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騎士ベアトリーチェの幸福  作者: 矢口愛留


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第四話


 次の休みの日。

 ベアトリーチェとロディは騎士団の詰め所前で待ち合わせをして、商業街へと繰り出すことになった。


 待ち合わせの五分前に、詰め所の前に到着する。

 ロディはベアトリーチェより先に来ていたようだ。


 ベアトリーチェはロディの所へ小走りで向かおうとしたが、途中で足を止めた。


「あれは……団長?」


 私服姿のロディの前に、いつも通り騎士服をまとったアランがいたのである。


 ロディは、どうやらアランと何か重要な話をしているようだった。

 アランの背中越しに、真剣な表情で頷いているロディの顔が見える。


 ベアトリーチェが話しかけるのをためらっていると、突如アランが顔だけこちらへと振り返り、片方の口角を上げた。

 アランはロディの肩をぽんと叩いて、そのまま詰め所の中へ入っていく。


「あ、ベアトリーチェさん! おはようございます!」


「ん、ああ……おはよう」


 ベアトリーチェに挨拶をするロディは、いつも通りの明るく優しげな笑顔を浮かべていた。


 アランと何を話していたのか、気にならないと言えば嘘だったが、ベアトリーチェは尋ねなかった。

 個人的なことかもしれないし、必要なことならばロディから話してくれるだろう。


「わあ、私服姿のベアトリーチェさんも素敵ですね!」


 ロディは琥珀色の瞳をきらきらと輝かせて、ベアトリーチェを眩しそうに見つめている。

 真っ直ぐな言葉で褒められることに慣れていないベアトリーチェは、目をぱちぱちと瞬かせて固まってしまった。


 今日のベアトリーチェは、丈の長いワンピースとロングブーツを着用していた。

 王都は比較的暖かい気候だが、街歩きをするにはまだ寒いので、その上にショールとコートを羽織っている。

 私服姿なので気づかれないとは思うが、市井でそこそこ有名人なベアトリーチェには、顔を隠すための帽子も欠かせない。


「うん、騎士服もとてもお似合いですけど、私服も好きだなあ。脚が長いからでしょうか、スカートがよく似合いますね。すごく綺麗です」


「あ、ありがとう。ロディも、よく似合っているぞ」


「わ、本当ですか? 実は僕、王都に来てから碌に買い物にも出ていないので、ほとんど服を持っていなくて。これも実家から持ってきた服なので、流行遅れになっていたらどうしようと思っていたんですけど、安心しました」


 ロディが着用しているのは、シンプルなシャツとベスト、スラックスの組み合わせ。いずれも上質な物だ。

 上に羽織っているロングコートも、流行に左右されにくい衣服である。


「問題ない。定番の組み合わせだし、この先も流行に関係なく着られるんじゃないか? それに……、いや、やはりやめておく」


「えーっ、何ですか、気になるじゃないですか」


 ベアトリーチェは、唇を尖らせて顔を背けた。

 ロディが自分を褒めてくれたように、彼のことも褒めようと思ったのだが、「格好良い」以外の語彙が出てこなかったのだ。


 いつもシンプルな髪紐で束ねられているクリーム色の髪は、今日は下ろされている。

 片方は耳に掛けられ、もう片側は形良いアーモンドアイをふわりと覆い隠していて、優美な雰囲気がさらに増して普段よりも大人っぽく見えた。


「さあ、それより、そろそろ行くぞ。市街地は広いから、急がないと一日では回りきれないからな」


 ベアトリーチェが急かすと、ロディは「了解です」と笑いをこぼして、隣に並び歩き始めたのだった。


「ところで、ベアトリーチェさん。その帽子、お顔を隠すためですよね?」


「ああ、そうだ。勤務時間外に市民に話しかけられるのは、少し面倒だからな」


「でしたら、呼び方も変えた方がいいですよね」


「確かにそうだな」


 ロディの言うことにも一理ある。

 せっかく私服を着てつば広の帽子を被っていても、ベアトリーチェと呼ばれたら、気がつかれてしまうかもしれない。


「じゃあ、僕も皆さんと同じように、ベアさんって呼んでもいいですか?」


 ロディは、はにかんだような笑みを浮かべて、首を傾ける。


 ベアトリーチェは、それを見て胸の奥がわずかに軋むような、不思議な感覚になった。

 見目は普段よりも大人っぽくて格好良いのに、その仕草は何だか可愛くて、少しちぐはぐな感じがしたからかもしれない。


「――ビーチェだ」


「え?」


「親しい者は、私をビーチェと呼ぶ」


 ベアトリーチェはそう言って、ゆるりとロディに笑いかけた。

 ロディは一瞬、驚きに目をみはったが、その目はすぐに嬉しそうに細まる。


「ビーチェ、さん?」


「ああ」


 おずおずと自分の名を呼ぶロディに、ベアトリーチェの頬は自然と緩んでいく。


 兄に呼ばれても何も感じないが、ロディに呼ばれると何だかむずがゆいような、特別な響きに感じるのは何故だろうか。


「ふふ。ビーチェさん、可愛い響きです」


「ロディは私をおだてるのが上手いな」


「えーっ、本気ですよ?」


 ふにゃりと綻んでいるであろう口元を隠すように、ベアトリーチェは、指先で引き上げたストールに顔を埋めた。





 市街地に到着した二人は、事前に約束していた通り、商業区へ向かった。


 王都は、王宮を中心に綺麗に区画整理されている。なので、住所を尋ねられてその場所に案内するだけであれば、あまり難しくはない。


 しかし実際に街で尋ねられるのは、施設名や店名である場合がほとんどだ。そのため、実際には店そのものの場所か、目印になりそうな施設の場所を把握していないと答えられないことが多い。


「さて、まず最初に、王都で道を尋ねられた時に最も役に立つ場所がここだ」


「観光案内所……ですか?」


 ベアトリーチェは頷いた。


「我々の主業務は、道案内でも、まして観光案内でもない。あくまで、街の治安を維持するのが騎士の仕事だ。だから、案内に自信がなければ、素直に観光案内所の場所を教えれば良い」


「はは、確かにそれはそうですね」


 観光案内所には大きく細かい地図や、住所の分かる店名施設名の目録が置いてある。

 自分で調べることもできるし、銅貨を払えば係員が一緒に調べてくれるので、困った時にはここを頼るのが一番早い。


 しかし、観光案内所があるからといって、全てが円満に解決するというわけではない。

 ベアトリーチェは、地図を見ながらしきりに頷いているロディに釘をさした。


「だがロディ。無闇矢鱈と全て観光案内所を頼るのも問題だぞ。例えば、目的地のすぐそばで迷ってしまった人や、足腰の悪い人に対して、『入り口に観光案内所がありますのでそちらへどうぞ』と言うのは、あまりにも不親切だろう」


「うーん、それも確かにそうですね」


「だからこそ、迷いやすい位置にある有名店や施設の場所は、自分でも把握しておいた方がいい。聞かれる店や施設は、大体決まっているからな」


「なるほど……」


 ロディは顎に手を当て、今度はベアトリーチェの方を真っ直ぐに見ながら頷いている。どうやら納得してくれたらしい。


「分かってくれて嬉しいよ。では、早速街を歩いてみようか」


「はい!」


 ロディが元気に頷き、ベアトリーチェは「ふふ」と笑いをこぼす。

 それを見て、ロディも嬉しそうな優美な笑みを浮かべたのだった。


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