抑えられない魔力
「話は変わりますが、エブリア様、私の魅了魔法の止め方を調べられないでしょうか?」
結局、すべての元凶は私の魅了魔法みたいだ。
護符をお渡しするより、それを止めた方がいいに決まっている。
魅了が止められたら、私も心穏やかに日常を送れるし、できるなら早く止めたい。
「今、専門家に調べさせているの。普通だったら魔法を垂れ流すなんて、すぐ魔力が尽きてできないはずなのよね。でも、あなたは聖女だから違うみたい。オランの師匠にも手紙を書いて確かめているわ。手がかりがあったら、教えるわね」
「ありがとうございます!」
「でも、遠くに住んでいるから、返事が来るのにはまだしばらくかかるわ」
「わかりました」
お礼を言った私にエブリア様はなにか差し出した。
なにか透明の球が嵌ったペンのようなものだった。
「それはそうと、これを持ってみて」
よくわからないまま受け取ると──
バリンッ
透明部分が破裂するように割れてしまった。
「あ〜あ、これ高い魔道具なのよ?」
そんなことを言いながら、残念そうなというより納得したような表情で、エブリア様は扇子をあおいだ。
高いと言われて冷や汗が出る。うちの男爵家は貧乏なので、これを弁償するお金などない。
「も、申し訳ございません!」
「まぁ、予想はしていたからいいの。それは術者の魔法を抑える魔道具なんだけど、あなたの魔法出力の方が大きすぎて壊れちゃったみたい。聖女だけあって、やっぱり魔力量はすごそうね」
気にするなというように扇を振って、エブリア様が説明してくれた。
弁償しなくていいとわかって、私は胸をなでおろした。
オランがささっと寄ってきて、壊れた魔道具と破片を回収した。
残念そうな顔をして。
不可抗力にしても申し訳ない気持ちが湧く。
「こんなに魔力量があっても浄化はしょぼいし、魅了魔法は止められないし、すみません……」
情けない気持ちで愚痴るように謝ると、エブリア様がなぐさめてくれた。
「逆にすごい力を秘めているとも言えるわ。どちらにしても、あなたの意志で魔法をコントロールできるようにならないと魔道具で抑えるのは無理そうね」
「そうですか……」
訓練を頑張るしかないのかとがっかりする。
なにか画期的な方法があればいいと期待していたけれど、そんな簡単な道はないようだ。
エブリア様との話はそれで終わって、私は王宮の自室に戻った。
「ねぇ、カイル。私が悪いのかな……?」
ソファーに腰かけ、隣に座らせたカイルにしがみついた。
この頃、落ち込むことが多くて、よくこうしてカイルになぐさめてもらっているかも。
カイルに触れていると落ち着く。
寝るときのモフモフもいいけど、今はこの広い胸に包まれているのが心地いい。顔を擦りつけて、カイルのお陽さまのような匂いをスンスン嗅ぐ。
彼は平静な顔で、私の髪をなでてくれた。
「アイリ様が悪いわけじゃありませんよ。王族に関してはなにか悪い意思が働いている気がします」
カイルは言葉は少ないものの、的確に私をなぐさめてくれるし、信じてくれている。
それでも、私のあずかり知らないところで、不穏さが増していくようで、不安だった。
「なんだか怖いわ」
「なにがあろうとも、アイリ様は俺が必ず守ります」
すがりつく私に、カイルはそんなことを言ってくれる。
迷いなく誠実な彼の言葉がうれしくて、微笑んだ。
カイルがいれば勇気が出る。
「明日、殿下に護符をお渡しするわね!」
自分を鼓舞するように、宣言した。
◆◆◆
(アイリ様ーーー!!! 俺は連日の試練で萌え死にしそうですぅぅぅ!!!)
エブリア公爵令嬢との話し合いのあと、落ち込んだ様子のアイリ様がまた俺の胸で嘆いている。
それどころか、顔を擦りつけてこられて、可愛さMAXだ。
(抱きしめていいですかぁぁぁ!!! いや、ダメか……。耐えろ、俺!)
