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ド田舎侯爵家の裏庭植物記録  作者: 石井はっ花


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9/11

9 洗濯部屋

 数日が経った。

 今日も古高(こたか) 柊生(しゅうせい)は、周辺の草木の収集をしていた。

 収集場所は、グリュックスブルグ王国ファーナムの町はずれ。

 エンゲルブレクト=グランフェルト侯爵の屋敷のある山の際。

 家庭教師(チューター)カレヴァ=レコラとの授業の途中、昼休みだ。


 季節は、夏に差し掛かるといったところだ。

 涼影(りょうえい)の月五日というそうだ。

 一年は日本と同じに十二か月に分かれているようで新年から始まり、第七番目の月とのことで、七月という事らしい。

 七月だ。


 何度も言うが、盆地であるらしいこの地は、朝晩は冷えるものの昼間になると暑い。

 まださわやかな暑さなのが救いではあったが。


「これだけ暑いのに、涼影とは何事だよ」

 誰もいないことを確認して、日本語でつぶやく。

「カレヴァには感謝しかないけどさ。日本語が恋しいぜ……」


 こちらの世界、この地方ではグラインディー王立言語というものを広く使っているらしい。

 この短時間でその言葉が簡単に使えるようになったのは、天才語学学者であるカレヴァのおかげもあったろう。


「ああ! ここにいた!」

 カレヴァが厩舎の裏の山際にいる柊生を見つけた。

「見つかったか……」

 そんな柊生の手には、実や花がついた採取した植物がいくつもあった。

「そりゃ、見つかるさ。そんなことよりもエンゲルブレクト様と馬屋番のパウリが呼んでたよ」

「ええ? どうしたんだろう。馬に何かあったのかな」

 柊生は首を傾げる。

「うーん。悪い話ではないと思うよ」


 二人は連れ立って、厩舎に向かった。


「あ、お前! まだいたのか!」

 馬屋の使用人であるアートスが、険のある表情で柊生に悪態をつく。

「おい、アートス! 客人だぞ!」

 同じ馬屋使用人のラウノが咎めるが、けんもほろろだ。


「こんな得体も知れない男を、お側に置くなんてエンゲルブレクト様も困ったもんだな!」


「それは、私に対する苦言かな?」

「エンゲルブレクト様!」

 驚いた二人が即座に頭を下げた。


「いいけどさ。あ、すまないね。シュウ。気を悪くしないでくれたまえ」

 柊生は恐縮しつつ頭を掻いた。

「あ、それよりも何か呼び出しだって聞いたけど」

「そうなんだ。ちょっとオーヴェの様子を見てほしいんだ」

 何か容態でも悪くなったのかと、柊生が顔を引き締める。

「ああ、いいところに来なさった」

 声をかけてきたのはパウリだ。


「馬、調子悪くなったんですか?」

「その逆でさ」

「逆?」

「そうなんだ。見てごらん」

 エンゲルブレクトが柊生を促した。


 馬房の中にいるオーヴェが、鼻先をパウリにつけて親愛の情を示した。

 そして、件の右前脚で寝藁を掻き散らかす。

 もう、湿布と包帯はつけていないようだ。


「治ったんですね」

「うん。僕も見せてもらったけど、腫れはもうすっかり良くなっているみたい。ついでに言うと、骨は本当に何でもないよ」

 と、カレヴァが答える。

「よかったなあ」

 柊生は、オーヴェの長い鼻っ柱を撫でた。

 オーヴェが心地よさそうに鼻を鳴らす。


「馬って結構感情あるんですね」

 五人の声が揃う。

「当たり前だ」

「あ、ごめんなさい。あんまり、生き物と触れ合ったことなくって」

「どんな環境なんだ?」

 エンゲルブレクトが興味深げに尋ねる。


 柊生は思わず、東京の街を思い浮かべた。

「人間だけは、めっちゃいるんですけどねぇ」

「そんなにいるんだ? 王都くらいかな」

「確かに、首都ですしねぇ」


「お二人」

 パウリが少し呆れたような声を出した。

「ああ、すまない。パウリ」

 小さなため息をわからないようについたパウリは、馬栓棒の下をくぐり馬房の中に入った。

 そして、パウリによく慣れているオーヴェの右前脚をつかむと優しく曲げ伸ばしした。

「ほら、これだけ、腫れもうまいこと引いたんですぜ」


「おー。さすがに効くんだねえ」

「え? 君は君で半信半疑だったのかい?」

 思わず意外そうな声を上げるエンゲルブレクト。


「一応の植生とか様々な知識はあるんですけど、薬効までは正直に言うと試したことまではなくて」

「ほう。それなのに、ここまでの成果を上げるなんて、シュウの知識は素晴らしいな」

「それほどでもないですけど。でも、よかったです。ちゃんと治って。安心しました」


 翌日から、オーヴェの放牧が再開されることとなった。


 *


「シュウさん。お洗濯ものとか、ありますか?」

 初対面で同じ風呂の湯を被った(?)同士のメイドのビルギッタ=テグネールが、客間にいる柊生に気軽に声をかけてくる。


「ああ、ある……。ちょっと待ってて」

 授業中だった柊生は、カレヴァに断ってから、クロゼットに向かった。

