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第54章 悪魔対竜

 吹雪は、もはや戦場と化していた。


 激しく渦巻く雪と氷の嵐の中で、ヴァラクは凍てついた開けた場所の中心に一人、堂々と立っていた。彼の巨大な黒曜石のような体躯は、轟々と燃え盛る黒と深紅の業火に包まれ、周囲数十メートルの雪を押し退けていた。炎が氷に触れるたび、大量の蒸気が濃密な雲のように立ち上り、瞬時に凍りついては再び溶けるという、異様な光景を生み出していた。燃えるような赤い瞳は、眼前の巨大な影――カリンス・ザ・アイス・デストロイヤー、古の長老氷竜――にしっかりと固定されていた。


 その竜は、生きる氷河そのものだった。 malice(悪意)と翼を与えられた氷の化身。四メートルを超える長大な体は、鋭く尖った結晶質の鱗で覆われ、頭部には凍てついた槍のような巨大な角が生えていた。その目は、氷の下で帝国の興亡を幾度も見届けてきた冷たい青い光を宿し、ただそこに存在するだけで周囲の吹雪を歪め、より凶暴で貪欲な生き物へと変貌させていた。


 ヴァラクは肩をぐるりと回し、巨大な大剣を片方の肩に軽々と担いだ。刃からは血のように業火が滴り落ち、雪面に触れると激しい蒸気を噴き上げた。


「おいおい、目覚める時間帯を間違えたな、トカゲ」彼は咆哮する風に負けじと、低く唸るような声で言った。その声は吹雪を切り裂き、遠くまで響き渡った。「お前が今まさにアイスキャンディーにしようとしていた小さな君主……あれは俺が守るんだ。誰にも渡さねえよ」


 カリンスの巨大な頭がゆっくりと下げられた。古の瞳が細められる。やがて、その声が響いた。それは氷河が割れる音、山々が崩れ落ちる轟音そのものだった。


「無力な火の粉よ……我と獲物の間に立ちはだかるとは、愚かな」


 竜が動いた。


 その巨体からは想像もつかないほどの速さだった。カリンスの尾が水平に薙ぎ払われ、要塞すら平らげうる破壊的な弧を描いた。ヴァラクは真正面からそれを受け止めた。


 ヘルファイア・インパクト。


 両手で大剣を振り下ろす。集中した魔炎を纏った刃が、竜の尾と激突した。業火と絶対零度の衝突は、雷鳴のような大爆発を引き起こした。衝撃波が近くの氷の岩を粉々に砕き、吹雪全体に目に見える波紋を広げた。


 ヴァラクは数メートル後方へ押し戻された。ブーツが凍土に深い溝を刻み、両腕がその生の力に震えていた。だが、彼の唇には獰猛な笑みが浮かんでいた。


 カリンスは回復の隙を与えなかった。


 巨大な顎が大きく開かれる。


 絶対零度のブレス。


 純粋な、概念そのものを凍らせる冷気の波動が、口から噴出された。単なる氷ではなく、存在の根源を凍結させるエネルギーだった。ブレスが通り過ぎた地面は黒く脆くなり、吹雪自体が鋭利さを増し、ヴァラクに向かって加速した。


 上位悪魔は咆哮を上げ、両腕を前に交差させた。


 魔障壁:深淵の壁。


 凝縮された業火と虚空のエネルギーが壁となって展開した。二つの力が衝突し、黙示録的な爆発が生じた。山脈全体が数秒間、明るく照らし出された。ヴァラクは後方へ押しやられ、足が雪を滑り、地面が自身の炎の熱と竜の冷気によって亀裂を入れ、溶け始めた。


