第四話:犬神 朱里
この場所が嫌だ。肌を青白く、非審美的に見せるこのLED照明が。インスタグラムのフィルターもなく、私の存在を肯定してくれる数万の「いいね」もない。私はまるで、歩く死体になったような気分だった。
そして何より悲惨なのは、この男と同じ部屋に閉じ込められていること。
亜久摩慎。通称『ナイトメア』。
彼は床に座り、冷たい壁に背を預けながら、想像上のキーボードを叩くように細い指先で床を叩き続けている。モニターの前で夜更かしを続けたせいで窪んだ暗い瞳が、ずっと私を追ってくる。瞬きもしない。まるでもう何年も私をつけ狙ってきた捕食者のようだ。
「そんな風に見ないでよ、慎。反吐が出るわ」
私は自分の体を抱きしめながら、低い声で吐き捨てた。
「厚化粧がないと随分違って見えるね、朱里ちゃん」
彼の声は掠れ、サンドペーパーが擦れるような音がした。
「でも心配しないで。君のことはあらゆる状態で見てきたから。寝起きの顔も、アンチのせいで泣いている姿も、マンションで着替えている時も……君が塞ぎ忘れたウェブカメラの隙間からね」
地下壕の気温よりも鋭い寒気が、私の背中を這い上がった。彼は本当に怪物だ。私のコンテンツのためにファンを自殺へと追い込んだ、私のストーカー。
だが、私はこういう男の扱いを知っている。現実の愛情に飢えた非社交的な男の。
私はゆっくりと近づき、髪をわざと乱して顔の一部を覆い、か弱さを演出した。彼の前にしゃがみ込み、私の香水の残り香を彼が嗅げる距離まで。
「慎……」私は囁き、震える指先で彼の膝に触れた。完璧な演技だ。「私を助けてくれるのは、貴方だけよね? 貴方は賢いもの。『ナイトメア』だもの。このシステムをハッキングできるんでしょ? ここから出してくれるわよね?」
慎の瞳がギラリと光った。普段なら画面越しにしか拝めない『女神』が、今自分に縋っている。その瞬間を、彼は心から愉しんでいるようだった。
「このシステムは物理的に孤立しているんだ、朱里ちゃん。エア・ギャップだ」
慎は乾いた笑い声を漏らした。「でも、投票のアルゴリズムを操作することならできる……僕がその気になればね」
「お願い……私のためにやって」
顔を寄せ、唇の距離を数センチまで縮める。壁のモニターに映る彼の心拍数が跳ね上がる。ビンゴ。「ここから出られたら、私は貴方のものになるわ。フォロワーのものじゃない。貴方だけのもの」
これこそが『トキシック・バリデーション(毒を含んだ肯定)』だ。彼の執着が現実になるという偽りの希望を与える。内心では吐き気がしていても。
慎が不意に私の手首を掴んだ。悲鳴を上げそうになるほど強い力だったが、『ミラーペイン』の誘発を恐れて必死に耐えた。
「嘘つきだね、朱里ちゃん」彼は私の顔のすぐ側で囁いた。「君は自分しか愛せない自己愛性ソシオパスだ。僕を防火壁にしたいだけだろ? もし投票が君に集まっても、僕が身代わりに『処置』を受けるように」
私は言葉を失った。心臓が激しく脈打つ。
「でも、それでいい」慎は荒れた唇を舐めながら続けた。「君の嘘が好きだ。その方がより『リアル』に感じられるから。投票の操作は手伝ってあげるよ。でも、僕が君を救うたびに、君はSNSでは共有できないもので支払いをしなければならない。とても……プライベートなことでね」
彼は私をさらに引き寄せ、視線を固定した。私は腐敗した寄生関係に囚われたことを悟った。彼は私の最も暗い秘密を知っている。私がわざとあの娘にサイバー・ブリング(ネットいじめ)を仕掛けて首を吊らせたことを。そして、それを私の首を絞る縄として使っているのだ。
我々《われわれ》は互いを憎み合っている。だが、この富士Qの地下で、私は彼の脳を、彼は自らの執着を必要としていた。
『投票終了。データ処理中……』
その機械音は死刑宣告のように響いた。画面上では、犬神江戸と影山蓮の名が競い合っている。だが、突如としてグラフが不自然に変動した。別の名が急速に上昇し始めたのだ。
私は慎を盗み見た。彼は満面の笑み《えみ》を浮かべ、指先をまるでバイナリ・コードの上で踊らせるかのように虚空で動かしていた。
「誰を選んだの、慎?」私は恐怖に震えながら囁いた。
「このショーを最高に……教育的にしてくれる人さ」
彼は低く笑いながら答えた。
画面の点滅が止まる。巨大な赤いバツ印と共に、一枚の写真が表示された。
最初の標的、舌切除術の犠牲者が決定した。そして、その犠牲者の名を目にした瞬間、私はこの部屋での裏切りが想像よりも遥かに速く進んでいることを悟った。




