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騎士ベアトリーチェの幸福  作者: 矢口愛留


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第十五話


 隠しようもない大きな証拠を発見したベアトリーチェたちは、騎士団本部に応援を要請することにした。

 特別に調教された伝書鳩を利用して騎士団長アランに連絡を入れれば、なんと既にラッセル子爵領に向けて、騎士を出発させていたのだという。

 彼らが王都を出た日付から換算すれば、今日中にラッセル子爵領に到着する見込みである。

 相手が逃げる時間と、こちらが抑える時間との勝負だと思っていたベアトリーチェは、大層驚いた。


「……あのお人は、一体どこまで知っていて、何手先まで読んで行動するんだろうな」


「ふふ、ほんとにそれですよね。僕も常々疑問に思っていました」


 応援部隊は、ラッセル領の精錬所とクルス領の鉄鉱山にそれぞれ向かってくれる手筈だ。

 そちらの制圧は彼らに任せて、ベアトリーチェたちが向かうのは、ラッセル子爵の本邸である。


 ベアトリーチェとロディは、ロディ隊の面々に馬車の護衛と捕虜の見張りを任せて、二人で馬車に乗り込んだ。

 馬車はロディがクルス子爵領へ向かう際に乗っていたもので、ヴァレンタイン公爵家の家紋が入っている。


「ラッセル子爵か……」


 ベアトリーチェは、ふう、と深くため息をつく。

 息子のカルロスと婚約していた時から、ベアトリーチェはラッセル子爵一家が苦手だった。


「ビーチェさん、不安ですか?」


「……いや。少し憂鬱なだけだ。問題ない」


 今回の訪問は仕事の一環だ。私情は挟むべきではない。それは分かっているが、リラックスできる環境だと、どうしても本音がにじみ出してしまうらしい。


「あの、僕から提案があるんですけど、いいですか?」


「何だ」


「今回の訪問、僕がラッセル子爵と話をしても構いませんか?」


「ロディが? だが、しかし……」


「僕に考えがあるんです。ただ……少し、ビーチェさんに負担がかかるかもしれません」


「私なら構わない。何でも言ってくれ」


 そうしてロディが話してくれた案は、ベアトリーチェにとっても納得がいくものだった。

 なるほど確かに、その方が捜査の成功率が上がるかもしれない。ベアトリーチェは、ロディの案を承諾した。





 ロディを乗せた馬車は、ほどなくラッセル子爵家に到着した。

 ベアトリーチェは、ロディ隊の騎士と代わって、御者役として子爵家の門をくぐる。


 先触れもなく訪れたために、子爵家の家令が慌てて出てきた。彼に邸内へと案内されるロディたちを横目に、ベアトリーチェは馬車を預けるという名目で、馬車止めと厩舎のある子爵邸の裏手へと回った。

 本来なら馬車も馬もその屋敷の使用人に任せてしまうのが普通だが、「機密情報や大切な物が積んであるから、いっときも離れることができない」と伝えれば、使用人は素直に頷き厩舎に案内してくれた。


 子爵家の使用人たちは、御者がカルロスの元婚約者であることに一切気がつかなかったようだ。

 ベアトリーチェがつばのある帽子を被り、鼻から下を覆うようにストールを巻いていたこともあるし、ロディが非常に堂々とした立ち振る舞いで注目を集めていたことも理由だろう。彼の優美な所作も端正な顔立ちも人目を惹きつけるのだ。


 ベアトリーチェを案内した使用人が去って行ったのを確認し、行動を開始する。

 この屋敷には何度も来たことがあるので、建物の間取りや使用人の動線はおおよそ把握している。


「……馬鹿息子(カルロス)が私を毛嫌いしていたことが功を奏したな。おかげで、どこを通れば人に会わずに邸内に侵入できるか、手に取るように分かる」


 カルロスはベアトリーチェが訪問しているにもかかわらず、こちらのことを放置し、顔を見せないことすらあった。大抵、その時間は庭の散歩をしたり邸内を歩き回ったり、何なら訓練場で木剣を借りて素振りをしていたこともあるぐらいだ。


 ベアトリーチェは不敵な笑みをこぼして、庭の裏手から勝手口を通り、邸内に入っていった。


 そして。


「――見つけた」


 目的の人物が脇目もふらず、客間として使われているはずの一室に入っていくのを発見し、口角を上げたのだった。






「――ラッセル子爵、いい加減観念したらどうだ」


 ベアトリーチェがそっと扉を押し開けると、ロディの冷たい声が耳に入ってくる。ベアトリーチェがこれまで聞いたことのないような、低く威圧感のある声と口調だ。


「先ほども言ったが、そろそろ精錬所に王国騎士団が到着する頃だ。自ら罪を認め自供した方が、刑が軽くなるかもしれないぞ?」


「……ヴァレンタイン団長、あなたは観念だの自供だのと言いますが、儂はそんな道も施設も存じ上げないと言っているではありませんか。誰が何のために建てたのか、儂には一切想像がつきませぬ。それとも、儂が関与しているという証拠があるのですかな?」


