七二 嵐の前の夜討ち
中央戦線、遼東城。
碧は立ち食いしながら、兵舎を行ったり来たりしていた。
日が沈む前、舞夢が来て東西戦線の戦況を伝えてくれた。
勝助や樹呪らのいる西方戦線からは、姜子牙の霧に呑まれて以降ただの一人として音沙汰がない。そして義建らのいる東方戦線では、敵は退いたものの、駆け付けた義虎が骨羅道を道連れにするように海へ消えたままである、とのことだった。
「猛虎大将軍を案じていますか」
再会したばかりの母、碧珠に肩をさすられた。
「ん、馬鹿しぶといから無問題だとは思うけど」
碧はうつむいた。
「天下に風神雷神お披露目する方が肝だから、ヤバくなったらセコい手使ってでも切り上げるって言っとったけど……麗亜が念話しまくっても出んからさ」
「彼を信じられませんか」
はっと、碧は母を見上げた。微笑んでいた。
「あなたは決めたのでしょう。権謀術策の渦巻く戦国の世にあって羽ばたくため、彼なら信じて付いていくに値すると。それは鳥居碧の誓いし信念です、努々違えてはなりません」
「……ん」
「あと行儀が悪いし粗相ですよ」
「んーっ!」
と跳びはねた時、敵襲を知らせる銅鑼が鳴った。
「黄華国大将軍《鎮国武成王》黄飛虎、只今参上!」
碧が碧珠と飛び出し見れば、城郭の一角にいた高句麗軍を軽く追い散らし、悠々と翼を広げる髄醒状態の人影がいた。
「ん、夜討ち来た、夜討ち」
「五龍神将が我々の持ち場においでとは……」
碧珠が微笑んだ。
「幸運ですね」
え。に濁点を振りたい気持ちで碧が母へジト目を注ぐところへ、黄飛虎が右腕を偃月刀へ変え、左腕を金砕棒へ変え飛来してくる。
「俺さまは弱者をいたぶる弱者にあらず、ひっく、超魂使いだけかかってこい!」
「超魂顕現『碧巫飆舞』」
「超魂顕現『空色彗星』!」
「鎧仗顕現『殴丸』!」
「鎧仗顕現『闇獄』」
麗亜、山忠、妖美も駆け付けてきた。そこへ偃月刀が放り込まれる。
「一つ目・疾風の舞」
「きえーっ!」
碧色の風圧が直撃する。だが力任せに斬り裂いてくる。
空色の剣圧が直撃する。弾きのけるも、金砕棒が来る。
「力比べだべ!」
金砕棒は、太い針を多量に植え込んだ太い鉄棍に柄を付けた重い兵器である。同様の鉄棍を柄の両端に装着する大杵を振りかぶり、山忠が向かっていく。
金属音が響く。
山忠の巨体が吹き飛ばされる。飛び越え、妖美が死角から斬り付ける。
火花が飛散し、二つの偃月刀が十文字を描き、碧と麗亜が左右へ回る。
「だが撃たせん」
黄飛虎が両翼を突き出す。巨大な剣に変わる。
「髄醒顕現『天孫烏天地人』」
大剣が踏み潰される。体高三〇メートルの三足烏と化す碧珠が碧らを守り、左右の鉤爪を打ち込んでいた。そして中央の鉤爪を開いて蹴り込む。
「出たな高句麗の象徴よ」
黄飛虎は妖美を払いのけ、虎の獣脚を押し出し地面を踏み砕き、雄黄に沸き立つ覇力甲を金砕棒へ結集させ、叩き込む。
「戦いたいと思っとったわ!」
がっと、巨鳥の鉤爪が砕け散る。
「おっかあ!」
思わず叫ぶ碧の前から、潰されていた大剣が消える。黄飛虎が翼をもとに戻して拘束を逃れ、目にも止まらぬ速さで飛び上がり、三足烏の喉を斬り付けた。
空振った。三足烏も目にも止まらぬ速さで飛び立っていた。
そして深碧の霞を広げゆく。
「三の段・人巫士気」
大和勢は揃って感じる。闘魂が充満し沸騰していく。
