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第八話:犬神 朱里

いやぁぁぁ! はなして! なんでもあげるから! おかねでも、知名度ちめいどでも、なんでも!」


 わたし絶叫ぜっきょうつめたい地下ちかごうかべ反響はんきょうする。だが、ロボットにはみみも、おもんぱか共感きょうかん能力のうりょくそなわっていない。油圧ゆあつアームがわたし部屋へや中央ちゅうおう鋼鉄こうてつせい椅子いすへときずっていく。頭部とうぶはこめかみを圧迫あっぱくする金属きんぞく固定こていによってロックされ、正面しょうめん見据みすえるよう強制きょうせいされた。


 そのさきにある、つめたく無機質むきしつなカメラレンズを。


しん! この裏切りうらぎりものわたしあいしてるってったじゃない!」わたしはハッカーにかってさけんだ。


 しかし、しんはただ狂気きょうきかがやきをたたえたひとみわたしを見つめるだけだった。「朱里あかりきみたましいあいしているんだ。そのは……きみあがめるほかおとこたちをすぎた。かれらにうばわせよう。そうすれば、きみ世界せかいのこるのはぼくこえだけになる」


処置しょち内容ないよう両側りょうがわ眼球がんきゅう摘出てきしゅつじゅつ標的ターゲット視覚しかくてき自己じこあい

 AIのこえ開始かいしげる。


 一本いっぽんのロボットアームがちかづいてきた。その先端せんたんには、ちいさなぎんさじのようでありながら、ふちするどいギザギザのついた器具きぐ――摘出てきしゅつ――がにぎられている。そのかたわらでは、湾曲わんきょくした外科げか剪刀せんとうかすかに振動しんどうしていた。


めて! め――」


――グサリ。


 それはたんなるいたみではなかった。眼窩がんかおくかる、凄まじい圧迫あっぱくかん金属きんぞく先端せんたんが、まぶた眼球がんきゅうあいだに滑り込む。湿しめった、にく脂肪しぼうが押しつぶされるいやおと脳内のうないひびいた。


 そしてその瞬間しゅんかん、『ミラーペイン』の共鳴きょうめい部屋へや全体ぜんたい炸裂さくぜつした。


集団しゅうだん視点してん暗黒あんこくの共鳴《きょうめい】


「ぎゃあああああ! が! なにえない!」影山かげやまれんさけぶ。


 突如とつじょとして、ぜん参加さんかしゃ視界しかい心理しんりてきにシャットダウンした。部屋へやLED照明しょうめい点灯てんとうつづけているにもかかわらず、脳内のうない神経しんけいチップが神経しんけいからの伝達でんたつ遮断しゃだんしたのだ。かれらはきわめてリアルな一時いっときてき盲目もうもく状態じょうたいおちいった。


「これ……は、ぜん視覚しかく喪失そうしつのシミュレーションか……」江戸えど医師いし精神せいしんやみなか思考しこうし、処置しょちだいかたにぎりしめた。


朱里あかり視点してんへ戻る】


 わたし世界せかい深紅しんくへとわった。外科げか剪刀せんとうがさらにふかく入り込み、眼球がんきゅううらにある神経しんけいとらえる。


――パチン。パチン。


 眼球がんきゅううごかす筋肉きんにくが、一つずつ切りはなされていく感触かんしょく切断せつだんのたびに、脳内のうない電気でんきケーブルが爆発ばくはつするような衝撃しょうげきはしる。眼球がんきゅうがゆっくりと眼窩がんかからはずれ、最後さいご神経しんけい一本いっぽんだけでつながっているのがかる。


 そして、決定けっていてき最後さいご牽引けんいん


――ボロリ。


その感覚かんかくは……自分じぶん意識いしき半分はんぶんが、あたまから無理やりかれたかのようだった。あたたかい硝子体しょうしたいえきほおつたい、はげしくき出した血液けつえきざり合う。


 ロボットはまらない。ひだりへと標的ターゲットうつす。


「おねがい……止めて……暗い……すべてが真っ暗よ……」わたしこえは、いまかすれたささやきにすぎなかった。


 部屋へやたす『ミラーペイン』のおとは、嘔吐おうと絶望ぜつぼううめごえ交響曲シンフォニーへとわった。海斗かいと自分じぶんえないによってえぐされている感覚かんかくもだえ、ゆかこぶしたたきつけながら咆哮ほうこうした。美月みつききずついてもいないかおおおい、さけんだ。


しおりだけが、静寂せいじゃくたもっていた。全員ぜんいんおちいった「心理しんりてき暗黒あんこく」のなかで、この惨劇さんげきを演出し、いまつめつづけているのは、彼女かのじょだけなのかもしれない。


 処置しょちわると、のような静寂せいじゃくおとずれた。


 ブレスレットが再びあお点滅てんめつする。ほか参加さんかしゃ視界しかいは徐々《じょじょ》にもどっていったが、わたしにはもどらない。わたしにとって、世界せかい終焉しゅうえんむかえた。のこされたのは、かおいたあつ湿しめった虚無きょむあなだけ。


朱里あかりちゃん……」ちかづいてくる足音あしおとあせ不摂生ふせっせいにおい。しんだ。「て? これできみぼくだけのものだ。あんな馬鹿ばかげたフィルターなんて、もうなくていいんだよ」


 かれまみれのわたしほおやさしくでた。それは、先程さきほどのメスよりもおそろしい感触かんしょくだった。


 さけびたかったが、わたし心底しんそここわれてしまった。この永遠えいえんやみそこで、わたしさとった。しおりはうばっただけじゃない。わたしほこりも、うつくしさも、未来みらいも――すべてをひとつのちいさな虚偽きょぎうばったのだ。


 部屋へやすみで、ものわぬ江戸えどあゆってきた。かれはロボットが自動じどうてきいたわたしかお包帯ほうたいれた。かれはなせないが、そのふるえからかんれる。かれわたし脈拍みゃくはくはかっている。いつくしみなどではない。人間にんげん精神せいしんてき完全かんぜん崩壊ほうかいするまで、あとどれくらいつのかを観察かんさつしているのだ。


共感きょうかん』の実験じっけんはじまったばかり。わたしたちはすでこえ視界しかいうしなった。つぎなにうばわれるのだろうか。


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