第9話 えびす
七福神のひとり、えびす様。
商売繁盛、五穀豊穣、家内安全。
ありがたいご利益をもたらしてくれる神様です。
……ただし、このダンジョンでは少々事情が違うようで。
神様を船に乗せようとした冒険者に、いったい何が起こるのか。
第○話、えびす様のご利益。
今回も、モブ男の受難が始まります。
えびす。
七福神の中で、唯一の日本固有の神とされる神様だ。
右手に釣り竿、左手に鯛。
商売繁盛、千客万来、五穀豊穣、家内安全。
まあ、詳しく説明しようとすると、事代主神説だの蛭子神説だの、いろいろと長くなってしまう。
そんなことは、今回の物語には関係ない。
とにかく、ありがたい神様である。
そして、このラストダンジョンにも、えびす様は存在していた。
ただし、ひとつ問題がある。
この神様のお言葉を理解するには、神の言葉を理解しなければならないのだ。
……何を言っているのか分からない?
俺にも分からない。
そんなえびす様が、今回もたらしてくれたもの。
それは――
幸せの話……のはずである。
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このギルドに所属してから、いつの間にかA級冒険者になってしまった俺、モブ男。
とはいえ、昇格したからといって仕事が楽になるわけではない。
相変わらず、休む暇もなくクエストをこなす毎日だ。
そんなある日のこと。
俺はS級冒険者のメガネと一緒に、えびす様を葦の船に乗せようとしていた。
「いくよ、メガネ」
「ほいよ」
「せーの!」
二人で力を合わせ、えびす様を持ち上げる。
その瞬間だった。
「ビキッ」
「…………え?」
俺の腰に、嫌な感覚が走った。
次の瞬間。
「ぐあああああっ!」
俺はその場に崩れ落ちた。
こ……これは……!
ま、まさか……!
魔女の一撃!!
【状態異常:ぎっくり腰】
なんと俺は、えびす様を船に乗せようとしただけで、ぎっくり腰になってしまったのだ。
「モブ男!? やばい、やばいって!」
メガネが慌てて駆け寄ってくる。
「立てない! 動かないで! とりあえず、じっとしてて!」
「い、いや……」
俺は痛みに耐えながら、必死に助けを呼んだ。
「だ、誰か……!」
そこへ、別の冒険者が通りかかった。
「何やってるんすか? 大丈夫ですか?」
俺は笑っていた。
いや、正確には笑うしかなかった。
人間、あまりにも痛いと、笑うしかなくなることがあるらしい。
しかし、俺の様子がおかしいことに気づいたのだろう。
その冒険者は、すぐに魔道歩行車を持ってきてくれた。
「と、とりあえず、医務室に行きましょう……」
メガネが言う。
だが、俺は首を横に振った。
「……今、横になったら終わる」
「え?」
「雪山で眠ったら、そのまま死んじまうのと同じだ……」
もちろん、ぎっくり腰と雪山遭難は別物だ。
だが、そのときの俺には、それくらい切実な問題だった。
「この魔道歩行車を押しながら、ギルドの休憩所まで行く……。頼むから、周りの障害物をどかしてくれ……」
「わ、分かった!」
こうして俺は、痛みに耐えながら、なんとか休憩所までたどり着いた。
椅子に座る。
……座れた。
しかし。
今度は、立てなくなった。
「…………」
俺は壁にもたれかかりながら、途方に暮れた。
さて、どうしよう。
この状態で、どうやってクエストをこなせばいいのだろうか。
そんなことを考えていた、そのときだった。
デブゴブリン族の上級冒険者筆頭、コノリがやってきた。
俺の姿を見るなり、コノリは言った。
「とりあえず、何分か休めば仕事できるよね?」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
何分?
何日ではなく?
何週間でもなく?
何分?
俺は、自分の腰を押さえながら、コノリの顔を見つめた。
……このゴブリンは、いったい何を言っているんだ?
どう見ても、立ち上がることすらできない状態だぞ?
「今、人がいないんだから。痛いくらい我慢しないと」
「…………」
俺は言葉を失った。
痛いくらい我慢しろ。
人がいないんだから。
……そうか。
人がいないなら、動けなくても働けということらしい。
俺が呆然としていた、そのとき。
「おい」
低い声が響いた。
振り向くと、そこにはヤクザが立っていた。
「ああん? モブ男。動けっか?」
「……無理っす」
「とりあえず、親呼んで、医者行ってこい」
「……分かりました」
その言葉を聞いて、俺はようやく動き出した。
親に連絡し、ダンジョンの外にある人間界の病院へ向かうことになった。
そして、数時間後。
診察を終えた俺に、医師は告げた。
「しばらく安静にしてください。少なくとも、2週間くらいは休んだほうがいいですね」
「……2週間?」
思わず聞き返してしまった。
2週間。
14日間。
つまり、連休。
俺が農民になってから、一度も手にしたことのない、あの幻の連休である。
そして、ヤクザは職場に電話をかけた。
「おい。こいつ、2週間休ませるぞ」
電話の向こうから、何か言っているらしい。
「……ああ? 人手が足りねえ?」
一瞬、空気が凍りついた。
そして――
「これで動かせるか、ああ?」
……強い。
この人、強すぎる。
こうして俺は、初めて2週間の休暇を手に入れた。
農民になってから、初めての連休。
夢にまで見た、休み。
俺は空を見上げた。
……ありがたい。
本当に、ありがたい。
これも、えびす様のご利益なのだろうか。
右手に釣り竿、左手に鯛。
商売繁盛、五穀豊穣。
そして――
休暇追福。
……いや、待てよ。
そもそも俺は、神様を船に乗せようとしてぎっくり腰になったんだよな?
ご利益をもらうために、まず腰を犠牲にする必要があるのか?
「…………」
まあ、いい。
2週間も休めるんだ。
細かいことは気にしないでおこう。
こうして俺は、えびす様から幸せをいただいた……のかもしれない。
今回は、えびす様のご利益のお話でした。
まさか神様を船に乗せようとしただけで、ぎっくり腰になるとは……。
しかも、動けない冒険者に対して「何分か休めば仕事できるよね?」という一言。
人手不足なのは分かる。
でも、動けない人間を働かせようとするのは、さすがに無理があるでしょう。
そんなモブ男を救ったのは、意外にもヤクザでした。
そして手に入れた、夢の二週間休暇。
これこそ、現場で働く冒険者が本当に欲しかったご利益なのかもしれません。
皆さんは、えびす様にどんなご利益をお願いしたいですか?
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