「見るのです、絶好の機会です、大帝国・黄華の国宝たる五龍神将がただの一人でのこのこ迷い込んできてくれたのです! ここは天険の城、よじ登ろうにも城兵のかっこうの的となり体力も尽きる、城壁を越えるには飛ぶしかない、すなわち増援は来られません! さあ戦うのです、討ち取れば富も名声も思うがままに、そして愛する祖国を圧政より救済せんと気高く命を燃やす高句麗戦士たちを大いに援け、永く深く感謝され、猛虎大将軍に等しく讃えられることでしょう!」
「「うぉおおおーっ‼」」
大和勢は揃って駆け出す。
「三つ目・山颪の舞。四つ目・鎌鼬の舞」
覇力、視力、筋力、瞬発力、持久力、破壊力、洞察力、精神力、生まれ変わったようにあらゆる能力が向上していくのが分かる。
碧はかつてない速さで風力を集め固めて叩き付け、落ちる黄飛虎へ風の刃を奔らせる。振り向きざまに薙ぎ払われる。そこを妖美と山忠が強襲する。
「いいねえ、燃えるわ!」
「もっかい力比べだべ!」
金砕棒が打ち込まれる。振り抜かせない。
二人して最初の勢いを受けきるそばから、妖美が山忠へ後を託し跳躍する。
妖美が目配せする先では、空色に煌々と輝く霊気が厚く立ち上がっている。
「きええーっ!」
どっと、麗亜が神剣を振り下ろし剣圧を撃ち出す。
妖美が黄飛虎の後ろへ着地し斬りかかり、目で追いきる黄飛虎が二つの偃月刀を交差させる。両手の塞がる黄飛虎を、高密度にぎらつく剣圧が襲う。両翼を合わせ生み出される、巨大な斧鉞に蹴散らされる。
「うそっ⁉」
「そう驚くな、美少女よ」
たじろぐ麗亜の前で偃月刀と金砕棒が巨大化し、妖美と山忠が投げられる。
「むしろ褒めてやろう、この俺さまを力の三割も出す気にさせたのだからな」
「二つ目・旋風の舞」
碧は碧色に眩いばかりに旋風を唸らせ、黄飛虎が放り込んでくる、尾の変化した巨大な鉄槌を受け流す。落下した地面がひび割れ、絶叫するように盛り上がる。
皆が身構えるなか、妖美が前髪をかき上げた。
「身どもや麗亜くんが美しいのは同感だけどね」
「ん、しれっと自分も混ぜとる」
がっと、妖美が瞬時に疾駆し二つの偃月刀がぶつかり合う。
「三割で済むと判断するのを、美しいとは言えないな。ほら」
「超魂顕現『天孫列鎧』!」
「超魂顕現『光剣精鋭』!」
「超魂顕現『生命感操』!」
「超魂顕現『猛将石慨』!」
角を曲がり駆け入ってくる高談徳が鋭く眼光をたなびかせ踊り込み、続く恍魅が光線剣を生み出し仲間へ取らせ、淵傑多が月白に透き通る霞を放ち黄飛虎を囲い、阿石慨が石化し身長五メートルと化し殴りかかっていく。
「高句麗から去れ! 聖朝の鎧」
「おおモテる、モテる! だが」
巨大な金砕棒が猛り唸り、光刃など意味なしとばかりに叩き潰した。
「一の段・天巫天運」
かに見えた。談徳らが揃って後ろへ着地する。無傷である。
「金砕棒に当たるより先に、その風圧により吹き飛ばされたのです」
疾風怒濤、三足烏が飛び込み黄飛虎の掲げる武器を押さえ付ける。
「あり得ぬわ、強運すぎるわ」
「あり得ます。そして同じ由縁により、我ら皆これより先は」
じっと、碧は母を見詰めた。大和勢も高句麗勢も見詰めた。
「傷一つ負いません」
かっと、碧珠が眼を見開く。
「さあ皆々どうしたのです、掴むべき大殊勲は目の前です! 偉大なる天孫たる、勇猛にして誇り高き大高句麗民族の士魂を見せてごらんなさい! 霊験あらたかなる八百万の神々を宿し、天下へ覇を唱える大和魂を見せてごらんなさい! 皆々には英雄《風神》の子にして始祖《三足烏》高朱蒙が轟かせし天地人の御業を継ぐ、将軍《烏巫堂》が付いているのです、いざ、攻撃せよおっ!」
「「うぉおおおーっ‼」」
