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ベアトリーチェの幸福  作者: 矢口愛留


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第十三話


 レオンとの情報共有が済んだ頃。応接室に、ノックの音が響く。

 どうやら、旧街道で捕縛した野盗たちの尋問がひとまず終わったらしい。


「どうぞ、お入り下さい」


「失礼します」


 レオンの許可を得て入室してきた男性を見て、ベアトリーチェは目を瞠った。


 糊がとれて随分身体に馴染んだ、王国騎士団の制服。

 クリーム色の、少し長めの髪。

 優美な所作。端正な顔立ちに乗る淡い微笑み。


 そして――以前に比べて明らかに強くなった輝きを宿す、明るい琥珀色……いや、金色の、形良い瞳。


「……ロディ?」


 ――間違いない。

 騎士団を辞めたはずのロディが、ベアトリーチェの目の前にいる。


「ビーチェさん! なんだかお久しぶりですね。会えて嬉しいです」


 声をかけると、ロディはこちらの方を向いて、ぱあっと明るく笑いかけた。

 ベアトリーチェの心臓が、途端に早鐘を打ち始める。


「どうしてロディがここに……? それに、その瞳の色……」


「ビーチェさん、その件も、手紙の件も、後でゆっくりお話ししましょう。それより今は尋問の報告を」


「あ、ああ、そうだな。すまない」


「それでは、クルス子爵。まずは捕縛時の状況の整理から――」


 ベアトリーチェに代わってレオンの前に座り、報告を始めるロディ。

 その横顔を見つめながら、ベアトリーチェは、アランが言っていたことを思い返していた。


 あの時、アランは、正確には何と言っていただろうか。


 そう、確か――ロディには、新人教育はもう必要ないと。

 もう、ここ(本部)には来ないと、そう言っていた。


 アランは、ロディが辞めたとは明言していなかったのだ。


「……ふ」


 ベアトリーチェは、小さく息をもらした。


 ――何て紛らわしい物言いをするんだ、あの人は。


 心の中ではそう毒づきながらも、ベアトリーチェは目元を柔らかく細めた。


 アランから、ロディにはもう会えないと聞いたとき。

 ベアトリーチェの胸は痛んだ。寂しさやら空しさやら、理不尽な怒りやらで、心がぐちゃぐちゃになった。

 切なさに身を焦がしたあのとき、確かにベアトリーチェの心の中に、ロディを強く意識する気持ちが生まれたのだ。


「……本当に怖いお人だな」


 もしかしたら、ベアトリーチェの感情がこんな風に動くことさえも、アランの掌上だったのかもしれない。

 そのために、わざと紛らわしい言い方をして、ベアトリーチェを惑わせたのかもしれない。

 もしも彼が敵だったら、ベアトリーチェなどあっという間に王手(チェックメイト)をかけられ、気付かぬうちに首を取られていただろう。つくづく、戦慄ものである。


「――ビーチェ、騎士になった今でも野盗が怖いのかい?」


「えっ?」


 ついこぼれてしまった呟きを拾って、レオンとロディ、青と金の二対の瞳がベアトリーチェの方を向いた。


「大丈夫ですよ。ビーチェさんが野盗ごときに遅れを取るわけがありませんし、そもそも、もしも野盗に襲われることがあっても、必ず僕がビーチェさんを守りますから。これから一生、ずっと隣で」


「え、いや、そうではなく――」


「――ちょっと待って下さい、ヴァレンタイン殿。その言い方だとまるでプロポーズ」


「あっ、しまった! ラブレターを書いたからそのつもりになってたけど、まだビーチェさんに直接言ってないんだった! えっと、すみません、今のは無し……じゃないんですけど、また後できちんとします。ごほん、えー、それで、報告の続きを……」


 ロディは強引に話を元に戻そうとしたものの、部屋の空気感ががらりと変わってしまった。


 レオンはどこかのスナギツネみたいな顔をしてベアトリーチェの顔をちらちらと見てくるし、ベアトリーチェの後ろで報告を聞いていた他の騎士たちも何やらこそこそ話しているのが耳に入るし。


 ベアトリーチェの頬も熱い。きっと真っ赤になっていることだろう。


 爆弾発言をした当の本人だけが普段通りにしているように見えるが、その耳がいつもより赤くなっていることに、ベアトリーチェは気づいてしまった。




「――では、彼らはまだ、ただの野盗だと言い張って粘っているのですね」


「はい。ですが、本物の野盗であれば、封鎖された旧街道ではなく、人通りの多い新街道に出没するはず。視察の情報も事前公表していなかったですし、武器防具も野盗にしては質の良い物を使っていました」


「傭兵か私兵で間違いないということですか」


 レオンの問いに、ロディは眉をぎゅっと寄せて頷いた。


「やはり他領へも捜査の手を伸ばす必要があるでしょうね。ですが――状況からして、クルス子爵家の中枢に内通者がいる、もしくはいた可能性が高いと考えられます」


「……そう、なりますよね」


 ロディがそう指摘すると、レオンは深く息を吐き出した。


 産出の続いている鉄鉱山を、廃鉱山だと偽ったこと。

 旧街道を閉鎖し、新街道の整備を決定させたこと。

 都合の良い場所に、宿場町を新設したこと。


 いずれも、他領の者や、クルス子爵家内でも末端の者が実行するには、困難な事案だ。


「――というわけで、調査対象はクルス、ラッセル、オルソン、レストレンジの四領ということになりますが、我々の人数も時間も限られています。これからどう動くべきか、早急に決めなくてはなりません」


 ロディはそう言って立ち上がると、ベアトリーチェの方へ向き直った。

 その表情にも、口調にも、先ほどまでの天真爛漫な様子は一切見られない。

 琥珀色混じりの金瞳には聡明さが満ち、どこか風格すらも感じられた。


「――分かった。クルス隊隊長として、私が采配、指揮を行う。ロディ隊、及びクルス家私設騎士団を一時的にクルス隊の麾下とし、隊を四つに分けて再編成する! 副長はロディだ。全員、整列!」


 ロディは満足そうに頷き、ベアトリーチェの斜め後ろに移動して姿勢を正した。


「――これで良いんだな?」


「――完璧です」


 騎士たちが整列をする合間にロディに小声で尋ねれば、優美な微笑みにウインクを乗せて返ってくる。

 ベアトリーチェはロディの反応に安心し、口角を微かに上げて前へと向き直ったのだった。




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