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第十二話:犬神 江戸

 自動じどう清掃せいそうユニット――吸引きゅういんアームをそなえた円盤えんばんがたのロボット――が、先程さきほどまみれの処置しょち残骸ざんがいきよはじめ、地下ちかごうゆかかすかにふるえた。ほか参加さんかしゃたちが精神せいしんてき混乱こんらんおちいなかわたしはこの瞬間しゅんかん利用りようした。


 システムによって機械きかいてきわされた口元くちもといまだにうずくが、いたみはデータであり、データは道標みちしるべだ。


 わたしは、背面はいめんかべにある医療いりょう廃棄はいきぶつ投入とうにゅうぐちへとかう清掃せいそうユニットのひとつをった。廃棄はいきぐちいた瞬間しゅんかんわたしせま隙間すきまつけた。この部屋へや未来みらいてきなテクノロジーとは対照たいしょう的な、ほこりかぶった手動しゅどう制御せいぎょパネルだ。


 指先ゆびさきをパネルの隙間すきまに差し込み、つめがれそうになるのもいとわず無理やりがした。なかにはケーブルだけでなく、記録きろく保管ほかんがあった。一種いっしゅ変異アノマリーだ。デジタル全盛ぜんせい二千二十六にせんじゅうにろくねんにおいて、かみ記録きろく化石かせきひとしい。


 わたしばんだひとつのかわ表紙びょうしのファイルを引きいた。その表紙ひょうしには、わたしがよく紋章もんしょうきざまれていた。――『犬神いぬがみ一族いちぞく伊邪那美いざなみ神経しんけいリサーチ部門ぶもん(一九九八ー二〇一〇)』。


 わたしわずかにふるえた。わたしにはめずらしい生理せいり反応はんのうだ。


 一ページくと、ふる写真しゃしん一枚いちまいこぼれ落ちた。んでいるが、どこかうつろな眼差しをしたちいさな少女しょうじょ。しおり、そのものだ。写真しゃしんしたには被験者ひけんしゃコードがしるされていた。――『SUBJECTー00:悔悟かいごプロトコル』。


 診断しんだんめい先天せんてんせいつうかんしょう(CIP)。まれつき身体しんたいてきいたみをかんじることができない、稀少きしょう遺伝いでんせい疾患しっかん


 つぎのページをめくる。そのカルテには、責任せきにん研究けんきゅうしゃとしてわたしちち犬神いぬがみ龍馬りょうま記載きさいされていた。


実験じっけん記録きろく(二〇〇八年ねん)】

被験者ひけんしゃ〇〇はいたみへの反応はんのういているため、基本的きほんてき共感きょうかん能力のうりょくゆうしていない。反復はんぷくてき神経しんけい刺激しげきによる「強制きょうせい共感きょうかんインプラント」を試行しこう実験じっけん失敗しっぱい被験者ひけんしゃは「感情かんじょうのオーバーロード」をこし、防衛ぼうええい本能ほんのうとしてきわめて高度こうど操作そうさてきサイコパシーの兆候ちょうこうしめす。結論けつろん不全ふぜんひん推奨すいしょう:処分《しょぶん(ターミネーション)》。』


 最後さいごのページにある被験者ひけんしゃ本名ほんみょうに、わたし釘付くぎづけになった。

 氏名しめい犬神いぬがみ紗理さり別名べつめい伊邪那美いざなみしおり。


――ドクン、と鼓動こどうねた。


 紗理さりは、医学いがくてき失敗しっぱいさくとして家系かけいから「抹消まっしょう」されたわたしたちの異母いぼまいだったのだ。彼女かのじょは我々《われわれ》の犠牲者ぎせいしゃ生存せいぞんしゃなどではない。我々《われわれ》の一族いちぞくみずからが生み出した怪物かいぶつなのだ。


 彼女かのじょまれつきいたみをかんじることができない。だからこそ『ミラーペイン』は彼女かのじょには通用つうようしない。わたしたちが悲鳴ひめいげているあいだ彼女かのじょいたりをしていただけなのだ。人間にんげん苦痛くつうとどかない場所ばしょに立つ、ただひと観察かんさつしゃ


 突如とつじょとして、んでいたファイルのうえかげが落ちた。


 振り返ると、しおり――いや、紗理さりがすぐ背後はいごに立っていた。彼女かのじょはもはやおびえる演技えんぎなどしていない。ファイルを見つめ、それから自慢じまんせる子供こどものような、あまりにも純粋じゅんすいな笑みをわたしに向けた。


江戸えどにいちゃん」彼女かのじょささやいた。システムをとおしたゆがんだこえではない、やさしく、そしてつめたいこえだ。「貴方あなたはいつも家族かぞくなか一番いちばんかしこかったわ。おとう様の秘密ひみつくことのできない悪魔あくまの作りかたを見つけちゃったのね」


 わたしこえそうとしたが、うしなわれたしたからは不明瞭ふめいりょううめきしかれない。


無理むりしないで、おにいちゃん」紗理さりこおりのようにつめたい指先ゆびさきわたしほおでた。「おとう様は、わたし拷問ごうもんすることで共感きょうかんまなばせようとした。だからいまわたしはその理論りろん貴方あなたたちで実践じっせんしているの。わたしいたみをかんじられないのなら、わたし世界せかいそのものを『いたみ』でたせばいいのよ」


 彼女かのじょわたしからファイルをうばると、医療いりょう廃棄はいきぶつ粉砕ふんさいぐちへと投げ捨てた。


ってる、おにいちゃん? 貴方あなた犬神いぬがみ最高さいこう成功せいこうさくよ。冷徹れいてつ天才てんさい外科げか。でもわたしは? わたしかれらのもっと正直しょうじき芸術げいじゅつ作品さくひんなの。さて、せてほしいわ……貴方あなた犬神いぬがみとしてまれたことを心底しんそこ後悔こうかい』するまで、あとどれくらいの部位パーツを切りはなせばいいのかしら」


 彼女かのじょひるがえり、呆然ぼうぜんとするわたしのこしてっていった。


 この地下ちかごうなかで、わたしはいかなる外科げか処置しょちよりもおそろしい事実じじつさとった。わたしたちは救済きゅうさい施設しせつになどいない。生涯しょうがいとおじていたみをきんじられたひと少女しょうじょの、憎悪ぞうおちた胎内たいないにいるのだ。そしていま彼女かのじょは我々《われわれ》の神経しんけいとおして、そのいたみを産みとそうとしている。

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