七〇 大将軍が出るということ
西方戦線、遼河江。
堂々たる厨二病宣言を鳴動させ、ドン引きする黄華軍へドヤ顔をかまし一騎討ちしつつ、樹呪は眺める。
一キロばかりの東、主戦場をおびただしい梟軍団が飛翔していく。鷲朧に率いられ、大和軍を飛び立ち黄華軍の背後へ回り込もうとしている。黄華軍の各陣より矢が放たれる。梟軍団は盾兵を下方へ配し、上方からは器用に矢を打ち返し、さらに鷲朧がローズクォーツと化した羽を散らせ、桜吹雪の舞うがごとく、水晶の驟雨をうち降らす。
「まんまと誘われてくれたのう」
李木吒へ向き直り、指を開いて滑らせ仮面を隠す。
「見よ。そなたらが抜け右翼は手薄、地獄の軍団はその上空を渡っていくぞ」
「愚か。誘われたは果たしてどちらか」
ぬっと、樹呪は頭を高速回転させる。
黄華軍本陣。大軍師にして〈五龍神将〉たる老雄が鎮座している。
大将軍《太公望》姜子牙。
「髄醒顕現『堕蠱畜生世開』」
ごっと、唐茶にうごめく霧が広がった。樹呪は驚愕した。霧は逃げる間もくれず一キロを潰し遼河江を越え、戦場一帯を呑み込んできた。
__それも太公望は開眼者じゃ、覇術時間は限りなく……くっ。
泥に喰われるように霧が濃くなり、樹呪は思考を失った。
光に降られるように霧が薄くなり、樹呪は感覚を疑った。
__わらわは四本足じゃったかの?
そこへ獰猛なる咆哮が轟いてくる。
__敵じゃな、刈り取ってくれるわ……どうやって? ぬおっ。
振り向くやいなや、鋭利な爪牙を剥き出す大きなヒョウが襲いかかってくる。とっさに走って逃げるも、そちらからはオオカミが群れを成して向かってくる。
本能的に急旋回し、全速力をもって逃走する。
__いや何故に逃げる、返り討ちにすればよかろうが……どうやって?
ヒョウに追い付かれ、跳びかかられる。
かわしきれず、鋭い爪の激しい殴打に後肢をえぐられ、激痛に蝕まれる。
__おのれ魔導書にのっとり裁く……どうやって? 何故に反撃できぬ!
必死に走る。
ヒョウはしつこく並走してくる。後ろはオオカミたちに囲まれつつある。行く手も危うい。血の臭いに誘われたか、脆弱なる草食獣たる樹呪をいたぶり食い殺さんとする凶暴なる肉食獣がよだれを垂らし、次々に湧いてきているのが分かる。
正面、巨大なクマが突っ込んでくる。
左方、巨大なヘビが滑り出してくる。
右方、巨大なワニが待ち構えてくる。
__何がどうなっておるのじゃ……味方はどこにおる、脳筋愚弟やみいは無事であろうか……ええい、考えるのは後じゃ、上手く考えられぬしな、ともかく逃げきるのじゃ。必ずや、生き延びてやるからのう!
東方戦線、関弥城。
城を守る高句麗界の将軍《大地神》姜義建は岩を生み出し、攻め寄せた開京界の大将軍《風伯》司空骨羅道の脚を挟んで拘束していた。壊れた心を蘇らせ、戦いをやめるよう説得せんと試みた。
「ですから何卒、真に闘うべき諸悪を見定め……」
「悪いが知らぬ。奴隷は命ぜられるまま戦うのみ」
「離れよ義建!」
同じく城を守る将軍《天夜叉》高武が叫ぶ。次の瞬間、骨羅道が残った手甲鉤の爪を振り込み岩を砕き、逃れ出るや跳びかかってきた。
義建はいなし腕を抱え込み、思いきり背負い投げる。
__戦うしか、ないのかっ!
「天へ去れ。血に裂せよ」
高武が骨羅道が着地する前に浮かばせ、再び天高く放り上げる。そして五芒星を作るように五体を引っ張り、引き千切ろうとする大技をかける。物理的にではなく空間的に引っ張っるため、抵抗し難いことこの上ない。
高武の覇術は陽の気を司る世界種である。
念じて事物を動かす。加速させ、上昇させ、分裂させ、拡散させ、硬化させる。
__高武将軍は本気だ。大将軍もしかり……やるしかないというのか。
「振り払っただと⁉」
高武が舌打ちする。骨羅道が落ちながら向かってくる。
「全身から覇力砲を噴き上げたと見えました」
瞳を白め、視力強化で睨みつつ義建は思う。
__覇力を放つだけで空間的に縛る気を振りほどくなど、信じられぬ練達ぶり。それすなわち、そこまで達っしてしまうほどに、我々の想像を絶する修羅場を重ねに重ね続けねばならなかったということだ。さようにして潰れた心を、本官ごとき若輩の言葉ふぜいで温めることなど、やはり……。
『諦めるな!』
はっと、義建は想い出す。そして深く頷く。
偉大なる祖父・姜以式はいつも諦めるなと言っていた。
__そうだ、諦めるな! まずは捕らえ、通じるまで話し続けるのだ。
「髄醒顕現『天孫大地岩建』!」
義建は覇力を噴火させる。
下半身を犀へ変えていく。下半身だけにして体長は四二〇センチへ達し、肩高は二〇〇センチへ至り、体重は三五〇〇キロへ及び、鋲のごときコブを点在させる皮は硬く分厚く、肩や腰、膝でひだを生み、鎧を固める威容を見せる。
「髄醒顕現『天陽気源動武』!」
高武も続き、姿を変える。
浮かび、下半身を鋼で生成し後ろへ伸ばし、足を硬質なゴムによる車輪と化し、固定された大きな両翼を突き出し尾翼を垂直に立たせる。
「超魂顕現『飛骨風爪』」
受けて、骨羅道も構える。
鎧仗覇術では、甲冑は着ている物の上下に現れる。
よってここまで、位階を現すため金色の鱗の連なる立派な甲冑を付けていても、下に着る無彩色の麻はみすぼらしく破れてほつれ、古傷にまみれた上腕を剥き出していた。
しかし超魂覇術では、纏う全てが新たに創られる。
猩々緋、強烈なる緋に染まる毛髪飾りは兜より広がり長くなびき、強烈なる緋を一面に見せる絹は荘厳に袖をはためかせ、強烈なる緋が煌々と眩い鉤爪は風を裂いて振り抜かれ、四本奔る、長大なる烈風の刃がほとばしる。
