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第51章:本当の自分、本当の言葉

 フロストヘイヴンの宿『霜の炉辺亭』は、その夜、暖かさと笑い声に満ちていた。

 大広間は旅人や地元の人々、冒険者たちで埋め尽くされ、北の厳しい寒さをしのぐために集まっていた。暖炉の炎が揺らめき、オレンジ色の光が木製のテーブルを照らす。テーブルには蒸した鹿肉や香辛料の効いたじゃがいも、温かいパンが山のように並び、空気は温めたワインと焼けた肉、そしてわずかなパイプの煙の香りに包まれていた。

 一角では吟遊詩人がリュートを弾き、北の古いバラードを歌っていた。氷原に挑み、栄光と共に帰還した英雄たちの物語だ。


 セラフィエルは長いテーブルの端に座り、六枚の翼を美しく畳んでハーブティーを飲んでいた。

 ミラはその隣で、ふわふわの尻尾を嬉しそうに振りながら蜂蜜ケーキを頰張っている。小さな狐の少女は、大天使が語る天上の庭園や歌う星々の優しい話に聞き入っていた。

 エレンディルは向かいに座り、強いエールを片手に、地元の学者とルーンの理論について議論を交わしていた。彼の鋭いエルフの顔立ちが、数日ぶりに少しだけ緩んでいる。


 雰囲気は明るかった。穏やかでさえあった。


 だが、俺は中にはいなかった。


 俺は宿の裏手の雪の中で一人で立っていた。冷たい風が長い白髪を揺らす。夜空は澄み切り、星々が黒い闇に鋭く輝いていた。


 ヴァラクが宿の木の壁に寄りかかり、巨大な黒曜石の体躯が長い影を落としていた。大剣を傍らに立て、燃える紅い瞳で俺を面白そうに、そしてどこか挑むような視線で見つめている。上位魔族は夕食の後、俺を外に連れ出した。「羽根頭の匂いのしない新鮮な空気が欲しい」と言いながら。


「ボス」

 彼の声は遠い雷のように低く響いた。「お前はずっと優雅な貴族の吸血鬼を演じすぎだ。目を見ればわかる。あの小さな仮面。全部優越感のクソで本当のお前を埋もれさせてる。たまには力を抜け。本当の自分でいちどきり、な?」


 俺は腕を組み、村の外に広がる雪原を見つめた。


「これが今の俺だ。血筋がそうさせる。力もそれを求める。ただ……捨てるわけにはいかない」


 ヴァラクが鼻を鳴らし、太い腕を組んだ。


「戯言だ。俺は本当のお前を何度か見てるぜ。怖がってるくせに全部大丈夫だって取り繕う、ぎこちない女だろ? 追い詰められると口悪くなるやつ。優雅な演技の後ろに隠れるのはやめろ。ただ見てるだけで疲れる」


 俺は彼を睨んだが、そこに本気の熱はなかった。彼は強く押してきている。そして、心のどこかで彼が正しいとわかっていた。

 最後に本当の白亜樹――エネルギッシュで皮肉屋で、地下室に引きこもっていたゲーマー――が自由に息をしたのは、もう何ヶ月も前のことだ。

 リリス・ノクターン、至高の吸血鬼の主権者として、優雅な姿勢、落ち着いた声、冷たい気品……それが鎧になっていた。快適な鎧ではあるが、鎧であることに変わりはない。


 ヴァラクが一歩近づき、笑みを深めた。


「さあ、何か本当のことを言ってみろ。『仰せの通りに』みたいな貴族のクソみたいなセリフじゃなく。この旅についてどう思ってるか。本当は子供を雪の中に引きずり回してるってどう思ってるか。天使と魔族を鎖につないでるってどう思ってるか」


 俺は少し躊躇い、ぼそっと呟いた。


「……複雑だ。ミラには安全が必要だ。お前とセラフィエルは便利だけど、喧嘩ばっかりしてるし、エレンディルは一言間違えたら爆発しそうだ」


 ヴァラクが笑った。


「出てきたな、少しは。でもまだ抑えてる。本気で言えよ。安いボスに死んでゲームに向かって叫ぶような女らしく」


 俺の頰が熱くなった。


「わかったよ。この旅はクソ面倒くさい。寒いし、ミラは可愛いけど殺されそうで怖い。お前らは天国と地獄から来た老夫婦みたいに言い争ってるし、エレンディルにもう一度『無謀な召喚』について説教されたら、本当に崖から突き落とすかもしれない」


 ヴァラクの笑みが広がった。


「良くなってきた。でもまだ女子学生みたいに赤くなってるぜ。認めろよ――あの優越感たっぷりの仮面の下は、めちゃくちゃぎこちないんだろ? 怖がるくせに強がって、全部大丈夫だって取り繕ってるんだろ?」


