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私にできること

「アイリ様、ちょっと来ていただけるかしら?」


 昨日と同じセリフで、私のクラスに現れたエブリア様は扇子で外に出るように指し示した。ご自分のサロンへ連れていきたいらしい。

 でも、昨日と違って、その表情は険しい。それは今までで一番かもしれない。

 そんな顔のエブリア様はちょっと怖くて、ビビリながらついていく。


(今度はいったいなにがあったのかしら? とりあえず、王太子殿下の件は解決したはずなのに)


 サロンに着くまでエブリア様は無言で、疑問に思いながらも私はビクビクとしながらそれに従うしかなかった。

 それでも、カイルが一緒にいてくれるから私は足を進めることができる。


 いつもの部屋に入ると、エブリア様は私を座らせて、お茶を出してくれた。

 紅茶を飲んでエブリア様も少し落ち着いたようで、ふぅと溜め息をつく。

 お顔から険しさが取れたら、その表情には悲しみが覗いていた。


「……スウェイン様がまたおかしくなってしまわれたの」

「えぇぇ!」


(正気に戻られたとあんなに喜ばれていたのに、一晩で戻ってしまったの?)


 私は驚いて、エブリア様をマジマジと見た。

 だけど、魅了が私のせいならば、それはおかしいと気づく。


「でも、今日はまだ王太子殿下にお会いしていませんが……」


 会ってもいないのに、魅了されるもなにもないだろう。

 そう思って指摘したら、エブリア様は半ば納得するようにうなずいた。


「そうなの? やっぱりなにか変なのよね。今朝のスウェイン様は、あなたに魅了されているっていうより、私を疎んで遠ざけているようだったし」

「どういうことですか? エブリア様を疎んで遠ざけるなんて!」


 正気に戻った王太子殿下からはエブリア様への好意を感じたというのに、どうしてそんなことになるのだろう。

 信じられないと見る私に、悲しげに溜め息をつくエブリア様。

 王太子殿下にまた心ない言葉を告げられたのかもしれない。

 おかわいそうに。

 好きな人にそんな態度を取られたら、私だったら泣いてしまうかも。

 思わず、カイルからひどい言葉を投げつけられた想像をしてしまって、それだけで涙がこぼれそうになる。


(カイル、そんなの嫌よ!)


 後ろに控えるカイルをちらりと見る。

 彼はなにかあったらすぐ飛び出せるようにソファーの斜め後ろにいて、私の視線を冷静に受け止めてくれた。


(うん、いつもながらかっこいい。カイルはそんなことしない)

 

 その泰然とした様を見て、気持ちを落ち着けた。

 カイルは私の精神安定剤みたいだ。 


「失礼いたします。発言してもよろしいでしょうか?」 


 そこへオランが話に割り込んできた。

 使用人が主人たちの話に口を挟むなんて普通はしないので、私はびっくりする。

 よっぽどのことかと今度は彼を見つめた。


「オラン、なにかしら?」


 今までもこうやって意見をすることがあるようで、エブリア様が鷹揚に許可すると、オランが話しだした。


「今日の王太子殿下のご様子を見ていて、思い出したのです。隣国ダルシーナの秘法のことを」

「ダルシーナの秘法?」


 私はもちろん、魔法に関して詳しそうなエブリア様も初耳だったようで、オウム返しにつぶやいた。

 オランは詳しく説明してくれる。


「はい。人の精神に働きかけて操るという呪いのようなものです。でも、通常は魔力の高い王族のような方々はかからないはずなんですが……」


 ちらりとオランに見られて気がついた。

 私がなにか関係していると感じているみたいだ。


「まさか、また私の魅了魔法のせい……なの?」


 本来ならばかからないはずの呪い。それが普通の状態でなければ、もしかして……。

 私は至った考えに恐れおののいた。


「おそらくは。魅了魔法で精神障壁が低くなったところにつけこまれたのでしょう」


(やっぱり! あぁ、私はなんということを……)


 意図的でないとしても私の存在がなければ、こんな事態になっていなかったはず。

 私の魅了魔法のせいで、王太子殿下は呪いにまでかけられてしまったのだ。

 申し訳なくて、目を伏せた。


「アイリ様が悪いわけではないわ。でも、もし本当に呪いだとしたら、お願いがあるの」


 落ち込む私にエブリア様が言った。

 ハッと見返すと、すがるような瞳でエブリア様が続けた。


「スウェイン様に浄化魔法をかけてくださらない? 呪いのようなものなら浄化できるかもしれないわ」


 浄化魔法は、毒、疫病、呪い、その他、人の精神にマイナスするようなものを打ち消す。


(そうよ。私にはできることがある。ううん、私にしかできないことだわ)


 突然、聖女に祭り上げられて、実感がなかったけど、こんな時のために私には浄化の力があるに違いない。

 希望の光が見えて、私は気を取り直した。

 

「やってみます!」


 私の撒いた種なら、私が回収しなきゃ!

 エブリア様のためにも。

 グッと拳を握りしめて、自分を鼓舞した。




 ◆◆◆




(アイリ様、ご立派ですーーー!!!)


 アイリ様は責任を感じてうつむいておられたかと思ったら、ご自分にできることがあると知ると、心を決めた様子ですっと顔を上げられた。

 その凛として美しい横顔にうっとりする。

 引っ込み思案なアイリ様が勇気を振りしぼっている様に感動して泣きそうだ。

 

(でも、全然、アイリ様のせいではありませんから!)


 魅了魔法だったり、呪いだったり、簡単にかかる方が悪いのだ。

 っていうか、王太子は不甲斐なさすぎじゃないか?

 ぜんぜん聡明じゃないし。

 いったいどうなってるんだ?


 エブリア嬢の調査によると、アイリ様の魅了魔法はどうやら魔力が強い方がかかりやすいようで、アイリ様に会った要人が軒並みやられているらしい。

 だから、魔力のない俺は平気だったのか。

 魅了のかかり方にムラがある理由がわかった。

 一般的に身分が高いほど、魔力が強い傾向にあるからだ。

 まぁ、そんなものがなくても俺はアイリ様にメロメロだけどな。


(それにしても、この国って今、ヤバい状態じゃないのか?)


 アイリ様と行動をともにしている俺にはわかる。

 聖女への挨拶として、アイリ様は毎日やたらといろんな人に引き合わされている。

 きっとそれも誰かに仕組まれていることに違いない。

 会った人たちが魅了されて、さらに呪いも受けてしまっているのなら国政はボロボロだろう。


 浄化はアイリ様に任せるとして、エブリア嬢は王太子や陛下に呪いをかけた黒幕を探すことにするそうだ。

 さっさと捕まえて、アイリ様が変なことに巻き込まれないようにしてもらいたい。

 学校に通っている王太子はともかく、陛下に近づいて呪いをかけるまでできる人間は限られるのだから、その気になって探せばすぐ見つかるだろう。



 日中は勇敢なそぶりを見せたアイリ様だったがやはり不安だったようで、寝るときには犬姿の俺を抱きしめてきた。


「カイル、うまく浄化できるかしら? ううん、私はやらないといけないの!」


 そう独り言のようにつぶやいて、俺を撫で回す。

 もふもふ、わしゃわしゃ。

 そうやって必死で気持ちを落ち着けようとされているらしい。

 俺は気持ちいいようなくすぐったいような、たまらない気分になる。

 風呂上りのアイリ様のいい匂いがして、下半身がムズムズする。

 

(アイリ様ーーー! うれしいけど、うれしいけど、ツライですぅぅぅ!!!)


 俺は遠吠えしたくなってしまった。





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