 光が消えた後、ヴァラクの両腕は霜に覆われ、左前腕には冷気が肉を砕きかけた深い傷が刻まれていた。


 それでもカリンスは止まらない。


 古の竜が恐るべき速度で突進し、巨大な爪を振り下ろした。一本の爪だけでもヴァラクの身長を上回る長さだった。


 ヴァラクは横へ飛び退いたが、僅かに遅れた。一本の爪が脇腹を捉え、鎧を引き裂き、黒い血を噴出させた。傷口は即座に凍りつき始めていた。


「しぶとい野郎め!」ヴァラクが牙を剥き出しにして唸った。


 彼は反撃に転じた。竜の伸ばした前肢に飛び乗り、氷の鱗に爪を食い込ませながら、頭部に向かって駆け上がった。


 カリンスが激しく身を振るわせ、彼を振り落とそうとする。ヴァラクは足元に業火を灯し、凍りつく氷を溶かしながら必死にしがみついた。


 肩部に到達した瞬間、大剣を高々と振り上げた。


 ヘルファイア・クレーブ:深淵の裂断。


 集中した魔炎と魔力で強化された刃が、カリンスの首筋に叩き込まれた。黒い炎が接触した瞬間に爆発的に広がり、古の鱗を溶かそうと貪りつく。


 一瞬、ヴァラクが有効打を入れたかに見えた。


 だが、カリンスの頭が信じがれない速さで振り向いた。巨大な顎がヴァラクの胴体を捉える。


 グシャリ。


 ヴァラクの目が見開かれた。悪魔の耐久力を持ってしても、その圧力は凄まじかった。肋骨が軋む音が聞こえるようだった。竜の息だけでも内側から彼を凍らせようとしていた。


 怒りの咆哮と共に、ヴァラクは大剣を竜の口蓋に突き刺した。至近距離で業火が爆発する。


 カリンスが苦痛に後退し、彼を解放した。ヴァラクは空中を落下し、雪面に激突して数回転がり、ようやく停止した。


 彼は体を起こし、口と全身の傷から血を滴らせながら立ち上がった。竜のブレスが触れた部分には霜が広がり始めていた。


 カリンスは傷ついた口から黒い血を滴らせ、彼を見下ろした。


「強かろう、火の粉よ……だが、汝は所詮は凡なる存在。我は氷の下で幾世紀も眠り、星々の死を見届けた。永遠に比べ、汝は何だ?」


 ヴァラクは口の血を拭い、背筋を伸ばして立ち上がった。業火がさらに激しく燃え上がる。


「俺は、お前を再び眠りにつかせる悪党さ」


 彼は再び突進した。


 戦いは、壮絶で映画のような、巨人の力の応酬へと移っていった。


 カリンスは空へ舞い上がり、巨大な翼が吹雪を全方位に巻き起こした。上空から絶対零度の氷槍を雨のように降らせ、破壊的な霜のブレスを吐き続ける。ヴァラクは浮遊する氷の破片を飛び移り、業火の爆発で空中を推進しながら、竜の翼や腹部に斬りかかった。


 有効打を入れるたび、業火が鱗を溶かし、古の氷の層を焼き尽くそうとする。しかし、カリンスの再生力は怪物じみていた。傷は数秒で凍りつき、癒えていく。


 周囲の景色は破壊され尽くしていた。


 山肌が衝撃波で崩落し、氷河の大部分がヴァラクの業火で溶け、再び竜のブレスで凍結する。吹雪自体が、火と氷の混沌とした大渦と化していた。


 ヴァラクは限界に追いやられつつあった。


 特に強力な霜のビームが空中で彼を捉えた。冷気はあまりに絶対的で、片方の翼を完全に凍結させた。彼は地面に激突し、巨大なクレーターを穿った。


 カリンスが空から急降下し、爪を伸ばしてとどめを刺そうとする。


 ヴァラクは最後の瞬間に転がった。爪が彼のいた地面を深く抉る。竜が体勢を整える前に、ヴァラクは一本の角を掴んで頭上に飛び乗った。


「強いな、トカゲ」彼は唸りながら、大剣を両手で竜の頭蓋に突き刺した。「だが、お前にはないものがある」


 **ヘルファイア・デトネーション。**


 ありったけの魔力を剣に注ぎ込んだ。竜の頭部内側での業火の爆発は破滅的だった。黒と深紅の炎が目、口、鼻孔から噴き出し、内側から焼き尽くそうとする。


 古の竜が本物の苦痛に咆哮し、激しく暴れた。頭を山肌に叩きつけ、ヴァラクを潰そうとする。


 悪魔は純粋な意志の力で耐え続け、体は傷と霜と自らの血にまみれていた。手から注ぎ込まれる業火は、剣を通じて竜の頭蓋に注ぎ続けられた。


「どれだけ古かろうが知ったことか!」ヴァラクは竜の叫び声に負けじと吼えた。「何世紀眠っていようが関係ねえ! あの少女……あの馬鹿で不器用で、自分を犠牲にする君主が……俺にチャンスをくれたんだ! 魂を食らい、破壊するだけの人生から、目的を与えてくれた! そんな凍ったトカゲに、それを奪わせるものか!」


 カリンスがついに彼を振り落とした。ヴァラクは空中を転がり、翼で体勢を立て直した。


 竜は今や深刻な傷を負っていた。頭部と首に黒い業火が残り続け、一方の目は失われていた。それでもまだ立っている。息をしている。古く、恐るべき力を放ち続けていた。


 ヴァラクは雪に降り立ち、荒い息を吐いた。全身が傷だらけ。霜が体躯の広範囲を覆い、左翼は半分凍結し引き裂かれていた。


 カリンスは残った目で彼を見下ろした。


「よく戦った、火の粉よ……だが、汝は所詮は悪魔。我は永遠なり」


 より巨大で集中したブレス攻撃の準備を始めた。


 ヴァラクは大剣を雪に突き立て、背筋を伸ばし、最後の業火を全身に纏った。


「来いよ」彼は低く唸った。「どっちの炎が熱いか、決着をつけようぜ」


 二つの巨人は、最終の激突に備えていた。


 遠くでは、仲間たちが意識のないリリスを抱えて撤退を続けていた。戦いの震動はここまで届き、空は業火と氷の光が交互に瞬いていた。


 ヴァラクは血と霜にまみれた顔で微笑んだ。


(すまねえ、ボス……戻れねえかもな。だが、お前には生きるチャンスがある)


 彼は剣の柄を強く握りしめた。


「さあ、でっかい氷塊野郎。踊ろうぜ」


 業火と古の氷の最終激突が、今まさに始まろうとしていた。



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