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第二話:犬神 江戸

 わたしは『つみ』という概念がいねん一度いちどしんじたことはない。わたしにとって、人間にんげんとはたんなる炭素たんそ組織そしき神経しんけい回路かいろ、そして偶然ぐうぜんにも言葉ことばする生化学せいかがく反応はんのう集合体しゅうごうたいぎない。しかし、いまわたし手首てくびにあるこれは、おぞましくも技術的ぎじゅつてき最高さいこう傑作けっさくえた。


わたしはゆっくりと立ち上がり、わずかにみだれたシャツのえりととのえた。周囲しゅういでは、かれらがいまだに鞭打むちうたれたけもののようにゆかまわっている。政治家せいじか影山かげやまれんは、解剖学かいぼうがく的には無傷むきずなはずのうで必死ひっしさえていた。


――人工的じんこうてき誘発ゆうはつされた心身しんしんしょう


 ブレスレットの金属きんぞく表面ひょうめん指先ゆびさきれる。つめたい。超音波ちょうおんぱトランスデューサーによる微細びさい振動しんどうかんじる。


興味深きょうみぶかいな」

 わたしつぶやいた。


なに興味深きょうみぶかいよ、江戸えど! わたしたち、ここでぬのよ!」

 朱里あかり――わたしあわれないもうとが、嗚咽おえつじりにさけぶ。彼女かのじょ先程さきほど機械きかいはりによる裂傷れっしょう部位ぶいかかえていた。


わたしまばたきもせずに彼女かのじょ見据みすえた。

医学的いがくてきえば、手荒てあらな骨髄こつずい採取さいしゅ程度ていどぬことはない、朱里あかり。だが、そうやってさけつづければ、きみ心拍数しんぱくすう頻脈ひんみゃく閾値いきちたっし、部屋へや全体ぜんいんに『ミラーペイン』を誘発ゆうはつする。だまれ。さもなくば、わたしいまここで麻酔ますいなしの緊急きんきゅう気管きかん切開せっかいおこなってやろうか」


彼女かのじょ絶句ぜっくし、かお蒼白そうはくにした。わたしおどしをっているのではないと理解りかいしたのだ。


 わたし施設しせつの隅々《すみずみ》を観察かんさつしながらあるき始めた。ここはたんなる地下ちかごうではない。ハイテクな外科げか展示てんじじょうだ。


――分析ぶんせき中枢ちゅうすう神経しんけいけいへの介入かいにゅう


 このシステムは、のう感覚かんかく中継ちゅうけい拠点きょてんである視床ししょうをバイパスしている。体性たいせい感覚かんかくまれたチップは、おそらく医療いりょう市場しじょうには投入とうにゅう次世代じせだいニューラル・リンク・プロトコルを使用しようしている。朱里あかり苦痛くつう信号しんごう無線むせん中央ちゅうおうサーバへおくられ、校正こうせいされたあとに、我々《われわれ》各自かくじのチップへさい照射しょうしゃされているのだ。


 これこそが『合成ごうせい共感覚きょうかんかく』。視覚しかく刺激しげきを、リアルな肉体的にくてきてき苦痛くつうへと変換へんかんする。


しかし、いかなるシステムにもレイテンシ(遅延ちえん)は存在そんざいする。


 かべ心拍しんぱくモニターを注視ちゅうしする。影山かげやまさけんださい、ブレスレットのアラームがるまでにやく〇・四秒よんびょうのラグがあった。つまり、苦痛くつうおくかえされるまえに、中央ちゅうおうサーバでのデータ暗号あんごうプロセスがはさまっている。もしわたし意図的いとてきに『神経しんけい原性げんせいショック』を誘発ゆうはつできれば、神経しんけいんでいる、あるいは反応はんのうであるとシステムをあざむけるかもしれん。


先生せんせい……たすけて……」


 あしまる。橋姫はしひめ美月みつき――一見いっけんしてもろそうな主婦しゅふが、わたし白衣はくいすそつかんでいた。そのひとみうるみ、即時そくじてき心的しんてき外傷がいしょうストレスの兆候ちょうこうせている。


瞳孔どうこう観察かんさつする。縮瞳しゅくどう不自然ふしぜんなほどに収縮しゅうしゅくしている。つめたいが、その指先ゆびさきからはわたしかすかなにおいがした。この部屋へや消毒液しょうどくえきではない。


 ――さん酸化さんか


 興味深きょうみぶかい。彼女かのじょ犠牲者ぎせいしゃのようにっているが、その化学かがくしゅうべつ物語ものがたりかたっている。彼女かのじょ忍耐にんたいづよ毒殺どくさつだ。


毒物どくぶつ残渣ざんさがついたわたしれるな、橋姫はしひめ夫人ふじん

 耳元みみもとささやくと、彼女かのじょあえぎ、その表情ひょうじょう一瞬いっしゅん脆弱ぜいじゃくなものから硬直こうちょくしたものへとわった。


わたしふたた巨大きょだいスクリーンをた。そこにはいま人体じんたい解剖かいぼう表示ひょうじされている。投票とうひょうつぎなる標的ターゲットあらわれた。あかいバツじるしをつけられた、人間にんげんした


 ――ぜっ切除せつじょじゅつ


 影山かげやまれん視線しせんおくる。したは、大衆たいしゅうあざむくための政治家せいじか最大さいだい武器ぶきだ。この実験じっけんの『設計せっけいしゃ』は、じつ悪趣味あくしゅみ心理的しんりてきユーモアのぬしらしい。


全員ぜんいんけ」

 無機質むきしつ部屋へやわたしこえひびく。

投票とうひょう開始かいしまで三十分さんじゅっぷんある。生きのこりたければ、精神せいしん患者かんじゃのようにわめくのはやめて論理的ろんりてきかんがえろ。さもなくば、機械きかいてきしたを切りかれ、自分じぶん窒息ちっそくする感覚かんかくを『ミラーペイン』をとおして全員ぜんいん共有きょうゆうすることになる」


 かれらのひとみ純粋じゅんすい恐怖きょうふ宿やどる。だが視界しかいはしで、わたし影山かげやま美月みつきあゆるのをとらえていた。『捕食ほしょくしゃ』はたてもとめ、『毒殺どくさつ』は庇護ひごもとめている。


 このゲームは共感きょうかんなどではない。本物ほんもののメスがはだれるまえに、だれもっとはや他人たにん精神せいしん解体かいたいできるかの競争きょうそうだ。

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