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ド田舎侯爵家の裏庭植物記録  作者: 石井はっ花


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5 カレヴァ=レコラ

 グリュックスブルク王国ファーナム。

 グランフェルト侯爵の館。応接間。


 家庭教師協会から派遣されたばかりのカレヴァ=レコラは、この館の主であるエンゲルブレクト=グランフェルト侯爵と相対していた。

「ほう、それならば、カレヴァは、言語学にも精通しているということか」

 余裕のあるエンゲルブレクトを見て、カレヴァが返事をする。

 

「ええ、さようでございます。グラインディー王立言語を我々は普段使っておりますが、その中にもやはり地域によって違いはございますし。この大陸では同じ言葉であるグラインディー語を公用語にしております。しかしながら、他の地域ではまた違う言語が併用されて会話となっております」

「ふむ。そうすると、カレヴァはその、ほかの地域の言葉には、だいぶ明るいのだろうか」

「ある程度の地域には足を運び、体験しております」

「ほう! それは興味深い……」

 と、そこで家令であるミカル=グルブランドソンが一つ咳払いをした。

「ああ、興味深いが、その話は今度ゆっくり聞くことにするよ」


 おもむろにノックが打ち鳴らされた。

「恐れ入ります。シュウ様をお連れいたしました」

 古高(こたか) 柊生(しゅうせい)を連れて来たのは執事のヨエル=ハタッカだ。

「ああ、来たね。カレヴァ、彼がシュウだ」


(わぁ、ここの人たちは、バカみたいに背が高いな)

