「嫌ぁぁぁ! 離して! 何でもあげるから! お金でも、知名度でも、何でも!」
私の絶叫が冷たい地下壕の壁に反響する。だが、ロボットには聞く耳も、慮る共感能力も備わっていない。油圧アームが私を部屋中央の鋼鉄製の椅子へと引きずっていく。頭部はこめかみを圧迫する金属の固定具によってロックされ、正面を見据えるよう強制された。
その先にある、冷たく無機質なカメラレンズを。
「慎! この裏切り者! 私を愛してるって言ったじゃない!」私はハッカーに向かって叫んだ。
しかし、慎はただ狂気の輝きを湛えた瞳で私を見つめるだけだった。「朱里、君の魂を愛しているんだ。その目は……君を崇める他の男たちを見すぎた。彼らに奪わせよう。そうすれば、君の世界に残るのは僕の声だけになる」
『処置内容:両側眼球摘出術。標的:視覚的自己愛』
AIの声が開始を告げる。
一本のロボットアームが近づいてきた。その先端には、小さな銀の匙のようでありながら、縁に鋭いギザギザのついた器具――摘出匙――が握られている。その傍らでは、湾曲した外科剪刀が微かに振動していた。
「止めて! 止め――」
――グサリ。
それは単なる痛みではなかった。眼窩の奥に掛かる、凄まじい圧迫感。金属の先端が、瞼と眼球の間に滑り込む。湿った、肉と脂肪が押し潰される嫌な音が脳内に響いた。
そしてその瞬間、『ミラーペイン』の共鳴が部屋全体に炸裂した。
【集団視点:暗黒の共鳴《きょうめい】
「ぎゃあああああ! 目が! 何も見えない!」影山蓮が叫ぶ。
突如として、全参加者の視界が心理的にシャットダウンした。部屋のLED照明は点灯し続けているにもかかわらず、脳内の神経チップが視神経からの伝達を遮断したのだ。彼らは極めてリアルな一時的盲目状態に陥った。
「これ……は、全視覚喪失のシミュレーションか……」江戸医師は精神の闇の中で思考し、処置台を固く握りしめた。
【朱里の視点へ戻る】
私の世界は濃い深紅へと変わった。外科剪刀がさらに深く入り込み、眼球の裏にある視神経を捉える。
――パチン。パチン。
眼球を動かす筋肉が、一つずつ切り離されていく感触。切断のたびに、脳内で電気ケーブルが爆発するような衝撃が走る。眼球がゆっくりと眼窩から外れ、最後の神経一本だけで繋がっているのが分かる。
そして、決定的な最後の牽引。
――ボロリ。
その感覚は……自分の意識の半分が、頭から無理やり引き抜かれたかのようだった。温かい硝子体液が頬を伝い、激しく噴き出した血液と混ざり合う。
ロボットは止まらない。左目へと標的を移す。
「お願い……止めて……暗い……全てが真っ暗よ……」私の声は、今や掠れた囁きにすぎなかった。
部屋を満たす『ミラーペイン』の音は、嘔吐と絶望の呻き声の交響曲へと変わった。海斗は自分の目が見えない手によって抉り出されている感覚に悶え、床に拳を叩きつけながら咆哮した。美月は傷ついてもいない顔を覆い、泣き叫んだ。
しおりだけが、静寂を保っていた。全員が陥った「心理的暗黒」の中で、この惨劇を演出し、今も見つめ続けているのは、彼女だけなのかもしれない。
処置が終わると、死のような静寂が訪れた。
ブレスレットが再び青く点滅する。他の参加者の視界は徐々《じょじょ》に戻っていったが、私には戻らない。私にとって、世界は終焉を迎えた。残されたのは、顔に開いた熱く湿った虚無の穴だけ。
「朱里ちゃん……」近づいてくる足音。汗と不摂生の臭い。慎だ。「見て? これで君は僕だけのものだ。あんな馬鹿げたフィルターなんて、もう見なくていいんだよ」
彼は血まみれの私の頬を優しく撫でた。それは、先程のメスよりも恐ろしい感触だった。
叫びたかったが、私は心底壊れてしまった。この永遠の闇の底で、私は悟った。しおりは目を奪っただけじゃない。私の誇りも、美しさも、未来も――全てを一つの小さな虚偽で奪い去ったのだ。
部屋の隅で、物言わぬ江戸が歩み寄ってきた。彼はロボットが自動的に巻いた私の顔の包帯に触れた。彼は話せないが、その手の震えから感じ取れる。彼は私の脈拍を計っている。慈しみなどではない。人間が精神的に完全に崩壊するまで、あとどれくらい持つのかを観察しているのだ。
『共感』の実験は始まったばかり。私たちは既に声と視界を失った。次は何を奪われるのだろうか。