 俺は顔を背け、拳を握りしめた。


「俺は……そんな風にはしてない」


「そうか? なら、なんでまた赤くなってるんだ?」


 彼が身を乗り出し、からかうように言った。


「昔の世界じゃ、ゲームで安い死に方をしたら叫んでリロードして、なかったことにするタイプだろ? 人前で転んだら床のせいにするタイプだろ?」


 顔が一気に熱くなった。

 昔のゲーマーだった自分――ラグで叫んだり、ボイスチャットで毒を吐いたりしていた自分――が、堰を切ったように溢れ出した。

 俺はくるりと彼に向き直り、声が跳ね上がるのを抑えきれずに叫んだ。


「うるさいな、このデカいエッジロードが! 『魂を食ってやる』とかカッコつけてるけど、結局は角が生えた肉の塊で、天使に毎週のようにボコボコにされてるくせに! お前の母親の話なんかするなよ! 魔族が怒りっぽいのは全部お前の母親のせいだろ!」


 ヴァラクは一瞬動きを止め、それから腹の底から爆笑した。

 声が雪原に大きく響き渡る。


「出てきた出てきた! 本当のお前が出てきたな! 悪くないぜ、ボス。毒の吐き方がプロだ。母親の話まで出すとは、度胸がある。馬鹿だけど、度胸はな」


 俺は荒い息をしながら顔を赤らめていたが、胸の奥が少し軽くなっていた。

 数ヶ月ぶりに、重いものが少しだけ取れた気がした。貴族の仮面がわずかにひび割れ、昔の自分が五十パーセントくらい、すり抜けてきた。

 ぎこちないけど、気持ちが良かった。


 ヴァラクが目を拭いながら、まだ笑いを堪えきれずに言った。


「ほらな。出せよ。いつも優雅で高飛車なクソを被ってる必要はない。疲れるだろ? 本当の自分でいた方が、ずっと強いぜ」


 俺は顔を背けながらも、口元に小さく笑みが浮かぶのを感じた。


「……お前は相変わらず馬鹿だな」


 彼は歯を見せて笑った。


「そしてお前は相変わらずボスだ。今のうちに中に入ろうぜ。また天使が『品位ある振る舞い』について説教を始めちまう前に」


 俺たちは一緒に宿の方へ歩き出した。

 二人の間の空気は、少しだけ軽くなっていた。


 中に入ると、暖かさと笑い声が迎えてくれた。

 ミラがテーブルから嬉しそうに手を振る。セラフィエルはヴァラクに警戒の視線を向けたが、何も言わなかった。エレンディルは片眉を上げたが、エールに戻った。


 俺は席に着き、久しぶりに少しだけ本当の自分に近づけた気がした。


 死の円錐山への道は、まだ続いている。


 だが初めて、仮面の重さを一人で背負わなくていいのかもしれないと思えた。


 宿の暖かさが、俺たちが中に入った瞬間、正面から襲ってきた。

 焼けた肉と香辛料の効いたエール、松の燃える匂いが空気を満たしている。笑い声と音楽が大広間に満ちていた。

 ほんの一瞬、俺は自分が普通の人間に戻ったような気がした。


 その瞬間、ヴァラクが口を開いた。


 巨大な魔族は、俺の前を堂々と歩きながら、相変わらずの不愉快な笑みを浮かべていた。大剣を肩に軽く乗せ、宿の中央でくるりと振り返ると、広間の半分が聞こえるほどの声で叫んだ。


「みんな、聞いてくれよ!」

 彼の声は、まるで高価な壺をひっくり返したばかりの猫のように満ち足りていた。「ボスが、自分自身について話したいことがあるらしいぜ! なあ、リリス?」


 俺は足を止めた。


 紅い瞳が危険なまでに細められた。


「ヴァラク。やめろ」


 彼は完全に無視した。


「おいおい、ボス。もう恥ずかしがるなよ。外ではあんなに正直に話してくれたじゃないか。みんなの前でも同じことを言ってみたらどうだ?」


 セラフィエルが席から顔を上げ、翼をぴくりと動かした。ミラが首を傾げて混乱した様子でこちらを見ている。エレンディルはゆっくりとマグを下ろし、すでに最悪の予感を抱いていた。


 俺の胃が落ちていくのがわかった。


「ヴァラク」

 俺は歯を食いしばり、低く脅すような声で言った。「今すぐ黙れ」


 しかし魔族は楽しんでいた。テーブルに向き直り、わざとらしく無邪気な声で続けた。


「まず最初に、彼女はセラフィエルについてこう言った。『天使なんてただの養豚場出身の羽根の塊だ。もっと上手いPRを持ってるだけで』ってな」


「何だと!?」


 セラフィエルが勢いよく立ち上がった。椅子が後ろに飛んでいく。翼が大きく広がり、サファイアの瞳が純粋な怒りで燃え上がった。聖なる光が彼女の周囲に爆ぜる。


「私を……養豚場だと!? お前は――!」


 ヴァラクは止まらなかった。彼は勢いに乗っていた。


「それからな、爺さん」

 彼はエレンディルに向かって指を突きつけた。「ボスはこう言ってた。お前はもう一回説教されたら完全にキレて、近くの崖から突き落としてやりたいって。静かにさせてくれるなら、喜んでやるってな」