骨羅道の覇術は爪を放射する強化種である。
__だが勝つ!
「大地の正拳!」
義建は岩石を生み出し撃ち出す。規模が先ほどまでの比ではない。関弥城の上に別の城が出現したかのごとく重く大きく、それでいてきめ細かく尖りながら密集し堅牢に凹凸し、さらに高武の力を纏い轟々と唸り風を切って突き上がる。
猩々緋に燃ゆる烈風へと、真っ向から衝突する。
五つに裂けた。
「馬鹿なっ⁉」
__超魂にして、髄醒をあっさり砕くのか……。
骨羅道が二発目を放り込んでくる。四本それぞれ正確に、岩が裂けてできた隙間を縫ってくる。同時に骨羅道は裂けた岩の一つへ降り立ち、足場にして駆け下りてくる。
「大地の岩礫!」
「礫に裂せよ。天へ去れ」
義建は岩の根もとを細かく分裂させる。高武も援けてくれる。
岩石が飛び交い、烈風へたかって潰す。骨羅道は飛ばされる。
吹き飛びつつ細分し烈風を撃ってくる。当たる城壁が裂ける。
大岩を全て礫へ変え、囲い込んでいく。逆に跳び渡ってくる。
高武が高速で進撃し、激突し連打する。その間に覇力を練る。
__受けよ《大地神》最大の業……。
「大地の巨人!」
大地が揺れ動く。関弥島の沿岸に大波が逆巻き、両軍が騒ぎ立てる。
巨大な岩石が生み出され続け、積み上がり、積み上がり、積み上がり、人の形を現していく。身の丈、実に一〇〇メートル。義建が雄叫びを張り上げ、岩の巨人は巨大な剛腕を振りかぶり、天空を唸らせながら正拳を叩き込む。
「弾と去れ」
そこへ向け、高武が骨羅道を浮かせ吹き飛ばす。
猩々緋に燃ゆる烈風が奔り、巨人の腕が裂ける。
かまわず義建は奮い、堅固な大質量を押し込む。
__いける。当たる、勝てる!
「髄醒顕現『空飛骨緋風爪』」
その瞬間、巨人は粉々に切り裂かれた。戦場が沈黙した。
__天が……血を流して……。
果てなく続く、猩々緋に眩耀し燃ゆる烈風の集う尖刃。北東から南西へ向け四本が奔り、北西から南東へ向け四本が奔り、蒼天を焦がし雲煙万里へぎらつく斜陽を強いていく。
切り裂かれた岩が崩落し、戦場へ騒音を呼び戻す。
遠く離れた山々を烈風が掠め、同じように切り裂いていく。
喋れず、動けず、考えられず、義建は目だけを上げて狂戦士を見やる。
__次元が違う……。
大将軍《風伯》司空骨羅道。
猩々緋の翼を大きく広げ、猩々緋の毛髪を広げ長くなびかせ、斬り傷の跋扈する鍛え抜かれた上体を晒し、猩々緋の毛皮を纏う猩々の下体を伸ばし尾を長くたなびかせ、脛まで届く手甲鉤の爪をぎらつかせ、ただ空に佇んでいる。
「おのれえっ、これならどうする⁉」
高武が骨羅道の艦隊へ飛んでいく。
「天へ去れえっ!」
両の掌を突き出している。義建は凝視し驚呼する。
数百、数千の兵を乗せた軍艦が、一隻、また一隻と浮かび上がっていく。
海から天へと放り投げられ、羽が舞い散るように投げ出され、水兵が絶叫する。船と船とが衝突し、砕け散る木材が無秩序に飛散し、海面に絶えず水柱が突き上がり、見守る城兵さえもが凍り付く。
__おやめください……侵略するには欠かせぬ人員を大将軍から奪い退却させるためとは言え、相手は同じ倍達の民なのですぞ……大将軍、早く救ってくださ……そんな……。
骨羅道は眉一つ動かさない。
爪を掲げる。関弥城を狙っている。
高武も城兵も、義建も目を見開く。
__まさか……や、やめろおっ!
一振りにして城を切り刻む、猩々緋に燃ゆる烈風がぎらついた。
「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人』」
烈風が、はね飛ばされた。
再び戦場が沈黙し、皆が空へと集中する。
びっと、赤々と燃ゆる彗星がほとばしっていた。四本並ぶ烈風の右端へ垂直に突っ込み、刹那にして押し込み横をことごとく巻き込んで、城から逸らし追いやっていた。
ばっと、赤き翼を雄々しく広げ、空へ舞い上がり大音声、弾ける彗星は腕をかいて眼を見開く。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは関弥城を救いて親愛なる大高句麗を独立させんと誓いし大和軍総大将、大将軍《猛虎》空柳義虎なり! 大将軍たるもの、誰よりも出しゃばりて目立ち、誰よりも身勝手なる熱情に爆ぜ、誰よりも鮮烈に戦場を支配せずにはおられぬと知れい!」