昨夜の試練も大変厳しかった。
犬の姿だったからどうにかごまかせたが、頬を合わせられ、鼻に首筋を押しつけられ、興奮しないわけがない。
アイリ様のいい匂いのする首筋をベロベロ舐め回したい、いや、華奢な鎖骨も、できれば全身舐め回したい。
そんな衝動をぐっとこらえて、鼻息を荒くしただけで済ませた俺を褒めてほしい。
人の姿のときはもっとヤバい。
冷静になれと自分を抑えて、せめてもとその髪をなでた。
やわらかで絹糸のように繊細で美しい髪に触れさせていただけるなんて、俺はなんて幸運な男なんだろう。
うっとりしながらも、考える。
アイリ様の魅了魔法のせいで、国王にまでおかしな現象が起きているというが、やっぱりアイリ様が悪いことなどひとつもない。勝手に魅了にかかって、おかしくなっているなんて、王族のわきが甘いだけだろう。
(そもそも本当に魅了魔法だけのせいなのか?)
可憐で美しく心の清らかさが表に滲み出ているアイリ様に、国王さえもぼーっとなってしまうのはおかしくはない。
でも、仮にも王族とあろうものが、そんな簡単に魅了魔法にかかるのだろうか?
それに、ずっとアイリ様と一緒にいる俺が魅了にかかっていない。なんだかチグハグで変な話だ。
まぁ、獣人には魔力がないから、魔法のことなどわかるはずもないが。
「なんだか怖いわ」と不安そうにされているアイリ様に、すかさず「俺が必ず守ります」と告げると、愛らしい笑みを返された。
それだけで、俺の世界は薔薇色になり、些末なことなど、どうでもよくなる。
「明日、殿下に護符をお渡しするわね!」
健気に言われたアイリ様をひたすら応援してお守りするだけだ。
翌日、アイリ様は、王太子殿下に護符を渡すために、こわごわと隣のクラスに伺われた。
俺の袖を握りしめるアイリ様が可愛らしい。
当初、殿下を呼び出すなんてできないし、どうしようと悩まれていたようだったが、アイリ様が戸口に姿を見せただけで、王太子が寄ってきたので、簡単だった。
「アイリ! どうしたんだ?」
王太子が大きな声を出すから、教室の内外から注目を浴びてしまう。
その衆目の中、王太子に物を渡すのはためらわれたのか、アイリ様はささやくように伝えた。
「王太子殿下、ぶしつけですが、もしよろしければ今日の放課後にお時間をいただきたいのですが……」
エブリア様に託されたので、アイリ様は勇気を出されたのだろう。すると、なにを勘違いしたのか、喜んだ王太子がアイリ様を抱きしめようとした。
(俺のアイリ様になにをするんだ!)
もちろん、アイリ様を後ろに引っ張って、それを阻止する。
腕を空振り、一瞬、俺を睨みつけた王太子であったが、気を取り直して、澄ました笑みを浮かべる。
「それでは、放課後に私のサロンで待っている」
「ありがとうございます」
にやけた王太子に、きれいな礼をとったアイリ様。とても素敵です。
廊下に出て、王太子の教室から離れながら、アイリ様は俺の袖を引いた。
「カイル、ありがとう」
そっとアイリ様がささやいてくださる。かわいい。
でも、当然のことをしただけだ。
(命より大事なアイリ様に触れさせてたまるか!)
アイリ様のためというより、俺がほかの男に触らせたくなかった。
そんなことを思っていても、いつかはアイリ様は誰かのものになってしまうのだろうけれど。
ふと暗い考えが頭をよぎる。
どれだけ俺がアイリ様を愛しく恋しく思っても、それが報われる日は来ない。
俺はただの従者。身分の差は超えられない。
「……これが俺の仕事ですから」
自分を戒めるために敢えてそう口に出した。
そういくらアイリ様が親しげにしてくれようと、勘違いしてはいけない。
俺のこの感情には未来がないのだから。




