独立戦争には七つの楽しみがある。

 己の成れの果てと囁かれる、骨羅道と戦うこともしかり。

 __されど心を失いしままならの話でしょ。喋りたいね。

 一〇メートルばかり下がり構える。

 すかさず骨羅道が爪を振りかぶる。

 __うぃー、ビンゴ。

 義虎は考えていた。骨羅道の放つ烈風は、地平線へ届かんばかりの規模を誇る。しかし大きい分、相手とある程度の距離がなければ放てないのではなかろうか。

 へばり付くように打ち合いじらしてみた。

 案の定、隙を作った瞬間に仕掛けてきた。

 骨羅道が守りを空けた刹那、叩っ斬った。

挿絵(By みてみん)

 __いや反応された……。

 電撃と化し斬り込む義虎を、骨羅道は右の爪を振り上げたまま、左の爪を胸へ掲げるだけで受け流してみせた。否、振り払いつつ放り投げられた。

 __うぃー、金剛力。

 猩々緋に燃ゆる爪が振り下ろされる。

 尾を引き、馳せ戻り、爪へ連なる手首を蹴る。

 ほとばしる烈風が海へ逸れる。

 義虎は斬り込んで放り投げられる間に尾をうねらせ、骨羅道の脚を掴んでいた。鋭く、睨み合う。津波のごとく、水柱が突き上がり続けて海底がえぐられる絶景を背負い、蹴った軌道へ乗り体を回し斬り付ける。

 金剛の爪がねじり込まれた。

 胃液を吐き出し、義虎はきりもみしながら突き飛ばされる。

 天にも血を流させる、猩々緋に燃ゆる烈風が追撃してくる。

 腕が痙攣し、柄は歪曲し、それに当たり肋骨も折れている。

 烈風に喰らいつかれる。

「斬る」

 首の皮一枚の差、強引に翼をさばき回避するやいなや、体勢を立て直すが速いか瞳を薄め突貫する。細切れに烈風が襲来する。加速しながら右へかわし、いなし、左へ切り返し、目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら偃月刀一閃。

 がっと、双大将軍が激突し、天をかち割る衝撃が爆ぜる。

 義虎は骨羅道を見た。

 瞳は薄まっている。感情も感じられない。

 __されど、この義虎を見て戦っておる!

 気張ってくる。力任せに押しのけられる。左で押しのけ突き離しつつ右で横薙ぎに放ってくる、猩々緋に燃ゆる烈風に炸裂される。抗う間もなく一気に遥かへ突き飛ばされながら、とっさに構えた柄へ必死になって覇力甲を集中し、とにかく命を守る。

