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ベアトリーチェの幸福  作者: 矢口愛留


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第十話 side. ロディ


 ロディは義祖父を王宮まで送り届けると、そのまま実父――国王アルバートへの謁見を申し込んだ。

 返答は、すぐだった。お茶が入るのを待つ間もない。


「ぜひとも晩餐を共に、とのことでございます」


「晩餐ですか? でも、急なお願いですし、僕、こんな格好ですけど」


「陛下もそうおっしゃるとお分かりだったようですよ。私的な場ですので、服装など何でも構わないと。ロードリック様にご用事がないようなら、何としても引き留めろと仰せつかっております」


「はは……分かりました。行きますよ」


 どうやらアルバートは、ロディが王都に来てから全然王宮に顔を出さなかったことが不満だったようだ。

 歓迎されているのはありがたいが、ロディとサラに関する事情を知らない侍従たちは急な配置換えに驚くだろうなあ、などとのんびり考えつつ晩餐に呼ばれるのを待った。




「久しいな、ロディ! 元気だったか」


 晩餐会場に呼ばれるやいなや、父からの歓迎を受けて、ロディは苦笑いする。


「学園を卒業したときに内密に祝いの席を設けようと思ったのに、すぐにアゼリア領へ帰ってしまうのだものなあ。父は寂しかったぞ」


「いえ、その……申し訳ございません」


 王妃殿下と王女殿下、王子殿下もその場にいるというのに、自分をこんなに歓待しても良いのだろうか。

 ロディは少し縮こまって、眉尻を下げて微笑んだ。


「あなた、その辺になさって。居心地が悪そうではございませんの」


「む……そうだな、すまぬ」


 アルバートは相変わらず、ソフィア王妃に頭が上がらないらしい。

 ソフィアがアルバートとサラとの逢瀬を許したのには、サラの才能が惜しかったということだけではなく、こうして将来的にアルバートよりも優位に立つための戦略だったのではないか――ロディはそう思っている。

 実際ソフィアの戦略は功を奏していて、王国はアルバートの治世になってからずっと安泰だし、サラは今も領地でのびのびと暮らしているし、アルバートは側室を迎えることもなくソフィアは正妃として揺るがぬ地位を手に入れたのだから。


「ところで、最近はどうだ? 何か望みはないのか? お前はあまり自分の望みを言うことがないし、表だって盛大な祝い事や贈り物をすることができぬから、寂しく思っているのだ」


「……確かに、僕はこれまで、自分から何かを望むことはありませんでした」


 ――自分の周りの状況は、自分のあずかり知らぬ所で勝手に整ってゆき、ロディはそのレールの上を歩くことだけを考えていれば良かった。

 大人たちが整えた道を逸れて、自分から困難な藪の中に飛び込みそれを切り開いていく覚悟なんてなかったのだ。


「ですが、今、たった一つ……初めて自ら真剣に望んでいることがあります」


 ロディの脳裏に浮かんでいるのは、たった一人の姿。

 自らの意思を持って、自ら進むべき道を腕一本で切り開いてきた、誰よりも尊敬している先輩騎士。


「――愛する女性ができたんです。でも、僕は……結婚を、彼女の枷にしたくない。結婚することで、キャリアを諦めてもらいたくないんです。彼女にとって、仕事は誇りであり、輝ける場所であり、他の人にとっても希望の象徴のような人なんです」


「ふむ? その女性は貴族令嬢ではなく、平民ということか?」


「いえ。貴族です」


 アルバートは、むむむと唸り、顎に手を当てる。


 この国では、貴族の令嬢も夫人も、普通は職に就いたりしない。精々、手慰みに刺繍などをして、寄付をする程度だ。

 夫人の主な仕事は、社交と家政。貴族の女性が外に出て仕事をするなど、その家が何か訳ありだと吹聴するようなものだ。


「彼女は、家の事情で職に就いている訳ではありません。強い覚悟を持って、自ら道を切り開いてきたのです。僕はそんな彼女の意思を尊重したいし、応援したいと思っています」


「……だが、王の子としても、ヴァレンタイン公爵家の者としても、あるいはアゼリア男爵家の者としても、余程の理由がない限り、夫人に仕事を続けさせるのは難しいぞ。お前と夫人が苦しむことになる」


「ですから、こうして相談しているのです」


「ちなみに、どの家の令嬢だ」


「――クルス子爵家の、ベアトリーチェ嬢です」


 ロディがそう言い切ると、王妃と王女が息を呑んだ。

 当然だ。ベアトリーチェは、彼女たちに気に入られて、騎士として取り立てられたのだから。


「僕は、ベアトリーチェ嬢を愛しています。彼女の隣に立ち、彼女と共に生きていきたいと願っています。そして、何よりも、彼女にずっと笑っていてほしい。そのためにも、騎士の仕事を諦めさせたくないんです」


「ふふ……ふふふ。いいわ、いいわあ」


 ロディの宣言に、王妃ソフィアが突然、笑い声をこぼした。皆、ソフィアの方へ視線を向ける。

 彼女は目を潤ませて、嬉しそうに頷いていた。


「わたくしは、大歓迎よ! 可憐な才女サラ・アゼリアの息子と、わたくしが見いだした麗しの女性騎士――ああ、何て素敵な夫婦なの? これは夢? え、ちょっと待って、あのベアちゃんが義理とはいえわたくしの家族になるかもしれないってこと!? 夢、いいえ、これは大事件だわ!」


「お、王妃殿下?」


 ソフィアは興奮で顔を上気させている。こんな性格のお人だっただろうかと思ってアルバートを見ると、彼は「始まったな」と呟いて苦笑していた。


「どうしましょう、ああ、どうしましょう! 最高に推せるカップルじゃない。絶対にくっつけてみせるわ! これは何としてもロディくんの問題を解決してあげないと。あなた! いいわよね!?」


「あ、ああ。他でもない、君とロディの頼みだ。何とかならないか考えてみよう」


「そんな曖昧な返事ではいけませんわ! ロディくん、しばらく王宮に滞在なさい! 領地からサラちゃんも秘密裏に呼んで、家族会議よ! それから、騎士団長と、ヴァレンタイン公爵も呼んでちょうだい!」



 ――こうして。

 俄然張り切り始めたソフィアの主導により、急遽、王宮に全ての関係者が集められることになったのであった。

 少々規模の大きい家族会議である。


 領地へ向かう馬車に揺られていた、もう一人の当事者、ベアトリーチェだけは、こうして外堀が埋まっていくのを預かり知ることはなかった――。





 今回ちょっと短くてすみません。

 次回からベアトリーチェ視点に戻ります。


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