「――証拠ならある!」


 ベアトリーチェがそう言いながら扉を大きく開けて室内に入ると、ラッセル子爵は、にたりとした笑みを顔に貼り付けたまま固まった。


「お、お、お前は!」


「お久しぶりです、ラッセル子爵」


「な、な、何故――」


「いえね、馬を厩舎に預けたあと、偶然懐かしい顔を見かけたもので。話しかけようと思ったのですが、急いでどこかへ向かっている様子だったので、追わせていただきました。そうしたら――ふふ、まさか客間の一室に隠し部屋を作っておいでだったとは」


 ベアトリーチェは、後ろ手に拘束していた、執事服姿の男を前に突き出す。


「驚きましたよ。まさか病気で退職したはずのうちの元家令が、こちらで働いているなんてね」


 隠し部屋の場所もすでに仲間の騎士に伝えてあり、誰も立ち入らないよう厳戒している。証拠品や資料の精査は、本物の(・・・)ヴァレンタイン団長が到着次第、行うことになるはずだ。


「鉄製品の取引先は、オルソン? レストレンジ? もしくは――隣の国?」


「――っ」


「分かりやすい反応だな。国内ならまだ余地があるものを、隣国に武器の原料を流すなど。国賊だぞ」


 ロディは地を這うような低い声で、ラッセル子爵を鋭く睨み付ける。

 子爵は椅子をなぎ倒しながら立ち上がり、逃亡を図った。部屋の入り口に陣取っていたベアトリーチェは、捕らえていた男を床に突き飛ばして転がすと、腰に差していた剣を抜き殺気を放つ。


「ひぃっ」


 ラッセル子爵は情けない声を上げて、再び腰を抜かした。ロディの方に視線を向けると、彼は目を細めて頷き、騎士服のポケットから拘束具を取り出す。


「では、ラッセル子爵。アラン・ヴァレンタイン団長がおいでになるまで、大人しくしていてもらいましょうか」


「な――」


 ロディがラッセル子爵に拘束具を取り付けると同時に、彼はいつもの優美な微笑みを浮かべ、普段通りの口調に戻った。だが、その目は全く笑っていない。

 ラッセル子爵は、これでもかと目を見開いている。


「どういうことだ! お前は、王国騎士団のヴァレンタイン団長ではないというのか? 儂を騙したのか!」


「嫌だなあ、騙してなどいませんよ。自分で勝手に誤解しただけでしょう。僕がやったことはたったのひとつ――ヴァレンタイン公爵家の家紋とこの金瞳を見せ、『王国騎士団のヴァレンタインだ』と名乗っただけ」


 ロディがそう言って肩をすくめると、ラッセル子爵は悔しそうにその場で崩れ落ちた。


「上手くいったようだな、ロディ」


 ベアトリーチェが剣を収めて声を掛けると、ロディは優美に目を細めて微笑む。


「はい。アラン叔父様も僕も社交の場から遠ざかっていたのが功を奏しましたね」


「ふふ。そうかもな」


 ベアトリーチェとロディは、微笑みながら見つめ合った。

 金色に輝くロディの瞳は、目がそらせないほど美しい。しかしベアトリーチェは二、三度瞬きをして、その瞳から視線を逸らした。


「さて。団長が到着するまで、もう一度屋敷内の捜査を――ん?」


 ベアトリーチェがそう言った途端、部屋の外から、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。


「父上っ、一体何が――」


 ノックもなしに無遠慮に部屋の扉を開け放ったのは、ベアトリーチェが最も会いたくなかった男。

 彼は拘束されているラッセル子爵の姿を見て、次にその隣にいたロディ、そして最後にベアトリーチェの方へ視線を向けた。

 彼は、怒りと驚きに顔を歪める。


「おいっ、どうしてお前がここにいる、熊女!」


「……五月蠅いのが来たな」


 ベアトリーチェがこれ見よがしにため息をつくと、ロディの雰囲気が再び極寒に変わった。


「何で父上が拘束されている! 熊女の分際で――」


「――お前がカルロス・ラッセルだな。国家反逆罪の容疑で拘束させてもらう」


「はあ!? どうして俺が国家反逆――ぐはぁっ!?」


 ロディは容赦なくカルロスの鳩尾に一発食らわせ、手際よく彼を拘束していく。


「な、なんで、殴……っ」


「黙れ。また口を開いたら、もう一度殴る」


「う、何でだよ、親父にも殴られたこと――ぐふぅっ」


 忠告をしたにもかかわらず無駄口を叩いたカルロスは、ロディの一撃にあえなく沈むこととなった。

 ロディは埃を払うように両の手をぱたぱたと打ち合わせて、とても良い笑顔をベアトリーチェに向ける。


「……さあて! ここは他の人と代わってもらって、僕たちは屋敷の捜索に戻りましょうか!」


「ふふ。ロディ、君、容赦ないな」


「そりゃあそうですよ。僕の大切なビーチェさんを傷つけまくった男でしょう? 殴り足りないぐらいです」


「――ありがとう、ロディ。ほんの少しだけ溜飲が下がったよ」


 ベアトリーチェがふわりと微笑むと、ロディは優しく目を細めて頷いたのだった。



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