第十二話
ベアトリーチェが提出した依頼書を見て、騎士団長アランはにやりと口角を上げた。
「これでよろしかったですか?」
「ああ、上出来だ」
アランは椅子から立ち上がると、朗々と声を張り上げる。
「騎士団長アラン・ヴァレンタインの名のもとに命ずる。ただいまより、特別捜査班を編成。今から指名する団員は、直ちにベアトリーチェ・クルスの指揮下に入り、クルス子爵領へ出立せよ」
アランは次々と団員を指名していくが、その人選にベアトリーチェは目を丸くした。
だが、途中で口を挟むわけにもいかない。他の団員たちにも、同じように動揺が走っている。
「――本部からは以上、四名だ。あとは諜報部から二名と、現地で数名の協力者が合流することになっている。出立は明日。以上、異論は認めない! 仕事に戻れ!」
異論は認めないと言われてしまった騎士団員たちは、不服そうにしながらも仕事に戻っていった。
ベアトリーチェのもとに、特別捜査班のメンバーたちが集まってくる。
「あの、団長……?」
ベアトリーチェははっきりと言葉にはせず、アランに問いかけた。
指定されたメンバーが、全員、騎士団ではごく珍しい、女性の団員たちだったからだ。
「何だ、不服か?」
「いえ。流石は団長です。私ではこのような采配、考えもしませんでした」
ベアトリーチェが目元を緩めると、アランは再び口角を上げた。
集まってきた女性騎士たちは、皆、目を輝かせてやる気に満ちあふれている。
「団長が整えて下さったこのチャンス、必ずものにしてみせます!」
「おう、頑張れよ。それから、これ。周辺地域の資料と地図だ。後で見とけ」
「……すでに何もかも手配済みなのですね。ありがとうございます」
ベアトリーチェが依頼書を提出したのは、いまのいまだ。なのに、先に資料や現地で協力してくれる者を確保済みということは、アランには、ベアトリーチェが早晩依頼を提出すると分かっていたのだろう。
「……まあ、お膳立てしたのは俺じゃねえんだけどな」
「――え?」
アランは意味深に笑みを深めて、ベアトリーチェにだけ聞こえるようにぼそりと呟いた。
なら誰が、と尋ねようとしたが、アランは首を横に振ったので、ベアトリーチェは口を噤んだ。
「いいか。これはお前ら全員にとって、大きなチャンスになる重要な案件だ。全力を尽くせよ」
「はっ!」
ベアトリーチェと、後ろに整列していた女性騎士たちは、声を合わせて敬礼をする。
アランのことだ、こうして女性団員だけを集めたのも、何か明確な意図を持った布石だろう。
ベアトリーチェは、何としても今回の案件を成功に導かなくてはならない。
女性騎士たちのためにも、クルス子爵家のためにも――そして自分のためにも。
*
こうして、ベアトリーチェたちはクルス子爵領と関係先の越境捜査に乗り出した。
現地に到着したベアトリーチェは、まず初めにクルス子爵家に寄り、兄レオンに騎士として対面した。
「レオナルド・クルス子爵にご挨拶申し上げます。騎士団を代表し、我々、クルス隊が今回の件について調査をいたします」
ベアトリーチェが改まってレオンに挨拶をする。
ぴしりと背筋を伸ばしたまま胸に手を当て、騎士の礼をすると、レオンも姿勢を正した。
「クルス隊の騎士の皆様。何卒よろしく頼みます」
レオンは、妹としてではなく一人の騎士として、ベアトリーチェに挨拶の言葉を述べる。
顔を上げて視線が絡んだその時に、彼は微笑んで小さく頷いた。
「承りました」
どこか安心したようなレオンの表情に背中を押されて、ベアトリーチェもわずかに口元を緩めると、再び礼をして、情報のすり合わせに入ったのだった。
「――八年前、旧街道の閉鎖。そこが明確な分岐点だ」
応接室のテーブルに広げられた、クルス子爵領と周辺地域の地図。
赤い印がつけられている箇所を、レオンは指でトントンと叩いた。
「父上と母上が亡くなった後、私が当主になって日が浅い頃のことだ。何故か急増した野盗と、何故か突然相次いだ土砂崩れを理由に、この旧街道を封鎖、別の迂回路を新街道として整備することが決まった」
「野盗の急増と、土砂崩れ……ですか」
「ああ。――私たちの両親が亡くなった時も、泥濘に車輪をとられて手間取っている間に、野盗に襲われただろう。旧街道に関する報告があったのは、あの事件から日が浅かったからね……私も祖父上も、野盗が憎く、それ以上に怖かったんだ。同じような事件事故を増やしたくないという思いから、詳しい調査の時間も惜しみ、その案を諾としてしまった」
レオンは「あの時にきちんと調査していれば」と悔しそうに首を振る。
「とにかく、その時点から、クルス子爵領内を通る人や物の動きが変化した。長く付き合いのあった商隊は少しずつ減ってゆき、その分、別の商隊が出入りするようになった。――緩やかに、違和感のない程度の変化だった」
