浄化魔法の出番
*−*−*
翌日の昼休み、勇気を出して、ふたたび王太子殿下の教室を訪ねた。
やっぱり今日もカイルの袖は離せない。
戸口から覗くと、王太子殿下と目が合ったのに、今日は無反応で出て来てくださらなかった。
こんなことは王太子殿下にお会いしてから初めてだ。
エブリア様がおっしゃったように、魅了状態でもないみたいに見える。
でも、幸いなことに側近の方々が気づいて手招きしてくれた。
「わぁ、アイリだ。どうしたの? ここに来るなんて、めずらしいね」
かわいい担当のマルト様がにこやかに声をかけてくれる。
私が近寄ると、王太子殿下の瞳に熱がこもってきた。
早くも魅了の効果が発動したみたいだ。
今はありがたいものの、その威力に自分ながら驚いて怖くなる。
(あら? 側近の方が増えてる)
側近の皆さんの中に、見慣れない浅黒い肌のエキゾチックなハンサムさんがいた。
(この方はミステリアス担当かしら。うん、ミステリアス様と呼ぼう。王太子殿下の側近の方は、個性にあふれて本当にバリエーション豊かだわ)
まるで誰かのどんな好みにも対応できるように揃えられたみたいだ。
だから、あだ名も付けやすい。
ミステリアス様はぴったりなあだ名だ。
自分で付けておきながら、私は笑いそうになった。
緊張がほぐれた私は、目がくりくりのマルト様に答えながら、王太子殿下に目を向けた。
「王太子殿下に、少しお時間をいただきたくて」
「今か? もちろんだ。アイリのためならいくらでも時間を作るよ」
殿下がうれしそうにおっしゃった。
以前ならその情熱的な言葉に戸惑ったけれど、今は魅了のせいだとわかっているので、軽く流せる。
「はい、よろしければ、二人きりでお話ししたいのですが」
「そんなお願いに応えないわけにはいかな――」
「二人きりなんて、良いわけないでしょう!」
ミステリアス様は王太子殿下のお言葉にかぶせる勢いで諫めてきた。
彼はまだ私と接する機会がなかったからまともな神経をお持ちなのかもしれない。でも、殿下のお言葉を遮るなんて、失礼じゃないかしら?
殿下はそれを指摘するでもなく鷹揚に「まぁ、いいではないか」とミステリアス様をいなした。
そう言われるとミステリアス様も反対できないようで黙り込んだ。
「どこに行く? サロンか?」
弾んだ声で殿下に聞かれたけれど、密室に二人になるのは嫌だったので、お気に入りの中庭に行くことにした。
私に付き合って、王太子殿下はあっさりついてきてくれた。
もう完全に魅了されてしまったらしい。
ということは先日お渡しした護符は持っていらっしゃらないのかしら?
王立学校の中庭はいくつかあり、私が殿下を連れていったのは、こじんまりしたところだった。
そこは一番小さいからか人気がなくて、いつも誰もいないのだ。
それでも、美しく刈り込まれた植栽の緑は目に優しく、常に満開に保ってある花々は甘くさわやかな香りを放っている。噴水からチョロチョロと流れ落ちる水音も耳に心地よい。
私にとっては落ち着ける癒やしの空間だった。
案の定、そこには先客はなく、ほっとした私はさっそくポケットから護符を出した。
「王太子殿下、どうぞこれを」
エブリア様から預かってきた護符を差し出すと、殿下は素直に受け取ってくれた。その瞬間、殿下の顔からすーっと表情が抜け落ちる。
(魅了が解けたみたい)
でも、昨日の反応とまったく違う。
昨日はすぐに思慮深そうなまなざしになって、状況を把握されていた。
だけど、今日はうつろな表情で、私をぼんやり見ているだけだ。
エブリア様がおっしゃった通り、王太子殿下の様子がおかしい。
(これはやっぱり呪いなの? ダルシーナの秘法だっけ? 隣国が関わってるとしたら、さらに大変な事態じゃない?)
大きな話すぎて、現実感がない。
それでも今は、自分のやれることをやるだけだ。
人の気配がないのを再度確認して、私は急いで浄化魔法を放ってみた。
「浄化!」
すると、王太子殿下の身体の周りを光が取り巻いた。その光に追い立てられるように黒いもやのようなものが立ち昇り、宙に消えていった。
それとともに殿下の瞳に意志の力が戻る。
正気に返ったらしい。
でも、すぐ頭痛がするように頭を抱えられた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ。……私はまた魅了されていたのか?」
美しいお顔をしかめながら、殿下がおっしゃった。
不甲斐ないと落ち込んだご様子だ。
「いえ、今度は操られていたのではないかと」
「操られていただと!?」
殿下が目をすがめて、聞き咎めた。怖い。
思わず、カイルの陰に隠れて膝を曲げ礼をとった。
さすがは王太子殿下。問いただす声にも迫力がある。
エブリア様もそうだけど、高位で美しい方が凄むと怖すぎる。
「はい。恐れながら、殿下はダルシーナの秘法という呪いにかかっていらっしゃるのかもしれないとエブリア様がおっしゃってました。現に今、護符をお渡ししただけでは治らず、勝手ながら、浄化魔法をかけさせていただきました」
「浄化魔法で治るということは、確かに呪いの類いだな。アイリ嬢、礼を言う」
聡明な殿下はすぐ事態を把握してくださり、感謝のお言葉までくださった。
そこで私はカイルの陰からそろりと顔を出し、話を続ける。
「もったいないお言葉です。殿下を狙っ……いえ、この国を狙って暗躍している輩がいるようです。お気をつけください」
「そのようだな。至急、エブリアと相談して対応を考えねば!」
「ぜひ、そうなさってください」
エブリア様のお名前が出て、私は安心して微笑んだ。
お二人が対策を取っていただければ、もう大丈夫なはず。
そこへ声がかけられた。
「殿下、そろそろ昼食をとらねば、午後の時間に差し支えます」
「あぁ、そうだな」
いつの間にか、そばに来ていた側近の方だった。
武骨担当のダンガルド様だわ。
でも、先ほどと違って、側近のどなたも私の方を見ようともしなかった。いつもは必要以上に声をかけてくださるのに。
不審に思うも、王太子殿下と側近の方々は用は終わったとばかりに行ってしまった。
私のほうもひとまずミッションをクリアしてほっとしていたところだったから、変に絡まれないでよかったと思う。
「とりあえずは、これでよかったのよね?」
「完璧です。さすがはアイリ様です」
独りごちるとカイルが大きくうなずいてくれる。
心から称賛してくれていて、心がこそばゆい。
カイルは私に甘いのだ。
「私の浄化魔法が効いて、よかった……」
請け負ってはみたものの、本当に秘法とまで言われている呪いに私の浄化魔法が対抗できるのか不安だったのだ。
考えてみたら、初めて私の魔法が人の役に立ったかも。
うれしくなって、カイルに抱きついた。
「やったわ、カイル!」
(これくらいご褒美もらってもいいわよね?)
彼の胸に顔を擦りつけるけれど、カイルはいつものように無反応で私を抱きとめるだけだった。
少しは魅了されてくれてもいいのに。
打ち合わせ通り、今の様子をエブリア様にご報告しに行くことにする。
もしかしたら、王太子殿下が直接エブリア様に伝えているかもしれないけれど。
でも、これで誰かが王太子殿下に呪いをかけたのが決定的になってしまった。
それを悟って怖くなった。




