第十一話:犬神 朱里
私の世界は、疼きを伴う真っ黒なキャンバスだ。眼窩の奥の痛みは消えず、不規則な鼓動に合わせて未だに脈打っている。だが、この永遠の闇の中で、私の聴覚は剃刀のように鋭く研ぎ澄まされていた。
しおりの冷徹な声、慎の卑屈な恐怖、そしてついに……その宣告が聞こえた。
『標的:阿久津慎。処置:両側眼球摘出術』
その瞬間、私の精神の何かが決定的に弾けた。悲しみからではない。魂の底から湧き上がる、あまりにも純粋な悦楽のせいだ。
「ははは……ははははは!」
笑いがこみ上げてきた。自分の耳にも見知らぬ声に聞こえる――掠れて、乾いて、狂気に満ちた笑い声。表情筋が大きく吊り上がるたび、頬に固まった返り血がバリバリと剥がれるのを感じる。
「朱里ちゃん? なんで笑ってるの!? 僕は全部、君のためにやったんだよ!」慎が叫ぶ。ロボットアームが近づくにつれ、その声は絶望で甲高くなっていく。
「私のため、慎? 貴方は私を崇める世界を見せないために、目を抉ったのよ! 貴方の闇の中で私を腐らせたかっただけでしょう!」私は虚空を見つめたまま、声のする方へ怒鳴り散らした。「さあ、味わいなさい! 光を失う感覚を! 貴方が犠牲者たちにしてきたように、自分が見世物になる気分をね!」
「い、嫌だ! しおり、止めてくれ! 協力するから! この施設のソースコードを……ああああああああああ!」
油圧音が響く。電気メスのジリジリという音。そして、聞き覚えのある絶叫。
『ミラーペイン』が再び共鳴し始める。
眼窩の引きかけた痛みが、倍の力で戻ってきた。まるで見えない手が、空っぽの穴に焼け付いた釘を打ち込んでくるかのようだ。私は頭を抱えて蹲ったが、呻きの間からも笑い声が漏れ出す。
「そうよ……痛いでしょう? 堪らなく痛いわよね、慎?!」私は歓喜に震えて叫んだ。「これこそ貴方が望んだ愛よ! 二人で一緒に目を失うの! 貴方はもう二度と私の美しさを見られないし、私も貴方の反吐が出るような顔を見なくて済む! これ以上にロマンチックな献身があるかしら?」
部屋の反対側から、兄である江戸の気配を感じる。その沈黙は重苦しい。彼がこの惨劇を、分析的な医師の目で見守っているのが分かる。激痛に悶えながら、血溜まりの上で高笑いする妹の姿を。
「先生……」私の声は潜められ、致命的な囁きへと変わる。「教えて……彼は血の涙を流している? 私みたいに、綺麗に見えるかしら?」
江戸は答えない。ただ一瞬、冷たい手を私の肩に置いた。――それは兄としての情ではなく、被験者の精神崩壊を記録する観察者としての接触だった。
慎の叫び声が止まった。聞こえるのは、荒い呼吸と、金属トレイに二つの小さな物体が落ちる音だけだ。カラン、カラン。
「朱里……」慎の声は弱々《よわよわ》しく、ショックで震えていた。「何も……見えないんだ……」
「素敵ね」私は鼻を突く血の臭いを頼りに、彼の声の方へと這い寄った。震える手を見つけて固く握りしめ、爪をその皮膚に食い込ませる。「これで本当にお似合いよ、貴方。貴方と私、そしてこの痛みだけ……永遠にね」
これこそが私たちの『ダーク・ロマンス』。清潔な富士急地下壕の下で、私たちの愛は失敗した外科手術へと成り果てた。
しおりが私たちの傍に立ち、満足げな死神のような声で告げた。
「見て? これで貴方たちは完璧な『共感』を手に入れたのよ。同じ時に、同じ苦痛を分かち合う。ソシオパス(社会病質者)の恋人たちにとって、これほど美しい結末はないと思わない?」
私は崩れ果てた慎を抱きしめた。愛からではない。この接触を通じて、私の憎悪を一インチ残さず彼に味わわせるためだ。私たちは、しおりが描いた狂気の最高傑作だった。




