護符の効果
*−*−*
放課後に、ドキドキしながら、王族のサロンの前まで来た。
王太子殿下にサロンに来てくれと言われはしたけど、場違いな気がして挙動不審になる。
(本当に私がこんなところにいていいのかしら?)
そう思うものの、私には大事なミッションがある。
袖を握りしめたままでカイルを見上げると、彼はいつもの表情のない顔で見返してくれた。前髪からちらりと碧い光が覗く。きれい。
カイルの冷静な様子を見ていたら、私も落ち着いてきた。
(うん、私にはカイルがついているもんね。頑張ろう)
でも――
先ほどカイルの告げた言葉が頭によみがえる。
『……これが俺の仕事ですから』
そう、カイルは私の護衛だから助けてくれるだけ。従者だからそばにいてくれるだけ。
私を主人として敬ってくれているとは思うけれど、そこに特別な感情はない。
悲しいけどわかっている。
私が抱きつこうとなにをしようと、カイルが感情を揺らすことはなかった。
ただ受け止めるだけ。
私が一方的に慕っているだけなのだ。
それに万が一、カイルが私のことを好きになってくれたとしても、私たちにはどうしようもない。私の結婚相手を決めるのはお父様で、たぶんお金持ちの誰かだろうから。
私が聖女になったことで多少計画が変わったかもしれないけど、相手がカイルになることは絶対ないだろう。
こうやって一緒に入られるのも学生のうちだけかもしれない。
切ない気持ちになって瞳が潤んでくる。
カイルは私が緊張しているのだと思ったらしく、勇気づけるように言ってくれる。
「アイリ様、俺がおそばにいます」
「……うん。お願いね」
今は恋に悩んでいる場合ではない。
私は無理やり笑みを作って、カイルに返した。
そして、覚悟を決めて、サロンの扉をノックする。
執事が通してくれた部屋は、アイボリーを基調とした上品な調度ながら、要所要所に金の装飾が施され、壁には細やかなレリーフに高そうな絵画、天井にはシャンデリアが輝き、さわやかな香りまでしていた。
当然だけど、エブリア様がお使いのサロンよりさらにゴージャスだ。
気おくれする私に、王太子殿下がにこやかに席を勧めてくれて、こわごわと装飾の多いソファーに腰かける。
すると、なんと隣に殿下が座ってきた。
「君から会いたいって言ってくれるなんてうれしいな」
銀色に輝く髪がさらりと揺れ、繊細に整った美しいお顔が近づく。見た目はエブリア様が絶賛する通り、すこぶるいい。
(でも、カイルの方が何十倍も素敵なんだから!)
そんなことを思っていたら、きらびやかな微笑みを浮かべた殿下に手を握られた。
カイルが引き離そうかどうしようかとジリジリしている。
だけど、さすがにそれは不敬だ。私だってカイル以外の人に触られるのは嫌だけど。
大丈夫だと目線を送って、さっさと用事を済まそうと思った。
私は挨拶もそこそこに、護符を取り出す。
「王太子殿下、これを身につけていただければと思って」
「なんだい、それは? 僕へのプレゼントかい?」
そう言いながら護符を受け取ってくれた殿下は、直後にあれ?と戸惑いの表情を浮かべた。
その護符の効果は歴然で、パチパチと瞬いた殿下は隣にいる私を見つめたあと、飛び退いた。
「あれ? なぜ僕は……?」
彼の瞳からは妙に熱っぽい眼差しがなくなり、理知的な表情に戻られた気がする。
この変化を見ると、殿下は魅了されているのではないかというエブリア様の疑惑が正しく感じた。
(やっぱり私のせいで、王子殿下はおかしくなってしまってたんだわ)
申し訳ないと思いつつ、こっちのお顔の方が断然いいと彼を見つめる。
思慮深そうなまなざしで内省している姿は、エブリア様の愛する殿下と言われても納得だ。
余計なお世話だと思いながら、私はつい言ってしまった。
「王太子殿下、エブリア様が泣いておられましたよ。殿下に拒否されたと」
「エブリアが泣いて?」
驚いて聞き返した殿下は、焦った顔をされた。自分の行動の記憶はあるようで、額に手を当て、「なぜ僕はあんなことを……。なんということをしたのだ……」と繰り返す。
顔をしかめて、うめいている。
「詳しいことはぜひエブリア様にお尋ねください」
私ではうまく説明できないし、エブリア様もちゃんと王太子殿下とお話ししたいと思ったので、そう言って、私は立ち上がった。
決してエブリア様に丸投げしたわけじゃないからね!
「あぁ、そうすることにしよう」
王太子殿下も了承してくださったので、私は礼をすると分不相応な部屋からさっさと逃げ出そうとして、ふと思い出した。
「あっ、その護符は肌身離さず持っていてください。エブリア様がご用意されたものです」
「わかった」
殿下がうなずいてくれたのを確認してから、私はサロンを出た。
「アイリ様、ちょっと来てくださるかしら?」
翌日、私の教室に現れたエブリア様は、有無を言わさない迫力で私の手を引っ張り、いつものサロンに連れていった。
皆から何事かと注目されて、恥ずかしい。
「スウェイン様が謝ってくださったの!」
サロンに入るなり、感激したように目を潤ませて、エブリア様が叫んだ。
その様子は恋する乙女といった風情でかわいらしい。
「それはよかったですね」
やっぱりエブリア様は王太子殿下のことが相当お好きみたいだ。
微笑ましく思い、私までにっこりする。
「あ、謝ってほしかったんじゃないんだから! やっぱり魅了のせいだとわかったのがうれしいのよ!」
はいはい。ごまかさなくていいのになぁ。
慌ててツンと澄まし顔になるエブリア様がかわいい。
「それでね」
落ち着いた声に戻って、エブリア様が続けた。
「こうした護符を今大量に作って、要人に配ろうと思っているの。スウェイン様も手伝ってくださるって」
「そうすれば、王太子殿下のように、目を醒ましていただけますね」
「そうね。対処法さえわかっていたら、どうにかなるわ」
「よかったです。私としてもありがたいです」
根本的な解決ではないけれど、事態が改善しそうでほっとした。
一番の懸念事項が解決してエブリア様も安心したのか、麗しいお顔でにっこりされた。
エブリア様が笑みを浮かべられると、大輪の薔薇が咲いたようで、見惚れてしまう。
それからしばらくは、王太子殿下がどんなに誠実に謝ってくれたかとか、その様子がどんなに素敵だったかをじっくりと語られた。
見た目は妖艶な美女なのに、乙女なエブリア様はかわいらしい。
美味しいお茶とお菓子をいただいて、その日は心穏やかに帰宅した。
これで問題はすべて解決したと思ったのだ。
でも、それは嵐の前の静けさでしかなかった。