 エレンディルの目が激しく痙攣した。古い高位エルフはゆっくりと、意図的にマグをテーブルに置いた。顔が嵐のように暗くなる。


 ヴァラクは最悪のものを最後に取っておいた。


 彼はミラを見て、にこりと笑った。


「それからこの小さな狐の子の話だ。彼女はこう言ってた。ミラは確かに可愛いけど……本当は愛してなんかいない。うるさくて質問ばかりして、ただの重荷で、面倒くさいだけだって」


 宿全体が静まり返った。


 ミラの黄金色の瞳が見開かれた。小さな手がぎゅっと握りしめられる。すぐに大粒の涙が溢れ、頰を伝い始めた。下唇が震えている。


「……お姉ちゃん……私を愛してないの?」


 それが最後の引き金だった。


 俺の中で、何かが音を立てて折れた。


 考えるより先に、体が動いていた。


 俺の拳がヴァラクの顔に、鈍い**バキッ**という音を立てて叩き込まれた。上位魔族の頭が横に吹っ飛び、彼はまるで布人形のように後ろに吹き飛ばされた。

 二つのテーブルを粉砕し、数人の冒険者を巻き込み、最終的に宿の奥の壁に激突して、大きなへこみを作った。


 宿が完全に静まり返った。


 俺は立ち尽くし、荒い息をしていた。拳をまだ掲げたまま。長い白髪が三つ編みから少しほどけている。紅い瞳が、純粋な怒りで輝いていた。


 ヴァラクがゆっくりと壁の中から体を起こした。口の端から血が伝っている。それでも彼は笑っていた。


「……それだよ」


「もう我慢ならん!」


 俺の声は、素のまま、大きく、完全にフィルターなしで爆発した。

 35歳のゲーマーが、ついに限界を迎えたときの声だった。


「まず第一に、私はちっともぎこちない女子学生なんかじゃない! 何でもかんでも赤面するような女じゃない! 第二に、そんなクソみたいなことを言った覚えは一度もない、このデカいバカ野郎が!」


 俺はまだ立ちすくんでいるセラフィエルに向かって指を突きつけた。


「そう、セラフィエルは時々高飛車で、みんなより上だと思ってる節はある! でも彼女は綺麗だし、本気で人を守ろうとしてる! それを尊敬してる!」


 次に、卒倒しそうになっているエレンディルに向き直った。


「それにエレンディルは口を開くたびに頭痛がする! でもお前のおかげでエリシアの魂を直す可能性ができたんだ! 崖から突き落とすわけないだろ、この馬鹿野郎!」


 最後に、ミラを見た。


 小さな狐の少女は大粒の涙を流しながら、まるで心臓を刺されたような顔で俺を見上げていた。


 俺の声が震えた。


「そしてミラ……ミラは確かに時々うるさい。大きい声で質問ばかりして、俺にくっついて離れない。……でも俺は彼女を愛してる。この世界ごと焼き払ってでも、彼女を守る。彼女は重荷なんかじゃない。家族だ」


 俺は震える息を吸い込んだ。手が小さく震えている。


「もうやめる」


 宿の全員が俺を見ていた。吟遊詩人でさえ演奏を止めていた。


「もう、優雅で責任感があって完璧な至高の吸血鬼の主権者を演じるのはやめる。全部答えを持ってるふりをするのもやめる。貴族の半分が俺の死を望み、もう半分が怖がってる状況で、にこやかに笑ってるのもやめる」


 声が再び大きくなった。生々しく、怒りに満ちて。


「いいか!? 私はリリス・ファッキン・ノクターンだ! この体でやりたいことは何でもやる! これは私の人生だ! ……正直に言うと、時々嫌になる。重い。強がらなきゃいけないのが嫌だ。死んだ子供の魂を背負って、彼女に未来をあげようとしながら、自分が殺されないように必死で、貴族や魔族や古代の王たちと戦わなきゃいけないのが嫌だ!」


 目尻に涙が滲んだが、俺はそれを落とすことを拒んだ。


「もうこの仮面を被るのは嫌だ! 怖がってないふりをするのも嫌だ! 何が起きているのかわかってるふりをするのも嫌だ! 実際はほとんどその場しのぎでやってるのに!」


 宿は完全に静かだった。


 ヴァラクが口の端の血を拭いながら、まだにやにやと笑っていた。


「……やっとだな」


 俺は彼を睨み、胸を激しく上下させた。


「黙れ」


 彼は低く笑った。


「それが本当のお前だ、ボス。ようやく出たな」


 セラフィエルがゆっくりと席に座り直した。表情は複雑だった。エレンディルは、初めて見る人間のように俺を見つめていた。ミラはまだ泣いていたが、どこか安堵に近い表情で俺を見上げていた。

 ようやく、自分の「お姉ちゃん」も疲れたり、ぐちゃぐちゃになったりしていいのだと理解したように。


 賢者の声が、温かく、誇らしげに俺の頭の中に響いた。


【よくやりました、主よ】


 俺は深く息を吸い、もう一度、ゆっくりと吐いた。


 仮面は、落ちた。


 良くも悪くも……これがこれからの俺だ。


 リリス・ファッキン・ノクターン。


 そして、もう二度と違うふりをするつもりはない。

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