碧たちは眼を見開き、雄叫びを上げ突撃した。
「猛虎大将軍の予言した通りになったのう」
遼東城の中心に構える役所、中庭へ張る陣中へ座し、大将軍《大武神》姜以式は知らせを受け微笑んだ。将軍のみを招集し軍議を開いた際、関弥城へ出陣する前の義虎は、お察しの方もおられるでしょうがと切り出した。
眼光をたぎらせ言った。
『今宵、敵は夜討ちを仕掛けましょう』
高句麗を攻略するには遼東城は捨て置けない。だが手を出しがたい。
一刻も早く解決の糸口を見出したい敵は、城の機密情報を渇望する。
そこで密偵を使う。
決行するなら夜間。
まず黄飛虎が来る。
総大将を務める《雷帝》聞仲は、戦歴をかんがみても職責をおもんぱかっても、そうそう出馬しないだろう。彼を除き、飛べ、単独で大軍へ踏み込んでも活動でき、かつ高句麗最強たる姜以式が出てきても任務を果たせる者となれば、一択である。
しかし本気では戦わない。
こちらの注意を引いて時を稼ぎ、密偵を送り込むためである。
あるいは、すでに潜り込んでいる密偵と接触するためである。
前者へ備えねばならない。
『人員の九割九分八厘を見張りに固定すべきかと』
後者へも備えておきたい。
『武成王へ挑むは超魂使い以上に限りましょうぞ。さすれば後日になり密偵をあぶり出すとして、九割九分二厘を占める高句麗兵をことごとく無視できまする。残る八厘を一厘ずつ分け八方へ配し、戦うは、武成王の現れた方位を担う二厘までに限るはいかがにござろう。この決まりを破りて駆け付けんとする者あらば疑いやすく、おらぬなら』
にっと、義虎は嗤った。
『後々二厘を公明正大に詰問することかないますれば』
韓殊が頷き、しかし後者であれば、密偵が黄華軍と念話するなら、黄飛虎が来る必要はあるまいと指摘した。
『来てもらわねば困ります故』
皆が驚き、義虎は提案した。
『城におる全将兵に常時、念話を繋いでおきましょう』
複数の念話を同時に繋ぐことはできない。もし密偵がいて黄華軍と念話するなら、高句麗軍の念話術者からの受信は自動的に切断され、すぐさま怪しまれる。また担当を割りふり繋げば、念話術者の誰かが暗殺されても受信者たちがすぐに気付く
よって密偵は念話を使えない。
姜以式は採用した。
軍議を終え、韓殊や牟頭婁、碧珠は退出していった。姜以式は問うた。
密偵に関し、後者であると確信しているのかと。
にっと、義虎は頷いた。
確信する理由も語った。
姜以式は思わず唸った。
『逆用したく存じまする』
にっと、義虎は囁いた。
『八厘のうち味方なりと断言できぬ方々全てに、これより創る偽の情報を伝えるがよろしゅうござる』
『いやはや、かわいいぐらい若いのにのう』
姜以式はから笑いした。
『じき大和も荒れるわい』
喧騒が静まった。やがて碧珠が報告しに来た。
「鎮国武成王は去りました。申すには、私の覇術を探りに参っただけであり目的は達したと。死傷者は一人としておりません。建物の被害もさほどなく、兵糧や物資は損失しておりません」
「上々じゃ。戦った皆によく休むよう言い渡せ」
姜以式は微笑む。
高句麗を建国し即位せんと誓う高談徳を想う。
和平を切望し戦を避けんと動く姜義建を想う。
一人開京界へ乗り越まんと進む淵太祚を想う。
高句麗軍総大将として大軍略を仕込む乙支文徳を想う。
陰謀の生き証人として表舞台へ立った皇甫碧珠を想う。
そして《風の巫女》鳥居碧を想う。
そして《建御雷》空柳義虎を想う。
「ここからが本番じゃからのう」




