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騎士ベアトリーチェの幸福  作者: 矢口愛留


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第十六話


 その後。

 王都から応援の騎士たちが駆けつけ、精錬所は制圧された。

 予想通り、精錬所に続く崖沿いの道は、クルス子爵領の宿場町に続いていた。


 精錬所から続くもう一方の道はやはり隣国方面に伸びており、山をくりぬいたトンネルで隣国と繋がっていた。これならば、関所のあるオルソン辺境伯領を通らずとも、国境を越えることができる。


 王国の外交官を通してすぐに隣国に確認を入れたところ、隣国からは、『ラッセル子爵と当国の一領主が勝手に行ったことであり、国としては関与しない。該当領主にはこちらで処罰を下す。王国に対しては、ラッセル子爵の処罰を行えば、国としての責任は求めない』という回答が返ってきた。


 ラッセル子爵は一族郎党の処刑が決定している。


 もちろん、トンネルは即座に埋めることになり、すでに工事も始まっている。

 事実はどうあれ、休戦協定を結んでいる隣国とまた戦争になるといった事態は避けられそうで、ベアトリーチェたちはホッと胸をなで下ろした。



 そして、鉄鉱石の採掘源となっていたクルス子爵領。

 こちらは、ラッセル子爵に加担していたことにもなるが、被害者でもあるという複雑な立場である。


 鉄鉱石の産出が続いているにもかかわらず、それを把握していなかったこと。

 新街道の宿場町から続いていた道の存在に気がつかなかったこと。


 領主という立場であれば、普通なら、「知らなかった」ということ自体が罪となる。


 しかし。

 現クルス子爵レオンが当主となったのが若年であったこと、その後は貴族学園に通うために王都に出て、そのままずっと王都で職務をこなしていたこと、領地の管理責任者であった祖父が既に亡くなっていること――これらの事情を鑑み、子爵位から男爵位への降爵という処分に落ち着いた。


 無罪放免とはいかないためこのような決定となったが、降爵となれば社交費が減額するため、資金繰りが苦しくなっていたクルス家にとってはありがたい処分でもあった。



 ちなみに、ラッセル子爵の子息カルロスがベアトリーチェとの婚約を破棄したのは、今回の件とはあまり関係がないことが判明した。

 婚約を結んだ背景には、ラッセル子爵がクルス子爵領内で動きやすくするため等の理由があったようだが、カルロスとベアトリーチェの相性が最悪だったのも、結婚する日が近づいて来たのが心底嫌になったカルロスが勝手に婚約破棄を言い渡したのも、想定外だったらしい。

 それでも、鉄鉱石の横流しはすでに軌道に乗っていたので、ラッセル子爵は息子の勝手な婚約破棄を受け入れたようだ。




 こうして、ベアトリーチェたちの越境捜査は終了した。


 しかし、今回の捜査は、結果としてベアトリーチェの生活に大きな変化を強いることとなった。


「――団長。寮に入れないとは、どういうことでしょうか」


 王都に戻って様々な処分が決定したあと、ベアトリーチェは困り顔でアランに詰め寄っていた。


 クルス家の降爵に伴って、レオンは王都のタウンハウスを引き払い、クルス男爵領に戻ることに決まったのである。

 貴族街の端、小さなタウンハウスとはいえ、王宮に近い便利な立地だ。買い手はいくらでもつく。


 そういう訳で、ベアトリーチェは急いで家探しを始めることになった。

 しかし、街を歩けばほぼ確実に声をかけられるベアトリーチェだ。変な所に住むわけにもいかず、安全面でもしっかりしていて職場にも近い、騎士団の寮に入るのがベストなのである。


「そのままの意味だ。騎士団には女子寮はない。かといって、男だらけの寮にお前さんを放り込む訳にもいかねえだろ」


「私は気にしませんが……」


「男共が気にするんだよ」


 ベアトリーチェは食い下がるが、アランは頑として首を縦に振らない。


「家を探してるんなら、ロディと一緒に住めばいいじゃねえか。結婚すんだろ?」


 アランはにやりと意地悪く口角を上げる。

 声のトーンを落とすわけでもなく、人払いをするわけでもなくそんなことを言うものだから、ベアトリーチェの顔がぽふんと茹で上がった。


「そっ、それはそうですが、まだ婚約したばかりで同棲など……」


「それこそお前さんが一人暮らしする方が、あいつにとってはよっぽど心配なんじゃないか? 何なら毎日押しかけて結局半同棲状態になるのがオチだと思うぞ」


「……それも確かにそうかも……」


 ロディはなんだかんだ理由をつけて自分が住めるようなスペースを確保しようとしそうだし、ベアトリーチェも彼に絆され押し切られるようにして許してしまいそうだ。

 どうもベアトリーチェは、ロディのあの笑顔に弱いらしい。


「まあ、それにしても、良かったな。全部丸く収まって」


「――はい。全て団長のおかげです。心より感謝申し上げます」


「ふ、だから言ったろ? 適任だって」


 アランはいつものように意地悪に口角を上げるのではなく、優しく柔らかな微笑みを浮かべていた。

 年長者が持つ包み込むようなその表情は、どことなくロディの優美な笑顔と似ていて、ベアトリーチェの口元は綻ぶ。


「団長のおっしゃることは、いつも恐ろしいぐらい正しいですね」


「はん、それは買い被りだ。最善に至る道を選んで幸福をつかみ取ったのは、お前自身だよ。ベア」


 団長はそう言うが、彼の導きがなければ得られなかった幸福だ。


 互いを尊重し、想い合える人と婚約をして。

 結婚後も騎士の仕事を続けることを許してもらえて。

 さらには――、


「さて、それよりそろそろ時間だ。王女殿下のところへ行ってやれ。王女殿下のデビュタントの警備なんて、新部隊として最高に華々しいスタートじゃないか――なあ、ベアトリーチェ・クルス隊長」


「――はい! 行って参ります!」


 ベアトリーチェは、姿勢を正し、凜とした声で返答する。


 胸に手を当て騎士の礼をして、ベアトリーチェは踵を返した。

 王妃殿下と王女殿下が新部隊のためにデザインしてくれた、新しい騎士服の飾りがひらりと翻る。

 胸には、王国騎士団の各部隊長だけが身につけることを許された徽章が輝いていた。


 王国騎士団本部所属の新部隊、姫騎士隊(プリンセス・ナイツ)

 女性隊員だけで構成されたこの新しい部隊は、設立早々、あちらこちらから「待っていました」との声が上がり、出動依頼が殺到していた。


 貴族の令嬢であろうと、夫人であろうと、騎士として立ち続けることを皆が理解し、歓迎してくれる。


 女性であろうが、身分がどうであろうが、どんな仕事であろうが、意思さえあれば、どこでだって輝ける。

 チャンスはどこにだって転がっている。

 誰だって、輝いて良いのだ。


 各所から上がっている依頼の声は、ベアトリーチェだけではなく、皆もそう思っている証左に他ならない。


 だから、ベアトリーチェは胸を張って、堂々と歩く。


「――ふふ。ここまで、あっという間だったな」


 ロディからのプロポーズと、婚約。

 彼の本当の身分。家族。出生の秘密。 

 姫騎士隊(プリンセス・ナイツ)設立に至るまでのあれこれ。


 王宮に向かって歩きながら、ベアトリーチェは、越境捜査から今に至るまでのことを思い返す――。




 次回完結です!

(先に予告しておきますが、最終話は約5000字とけっこう長めなのでご注意ください)

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