 ごそごそと汚れた衣服をより分けてビルギッタに手渡そうとしたが、その多さと土がべったりとついた衣服にビルギッタが、さすがに引いた。

「あ、ごめん。女の子にこの荷物は、さすがに持たせるのは忍びないなぁ……」

「それならさ、シュウ。君が持っていけば?」

「ええ? いいのかい?」

「うん。かまわないと思う。エンゲルブレクト様が、君にはあちこち入り込んでも怒らないと思うよ」


 そう、カレヴァが言った瞬間、背後からエンゲルブレクトの笑い声がした。


「ああ、その通りだ。シュウには、裏方をも見てもらいたいと思うからね」

「あ、びっくりした。いつからいたの?」

「さっきからだよ。シュウ。君がクローゼットに入ったころからかな」

「そうなんだ」


 瞬時にビルギッタは壁際に控えた。

 驚いていたのは柊生だけだった。


「ビルギッタ。シュウを洗濯部屋まで連れて行ってあげてくれるかい」

 控えていたビルギッタがこらえきれず声を上げる。

「そんな! いけませんわ!」

「大丈夫。シュウは君たちに危害を加えるような人ではないから」

 ビルギッタは、侯爵に対し、口答えができるような身分ではない。

 なので、それ以上言い募ることはできなかった。

 困ったように眉を寄せるだけだ。


 両手に山のような洗濯物を抱えたままの柊生が、どうしたらいいのかと、エンゲルブレクトとビルギッタを交互に見ている。

「……かしこまりました。シュウさん、お連れしますので、どうぞ、お越しください」


「へえ、こんなところが隠し扉になっているんだね」

「ええ、そうよ。 ここのドアを開けると階下につながる階段になっているの」

 客間からそれほど遠くないところに見てもそれとわからないその隠された階段と隠し扉があった。


 狭くそしてかなり急な階段を二人は降りていく。


 やがて、一階に降りてきた二人は屋外に通じるドアがついた水場に近い場所にたどり着いた。

 そこは濡れてもいいような板間になっていて、たらいと凹凸のついた木の板があった。

「へえ、これで洗濯してるんだ。初めて見た。全部、手でやるの!?」


 すこし興奮気味の柊生に向かって、引き気味にビルギッタがあいまいに笑う。

「それ以外って、どうやって洗うんですか?」

「ああ、僕の世界では全部機械が洗ってくれてたから、よくわからないんだよね」

「ふーん。キカイ、ですか」

「うん。四角い箱みたいのにポンと衣類を入れて、ボタンを押すだけで、乾燥までしてくれるんだ」

 考えられないくらいの事象に、ビルギッタの目がまん丸になる。

「はぁー、変わってますねえ」


「ねえ、君さ。個人的に作ってほしい衣服って、頼めるんだろうか」

「あ、頼めると思いますよ。今、縫い物のお姉さんたちもそれほど忙しそうじゃないので。エンゲルブレクト様は、パーティとか開かれない方みたいですから、よく、技術が鈍るって、お姉さま方がぼやいていたもの」


「そうなんだ」

「例えば、どんなものを作るの?」

「えっと、下着?」

「下着? え? 今も穿いてるじゃない」


 確かに今も下穿きとしてボタンのたくさんついた、だぶついた衣服は身につけてはいるが、それを下着だとは認めたくない現代日本人の柊生がいた。


「うんと、こういうのじゃなくて」

 洗濯部屋の土間の部分に移動して、そこにトランクスの形を書いてみせた。

 どうもその形だけでは、ピンとこなかったようで。

「おんなじじゃない?」とビルギッタは首を傾げた。

 そこで柊生は、身振りで示した。

「あー。確かにそれだと、見たことがない形だわ」

「うん。薄い生地でさ。簡単に穿けるものなんだ」

「変わってるねえ。確かに、それなら作ってもらった方がいいかも」


 少し考えたビルギッタは、にこりと笑った。

「いいわ。これから、縫い方のお姉さんのところに行きましょう」

 洗濯部屋から廊下に出た。


 一階の使用人食堂の奥、南側に明るい窓辺がある部屋だった。

 数人の女性が中央に置かれた平たい作業机に向かっている。


「アウネさん。作ってほしいものがあって、来たんですけど、今、お時間いいですか?」

 ビルギッタが先ほどまでの砕けた口調から、しっかりとした口調に改めていた。


「え? 何? ビルギッタの何かの服?」

 振り向いたのは、アウネ=ペンナネンだ。明るい茶色のカールした髪がキュートだ。

「ううん。私じゃないの。シュウさんの服です」

「シュウさん?」

 アウネが首を傾げる。

「ああ、あの、稀人(まれびと)さん!」

 ポンと、持っていた針と糸をそのままに、器用に手を叩いた。


「あの、すみません。お忙しいのに」

 後ろから柊生が顔をのぞかせた。

「ああ、子供用の服を作ってたことあったよね!」

「いや、僕は子供じゃないんですけどね」


「うんうん。お子様は自分を大きく見せたがるからね。それで、何を作りたいの?」


 柊生は、アウネにどういう下着を作ってほしいか伝えることにした。

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