 柊生はそれほど高身長ではない。

 ほぼ日本人平均身長の170.5cmだ。


 だが、エンゲルブレクトにしても、カレヴァと呼ばれた彼にしても、自分より頭一個分以上、上にある。

 見上げるなど、大人になってからはあまりなかったことだ。


 カレヴァと呼ばれた彼は少しかがむようにして、まるで子供へ対応するように柊生に向き合った。

 柊生は困った顔をし、とりあえず、言葉は通じないだろうとは思ったが、『こんにちは』とだけ、言った。


 そうすると、カレヴァの紫色の瞳が、瞬間的に輝いた。

「不思議な響きだ! こん? ……んー! 今まで聞いたことのない響きだよ! すまないけど、もう一回! もう一回聞かせてくれ!」

 ジェスチャーから、たぶん、もう一回言ってほしいということだと察した柊生は、もう一度、今度ははっきりと発声した。


『こんにちは』

「うわー! 本当にすごい面白い響きだね! 全部母音でできてる! 面白い! なんなんですか? この子供! すごい!」

 ミカルとヨエルの二人は、カレヴァの勢いに押され、お互いに顔を見合わせた。


 パンパンパン。エンゲルブレクトは三回ほど手を叩いた。

「まあ、興奮する気持ちはわからないでもない。カレヴァ。この彼の言葉の教育、そして、困らないくらいのマナーを教えてあげてほしい。頼むな」


 カレヴァは高揚感に頬を赤らめて、自身の胸を叩いた。

「お任せください! 彼の言語の秘密まで解き明かしてみせます!」

 それにはさしものエンゲルブレクトも、苦笑した。

「いいや、そこまでは大丈夫だよ。彼が日常生活に困らないくらいにしてもらえれば……」


「いいえ! いけません! ここで、この私がこの彼に出会えたのは、まさに天啓でございます! お任せください!」

「あ、ああ。……よろしく頼むよ」


 カレヴァは、再度、柊生に向き合った。

「さ、さっそく! 君の言葉を沢山教えてくれ! さあ! 忙しくなるよ!」

 まるで狂気を感じさせるようなカレヴァに、かなり引き気味の柊生であった。


 *


「おお! 私というのは“わたし”というんだね。勉強になるなぁ」

 カレヴァに教わりながら、一つ一つの単語について柊生は学んでいくがどちらかというと、柊生が教わるよりもカレヴァに日本語を教えている方が多いようだ。

 たまに、日本語の書き方までカレヴァは習おうとしてくる。

『これって、俺の勉強になってるんだろうか?』

 そう言って、柊生は小声で苦笑する。


 だが、自分の発声する言語に興味を持ってもらえること、それが幸せなことだと、柊生は今、初めて知ったのだった。


「どうだい? 勉強ははかどっているかい?」

 いつの間にか午後の五つ鐘が過ぎたころだった。

 領地の統括の仕事を切り上げてきたエンゲルブレクトが、応接間に戻ってきた。

 その時、柊生がソファからおもむろに立ち上がった。


「侯爵様。わたしの名は、柊生です。ありがとうございます」


 きょとんと眼を丸くするエンゲルブレクト。

「こ、これは。カレヴァ、どういうことだ?」

「柊生さんは、本当に頭の回る方でいらっしゃる。物事の呑み込みも本当に早く、教えれば教えただけ身に付けてくださいます」

「ほう、そうなのか」


「まだ、難しい言葉はお判りにならないですが、いろいろと呑み込みの早い方です」

「そうか……、というか彼の名前はシュウセイというのか」

「左様にございます」


「ふむ。さすがだな。……どうだろう、今日はカレヴァ、君も一緒に食事をしてくれないだろうか。実際に今の彼のマナーを見て判断してくれた方がいいだろう」

「かしこまりました」


「その時に、食事のメニューを一つ一つ伝えてやってくれるか。彼の学習にきっと役に立つと思う」

「仰せの通りに」


 *


 着替えを終えた三人は、ダイニングに集った。

 数日経ってようやくきっちりしたディナージャケットにも慣れてきた柊生も、ダイニングのテーブルに着いている。


 出されたアペリティフに、そっと口をつけた。

『白ワイン? それに、何かのハーブ? 変わった味だなあ』


「ふむ。お酒は飲めるのですね」

 カレヴァは興味深く、柊生を見ている。

「ああ、一通りの食事を出してみたが、好き嫌いもない様だ」

「それは、素晴らしいですね」


 続いて出されたのは、前菜。

 白身魚のハーブマリネと初夏野菜のサラダだ。


『おお、これは、ディルかな。あと、チャイブ。こっちは、ラディッシュ。グリーンピース……。本当に不思議だなあ……』

「何か、植物にかなり詳しいようですね。それに、慣れてはいないようですが、それなりに工夫してお召し上がりになっているようで」

「そうだろう? 本当に不思議なんだよ。子供のようにしか見えないが、彼の知性なら、結構老成しているようにも見えるし……。どうなんだろうね」


 カレヴァははたと手を打った。

「そのことについては、まだお伺いしておりませんでした。思い込みはいけませんな」

「よろしく頼む。もしかしたら、私たちは、少し、彼に失礼なことをしていたかもしれない」


 そんな中、新玉ねぎと白ポロねぎのポタージュが運ばれてくる。

(奥から手前に、掬うんだったな……)

 柊生は、音をたてないようにスプーンを駆使してスープを飲む。

「ほう。スプーンもきちんと使われておりますね」

「そうだろう?」


 続けて、魚料理、肉料理、そして口直し用のチーズ。

 締めは、フレッシュベリーのコンポートがデザートに出された。


『ここは、デザートまで本当においしいなあ』

 満足そうな柊生を、エンゲルブレクトが微笑んで見ている。

「厳しいことを言うようですが、確かにこれはマナーの練習が必要でしょうね」

「そうなんだ。私たちだけで食べるのなら、彼らしく食べてくれればいいかとも思うのだが、限度はある。生憎、あまり、私は人に教えるほどではないしね」

「なるほど……」


「それにしても、これは、鍛えがいがありそうですね」

 きらりと目を光らせたカレヴァを見て、頼もしそうに笑うエンゲルブレクト。


「もしかしたら、結構、君にとっていい勉強になるかもしれないと思うよ。よろしく頼む」

 カレヴァは、コンポートを食べ終わって少し残念そうに食器を見ている柊生を見て、そのあと、エンゲルブレクトに向き直った。

「お任せください! なるべく早く、彼の使用言語を習得してみせます!」

「……いや、そうではなく──」

「頑張ります!」

 静かに闘志を燃やすカレヴァの勢いに面食らうものの、やがてエンゲルブレクトはあきらめたようにそっと手を上げた。


「わかった。君に任せよう。私、エンゲルブレクト=グランフェルトの名において、シュウの学習に対する裁量を認めよう」

「かしこまりました。侯爵様の権限において、素晴らしい働きになるよう尽力いたします」


 一人、自分に対する決定がなされたことについて、そうとは知らない柊生は、何を話しているんだろうと不安げに首を傾げた。

「ああ、心配しなくていいよ。君のことは、きちんとみるからね」

 エンゲルブレクトが軽く微笑む。

 しかし、その微笑みは、嫣然としていて見るものの動悸を強くさせる効果が強かった。


 相対して数時間が経つが、ようやくその効果がカレヴァの身にも届いたようだ。

(え? なんだ。この侯爵、今更だが、顔もスタイルもよすぎないか?)


 そういうカレヴァも日本風に言うと、180cm以上の高身長で短く切った赤毛の巻き髪がキュートな青年である。

 不男というには正反対の整った容姿ではある。

 その彼においても、エンゲルブレクトの美貌は驚くほどであった。


(それに、その容姿を一つも笠に着ていない!)


 反面──。


 柊生である。

 低い鼻に平たい顔。不細工というほどではないと、たぶん思うが。

 彫りの深い自分たちとは、かなりかけ離れているようには思う。

 多少白髪が混じっているのか、ごま塩のような黒髪。

(ああ、これは、もしかしたら、女性は敬遠するかもしれないなぁ)

 そんな失礼なことも若干考えてしまった、カレヴァであった。


 ディナー後、サロンに移り、コーヒーを楽しむ三人だった。

「では、カレヴァ。明日以降もシュウをよろしく頼む」

「かしこまりました」

 カレヴァは立ち上がり、恭しく優雅に一礼をした。

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