レオンはそう言って、旧街道の時代と新街道に変わってからの、領を通行する主な商隊をまとめた表を、地図と並べて置いた。
「ビーチェ。君は、頻度こそ多くはないと思うけど、遠征に行くこともあるだろう? その時の兵站を思い出してほしい。そうして改めてこの表を見た時に、何か気がつくことはないかい?」
レオンにそう言われて、目の前に差し出されている表をよく見てみる。
「――これは」
古くから交流のある商会と、新街道が開通してから付き合うようになった商会。
その貨物の種類と量、そして馬車の台数を一覧にすることで、ベアトリーチェもようやくその違和感に気がついた。
「新しく参入した商会は、荷台の数と、積荷の量が一致していないように見受けられますね。それに……干し草の荷量が異様に多い」
「そう、その通り。冬ならまだしも、夏にもこんなに大量の干し草が必要になることなんてないだろう? これはまるで――」
「――軽く嵩張る干し草を隠れ蓑に使って、何か別のもの……例えば、重たい荷物を分散して運んでいる」
レオンはベアトリーチェの回答に、重々しく頷いた。
「とはいえ……他領まで行商へ行くからそちらで捌くのだと言われてしまえば、それまでだ。こちらにはどうすることもできない。クルス領内で積み下ろしをした荷物の量は記録する義務があるけれど、領をまたぐ取引となれば、こちらには他の荷台の精査をする権限はないからね」
商会の件は、レオンの言う通り、クルス家の調査ではこれ以上の進展は見込めないだろう。やはり、王国騎士団が介入する必要がありそうだ。
「それから。商会の動きを調べるのと同時に、新街道と旧街道にも改めてじっくり調査の手を入れたんだ。そうしたら、とんでもないことが発覚した」
レオンは、地図に描かれた新街道の、大きくうねってせり出している部分に指を動かした。
「新街道の途中に新設された宿場町、最も大きい宿の裏門から、密かに国境方面へ向けて新しい道が延びているらしいことが判明したんだ。クルス子爵領と国境の間にある領は、たったの三つ――オルソン、レストレンジ、そしてラッセル」
「……ラッセル?」
オルソン領とレストレンジ領は、クルス家と直接の関係はない。
問題は、ラッセル領だ。
――ベアトリーチェの元婚約者、カルロスの父親が治める領地である。
「もう一つある」
レオンは、続いて別の箇所を指差した。
新街道と、封鎖された旧街道が最も近づく箇所――旧街道側にある山の一角だ。
「ここには、資源を掘り尽くして閉山した鉄鉱山があってね。旧街道も封鎖されて、ここは無人の廃村になっていたはずなんだけど――」
「――もしや、今も稼働していると?」
「その通り。隠密調査で、最盛期に近い採掘量があることも判明したんだ。それで、クルス子爵家の馬車を使って、大々的に視察に入ろうとしたんだけどね――何が起きたと思う?」
ベアトリーチェは分からず、素直に首を横に振る。
「ふふ。――野盗に襲われたんだよ」
「なっ」
「でも、馬車の中には、クルス家の私設騎士団の団員がみっちり詰まっていたからね。野盗の方も驚いただろうな」
レオンは、怒りのこもった黒い笑みを浮かべながら、テーブルを指先でトントン叩く。
「それがつい昨日のこと。私がビーチェに依頼書を送付したのとほぼ同時に到着した、王国騎士団の別働隊の方――あ、ちゃんと身分の確かな方だよ。その方が提案してくれた作戦でね。今はうちの者と協力して、野盗に扮した誰かさんたちを尋問中だ」
別働隊……団長の言っていた、現地合流の協力者のことで間違いないだろう。
レオンは、そこまで言って、ふうとため息をついた。
「今になって思えば……父上と母上の死にも疑問が残る。時間が経ちすぎたから、ラッセル家を調べたところで証拠はもう見つからないかもしれないけれどね」
「……まさか……」
一段声を低くして告げられた言葉に、ベアトリーチェは瞠目する。
レオンは再び資料に視線を落としてしまったため、その表情を窺い知ることはできない。
「まさか……八年前のあの事件に、ラッセル子爵家が関わっていると……、兄様はそうお考えなのですか?」
「断定はできないけれどね。――くそ、しくじったな。あのクズ男がやらかした時に、こちらが奴らを仕留めたつもりだったけど、逆だったんだ」
「……ラッセル子爵家が、クルス子爵家を必要としなくなったと。そういうことですか?」
ベアトリーチェの言葉に、レオンは重々しく頷いた。
「ビーチェとカルロスの婚約、あるいはその前から、何か画策していたのかもしれないな。父上は、学生時代から親同士仲が良かったと言っていたが……本当にそうだったのだろうかと疑ってしまうよ」
レオンは力なく首を振る。
ベアトリーチェは次々と知らされた事柄に感情が追いつかず、どこか他人事のような気持ちで、ただただ兄を見つめていた。




