第5話 異食婆
異世界に転職して2週間。
少しずつ慣れてきたと思った矢先、モブ男に初めてのソロクエストが訪れる。
しかし、このダンジョンで待ち受けていたのは、モンスターだけではなかった――。
入社して2週間。
妖怪図鑑……いや、怪物図鑑と呼ぶべきか。
とにかく、このダンジョンにいる妖怪や怪物も、少しずつ覚えてきたころだった。
そんなある日。
俺に、初めての一人遅番クエストがやってきた。
遅番というのは、20時から22時まで、一人でクエストを行う時間だ。
今日は同行冒険者もいない。
完全に一人である。
「……あれ?」
俺は契約書を思い出した。
「確か、入社して一か月は二人でやるって聞いてたんだけど……?」
まあ、異世界ではよくあることだ。
そう思うことにした。
――そして、その日の18時。
事件が起きた。
とある妖怪の心臓が止まったのだ。
その妖怪は、以前から腸から出血しており、点滴によって何とか命をつないでいた。
心臓が止まったと聞いた瞬間、俺は動揺した。
……はずだった。
しかし。
「よかったー……」
ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。
「一人の時間じゃなくて、今、亡くなってくれて……」
不謹慎なのは分かっている。
そんなことを思ってしまった自分自身に、俺は絶望した。
少しずつ。
少しずつ、自分の中のヒューマンとしての心が削られている気がした。
そんなことを考えていると、エンゼルケアを行おうとした、その時だった。
「おい。戻ってこい!」
ギルドマスター――ヤクザが乗り込んできた。
「え?」
次の瞬間。
ドンッ!!
ヤクザの拳が、妖怪の胸に振り下ろされた。
ダンジョンのセーフティーゾーンに、鈍い音が響き渡る。
そして――
「げほっ!」
妖怪が息を吹き返した。
「……え?」
俺は、自分の心臓が跳ね上がるように鼓動するのを感じた。
なんと。
ヤクザのゴッドナックルによって、妖怪は蘇生してしまった。
蘇生魔法――AEDでもない。
心臓マッサージでもない。
ナックルである。
「マジか……」
俺は呟いた。
「ソロクエスト続行か……」
こうして俺は、死んだと思った妖怪とともに、初めての一人遅番を迎えることになった。
そして、なんだかんだで時間は進み――
21時。
俺は新たなクエストを受諾することになった。
「出血がひどいから、おむつ交換して」
「はい……」
俺は妖怪のもとへ向かった。
そして、おむつを開けた瞬間――
「……ん?」
何やら、茶色い物体が顔を出している。
形は、まるでうまい棒。
「なんだこれ……?」
恐る恐る、引っ張ってみる。
ズルッ。
「……?」
さらに引っ張る。
ズルズルッ。
そして、俺はそれを見て固まった。
「なん……だ……と……」
それは――
もとは純白だったおしぼりだった。
茶色く変色したおしぼりが、まるで何事もなかったかのように、そこに存在していた。
俺は、それをまじまじと見つめた。
「これが……出血の原因に関係しているのか?」
そして、もう一つ疑問が浮かぶ。
「……どうやって、これを飲み込んだんだ?」
俺は妖怪を見た。
「さすが……異食婆……」
こんなものまで食べてしまうのか。
さすが異世界。
……いや、感心している場合じゃない。
俺は我に返り、排泄介助を終えた。
そして、異変がないか確認するため、魔道通信機を手に取った。
「こちらモブ男。ヒーラー、応答願います」
――ピピピッ。
『こちらヒーラー。どうした?』
(いや、どうしたも何も……)
俺は心の中で叫んだ。
(入社2週間のソロクエストで、対応できることじゃねーだろ!!)
こうして、俺の初めてのソロクエストは続いていく。
ちなみに、この時点で――
俺がこのダンジョンに来てから、まだ2週間しか経っていない。
お読みいただき、ありがとうございます!
異世界に転職して、まだ2週間。
新人冒険者モブ男には、早くもソロクエストが回ってきました。
しかも、心臓が止まった妖怪がゴッドナックルで復活し、おむつの中からは謎のおしぼりが……。
……これ、本当に新人が対応するクエストなんですかね?(笑)
現実の介護現場でも、経験の浅い職員が戸惑うような出来事は起こります。
それでも、現場は止まりません。
モブ男の異世界生活は、まだまだ続きます。
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