第六話:雷神 海斗
手が震えている。死への恐怖ではない。先程の医者の処置による残痛が、未だに舌根で脈打っているからだ。このブレスレット……この呪わしい代物は、他人の苦痛を私のトラウマの中枢へと直接流し込んでくる。
誰かが悲鳴を上げるたび、私は奴らの顔を思い出す。かつて暗い路地裏で、裁判も経ずに私が『処刑』した者たちの顔を。私は残虐な手法を誇りとする警官だった。だがここでは、ただの打たれた犬に過ぎない。
「糞食え! そんな目で私を見るな!」
私はガラス壁に映る自分の影に向かって怒鳴り散らした。
血まみれで静座する江戸医師を盗み見る。彼は声を発しないが、その冷徹な威圧感はいかなる絶叫よりも重くのしかかってくる。そして、こそこそと囁き合う蓮と美月、自己愛の塊である朱里と慎。どいつもこいつも塵溜めだ。
「おじさん……大丈夫?」
脳内の嵐を突き破るような、穏やかな声がした。伊邪那美しおり。純朴そうな女子大生が、泣き腫らした目で私に這い寄ってくる。彼女はあまりにも脆そうで、乱暴に触れれば壊れてしまいそうに見えた。
「向こうへ行け、小娘」私は唸った。「私は善人じゃない。傍にいない方がいいぞ」
「でも、ここでおじさんだけが、人間に見えるわ」しおりが囁く。彼女は意を決して、私の薄汚い作業用ジャケットの袖に触れた。「他の人たちは……飢えた狼のように互いを見合っているわ。怖いの、おじさん。次の投票で、一番役立たずな私が選ばれてしまうような気がして」
私の体が強張る。しおりは私の娘を、あるいはかつて救えなかった犠牲者を彷彿とさせた。過去の罪。しおりは私の罪悪感の具現だった。
「お前を選ばせはしない」重々《おもおも》しく、威嚇を含んだ声で言った。「誰であれ、お前の名を口にする者がいれば、機械が触れる前にその頭蓋を叩き割ってやる」
しおりは俯いたが、私の巨大な背中に庇護を求めるように、より近くへ寄ってきたのを感じた。
「でも、おじさん……このシステムは筋肉では抗えないわ」しおりが私の耳元で囁いた。その声は今や驚くほど冷静で、催眠的ですらあった。「あの医者を見て? 舌を斬られても平然としている。彼は人間じゃない。私たちを実験材料にしか思っていない怪物よ。あの政治家は? 自分の保身のために私たちを売るわ」
私は拳を握りしめた。「……では、私はどうすればいい?」
「英雄になって、おじさん。でも、英雄には剣が必要よ」しおりが顔を上げた。その大きな瞳に、得も言われぬ光が宿る。「おじさんには、投票される前に彼らを『黙らせる』力があるわ。おじさんを恐れて口を開けなくなれば、私たちに投票しようなんて誰も思わない」
「……暴力を使えと言うのか?」
「『正義』を執行するのよ」しおりは薄く笑った。その笑みは、温かくも致命的な抱擁のようだった。「かつて外の世界で犯罪者たちにしたことを思い出して? ここにいる連中も何も違わない。皆、罪人なのよ。そしておじさんこそが、この地下壕に残された唯一の法なの」
意識が混濁する。『ミラーペイン』による疲弊が、私の論理を鈍らせる。しおりの言葉が、精神の亀裂にするりと入り込んでいく。私は他の参加者を同じ境遇の仲間ではなく、『取り締まるべき標的』として見始めていた。
私は気づいていなかった。しおりが『コンディショニング(条件付け)』を行っていることに。彼女は私の残虐な本能を刺激し、自分の武器へと仕立て上げているのだ。「庇護」という名の下に、指を差した相手を噛み殺す『番犬』へと。
部屋の隅で、影山蓮が立ち上がろうとするのが見えた。理由のない怒りが、私の中で沸騰した。
「貴様」私は巨躯を起こし、低く唸った。「一歩も動くな。次の処置が始まる前に、あばら骨でその肺を突き刺してやる」
しおりは私の後ろで丸くなり、顔を伏せ続けていた。端から見れば、怯える少女そのものだ。だが私の位置からは見えなかった。彼女が、今にも弾け飛ぼうとしている暴力の交響曲を待ちわびるように、静かに金属ブレスレットの端を弄っている姿を。
この実験は正しい。共感など強制できるものではない。苦痛はただ、より血に飢えた怪物を生むだけだ。