 そして見る。向かってきている。

 義虎は叫ぶ。無理やりに逃れる。

 刃を構える。羽ばたき突っ込む。

 __うぃー、光栄なり、相手にとって不足なしと見定めたもうたか。さればこの身も心も捨てし狂戦士(バーサーカー)、身も心も捨てる狂戦士へと、在りし日に狂いて固めし戦技と闘志、余さずぶつけずにおられようもない。そして勝つ、なぜならば……。

「斬る」

 ごっと、目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら偃月刀をほとばしらす。

 金剛の爪が繰り出され、火花と轟音と衝撃が飛び散り、猛虎は消えた。

 __心のある方が強いからね。

 骨羅道が振り向いてくる。

 __先輩奴隷よ、確かに才においては義虎を遥かに凌いでおられる、されど……友においては義虎が大いに恵まれてござる。

 かっと、猛虎は眼を見開く。

 __気付かれよ。敗因は、才を頼み友を頼るを考えられなんだ悲運にあると。

 接触すると同時に宙返りし相手の視界から消えていた猛虎は、遅いと言い捨てる間も惜しみ、満身をもって偃月刀を叩き込む。

 追い付かれた。斬撃は止められた。

 しかし衝撃はまともに喰らわせた。

 爪を砕き海へ突き落し、微塵も休まず斬り込みにいく。

 烈風がほとばしる。防ぐも突き上げられ、歯を食いしばり受け流す。

 そこを爪に襲われる。柄を振り守るも、空いた腹へ、金剛の拳を打ち込まれる。

 愕然とした。

 皮を裂かれ、肉を潰され、骨を砕かれ、内蔵も血管も神経も、岩を投げ付け卵を粉々にいたぶるように踏みにじられ、なす術もなく彼方へ突き飛ばされた。

 さらに天を焼き払うがごとく、猩々緋に燃ゆる烈風が轟々と唸り強襲してくる。

 __おも、しろい……。

 ぎっと、義虎は歯を噛みしめる。

 ばっと、宙返りし踏みとどまる。

 どっと、尖刃を回し叩き付ける。

 斬り裂けない。

 弾けるような風圧に無造作に投げ出され、投げ出されたところを追い討たれ、歯を噛み鳴らし逃げに逃げる。いったん半島の岩陰へ身を隠す。

 拍動が痛む。

 __うぃー、馬力が足らん。

 喉を押さえ付けつつ頭を唸らす。

 義虎がこの一騎討ちを制するには、斬り勝つか、ぶつかって一気に押し込み海面か岩場へ叩き付けるか、いずれにせよ烈風をかいくぐり接近せねばならない。

 しかし烈風をよけきれない。

 かと言って突破もできない。

 接近しなければ勝機はない。

 __助走がいるね。

 マッハへ加速し突っ込むための、数キロ規模にも及ぶ助走である。音速を出して飛べば、極端に短縮される接触時間のみを上手くかわすだけで済む。かわしきれずとも、纏いし破竹の勢いをもって烈風を突き抜けることができる。

 ごっと、背後の岩場が切り裂かれた。

 轟音へ反応し、間一髪で伏せ、岩盤を突き抜ける烈風を頭上へ見送る。

 __もう見付かった⁉

 岩が落ちてくるより速く飛び出し、陸地の奥へ逃げていく。

 烈風が猛追してくる。通常なら引き離せる。まだできない。

 二時間、全速力で飛び続けてきた。覇力を使いすぎている。

 頭が熱い。

 体が重い。

 息が辛い。

 __うぃー、長くはもたんね、さればこの飛行で決めねばならぬ。

 かっと、猛虎は眼を見開く。

 __信ぜよ。古今東西、最も激烈なる経験を刻みしは誰か。

 残る覇力をかき集め、振りしぼる。

 残る体力をかき集め、振りしぼる。

 残る気力をかき集め、振りしぼる。

 __奴隷兵!

 時速五〇〇キロを超えていく。

 __誰よりも才なき奴隷兵から政敵にも認めさす大将軍まで身一つでもって成り上がりしに、いったいどれだけ地獄を踏み越え続けたか、いったいどれだけ努力を積み上げ続けたか、いったいどれだけ戦果をうち建て続けたか、信ぜよ、かようにして紅涙を涸らし鍛えに鍛えし猛虎が速力、永世人類絶対不落最強たるとおっ!

 時速七〇〇キロを超えていく。

 広大なる山野を眼下に弧を描き飛んでいく。

 烈風を引き離していく。その横腹へ向け舵を切っていく。

 全身へ極限まで覇力甲を固めていく。それで視界を保ち呼吸を守っていく。

 時速九〇〇キロを超えていく。

 紅色に彗星が尾を引いていく。

 骨羅道がこちらを向く。猩々緋に燃ゆる烈風が来る。

 時速一二〇〇キロを超えていく。

 __決める。

 大将軍《猛虎》は愛刀を中段に構え歯を食いしばり固定し突貫し、直線状に撃ち出される烈風すれすれを翔け抜け馳せ違い、最後に打ち込まれる風の爪へ真正面から突っ込む。

 マッハ一。時速一二二四キロ。

 赤々と燃えて音速で飛び、猩々緋に燃ゆる烈風を貫き、骨羅道を消し飛ばす。赤い尾が一瞬で奔り抜ける。マッハに爆ぜる衝撃で激突しながら一切もって減速せず、反撃する暇はおろか回避する隙すら与えず、衝突しに出した刃を腕の骨ごと粉砕し肩で当たり、防御しに出された爪を腕の骨ごと粉砕し肩へめり込ませ、強靭な骨羅道を一気に一方的に押し込んでいく。

 海面へ叩き付ける。

 __海底まで行く。

 海中へ突っ込んでなお骨羅道の力は抜けない。ならば攻めるを緩めない。

 音速で海面へ叩き付けた。天地を揺るがす衝撃である。しかし骨羅道の覇力甲は耐え抜いた。

 __されど二度目は耐えられまい。

 耐えられないのは己かもしれない。

 猛虎ほど肉体を酷使して戦う者はいない。覇力ももう枯渇する。

 __それでもやり遂げる。大将軍《猛虎》は勝つまで止まらぬ。

 さして速力は落ちていない、骨羅道も抗えていない、諦めない。

 ごっと、海底をかち割った。

 海が震える。

 波が逆巻き踊り狂い、両大将軍の覇力はかき消え、関弥(クァンミ)城へ集った両軍は騒然として彗星の落ちた海を注視した。

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