第48章:魂の契約 ― 天使、魔族、そして主権者
凍てついた平原を吹き荒れる風は、傷ついた獣のように唸っていた。
淡い朝の光の中で、氷の欠片が舞い踊る。
俺は開けた雪原の中央に堂々と立ち、長い雪白色の髪を背後になびかせながら、まるで月の旗を掲げているかのようだった。
外見上は、完全に冷静だった。
内心では、頭の中が悲鳴を上げていた。
(は? 俺、今何やってんだよ!? 大天使を召喚したぞ!? 存在そのものが頂点級の、神に匹敵する大天使を! しかもヴァラク――あのクソ上位魔族を! あいつはゾラスですら子供に見えるほどの化け物だぞ! その自尊心と図太さはギルガメッシュ並みじゃねえか! いや、落ち着け。落ち着け。絶対に何か要求してくるはずだ。慌てるな。慌てるな……)
左側に立つセラフィエルは、七フィートを超える神々しい存在だった。
純白の羽に金色の縁取りが施された六枚の翼が、陽光を浴びた新雪のように輝いている。
白金とサファイアの神聖な鎧が、完璧で幽玄な美しさを誇る体躯を包み、溶けたサファイアのような瞳が好奇心と警戒の入り混じった視線を俺に向けていた。
手に握られた純光の槍が、聖なるエネルギーを低く唸らせ、周囲の雪を蒸気に変えていた。
右側に立つヴァラクは、九フィートに及ぶ漆黒の筋肉と地獄の力を体現した存在だった。
額から生える湾曲した巨大な角が輝き、背中には鋭い刃のような革の翼が折りたたまれている。
影を固めたような黒い板金鎧に包まれた体躯からは、抑えきれない暴力性が溢れ出ていた。
肩に担いだ黒曜石の大剣からは、虚空のエネルギーが淡く滴り落ち、落ちた雪を黒く染めていた。
二人は即座に互いを睨みつけ、長い間積もり続けた種族間の憎悪で空気をビリビリと震わせていた。
天使と魔族。光と闇。
今にも互いを引き裂かんばかりの殺気だった。
俺は手を掲げ、威厳に満ちた声で緊張を切り裂いた。
「もう十分だ。二人とも。俺がお前たちを召喚した主だ。俺が命じない限り、戦うことは許さん。わかったな?」
セラフィエルはわずかに頭を下げたが、視線はヴァラクから離れなかった。
「深紅の主権者よ、仰せの通りに。第三合唱団のセラフィエル、あなたの呼び声に応じました。しかし、この深淵の穢れと並んで立つつもりはありません」
ヴァラクは短剣のような牙を剥き、獰猛な笑みを浮かべた。
「第七深淵の主、ヴァラクだ。力と魂を求めて来たのであって、羽根の生えた偽善者と仲良くするためじゃない。……まあいい。とりあえずな。言ってみろ、小さき主権者よ。お前は何を捧げて俺たちを従わせるつもりだ?」
俺は表情を崩さず平静を保ったが、内心はまだパニック状態だった。
(落ち着け。落ち着け。こいつら二人とも馬鹿みたいに強すぎる。これは核兵器と火山を同時にスタンバイさせたようなものだ。下手なこと言うなよ……)
俺はゆっくりと息を吸い、至高の吸血鬼らしい王族のオーラを穏やかに、しかし確かに放った。
「お前たち二人とも驚いているのはわかる。異なる世界から、同時に二体の強大な存在を呼び出した。片方は魔王に匹敵し、もう片方は神々の階級に匹敵する。お前たちを反動なしに召喚できた時点で、俺の魂が十分に強いことは理解できているはずだ。だが、俺はお前たちを一度限りの使い捨てとして呼んだわけではない。もっと大きなものを捧げる」
俺は言葉を区切り、二人にしっかりと思わせた。
「俺の魂と忠誠を捧げる。お前たちを俺の忠実な配下とし、僕とする。魂の絆を通じて、力を共有しよう。俺が強くなればお前たちも強くなり、お前たちが強くなれば俺も強くなる。全員にとってwin-winだ」
ヴァラクが腹の底から響くような哄笑を上げた。近くの木から雪が落ちるほどだった。
「自分の魂を俺たちに捧げるだと? 大胆不敵だな。愚かでもある。だが、興味深い。お前のような小さい蝙蝠に、何ができるというんだ?」
セラフィエルは冷たい表情を崩さなかったが、サファイアの瞳にわずかな興味の色が浮かんだ。
「詳しく話せ、主権者よ。天使は軽々しく仕えたりはしない。我々は正義と秩序と光に仕える。あなたが天界にない何を我々に与えられるというのです?」
俺は二人の視線を真正面から受け止め、紅い瞳に静かな自信を宿らせた。
「ヴァラク、お前は力と魂を求めている。それを俺は与えられる。俺の絆と、存在する中で最も速く進化する能力を通じて、お前をこれまでいたどの魔王よりも強くしてやる。お前が夢にも見たことのない領域まで昇らせる」
魔族の笑みがさらに広がったが、瞳は計算高く細められた。
「そしてセラフィエル」
俺は大天使に向き直った。「お前は正義と秩序と忠誠を求めている。それも俺は与えられる。遠い神々への盲目的な服従を超えた目的を。真に守るべきものを守る力を。混沌とした世界に本物の秩序をもたらす力を。一緒になれば、どちらか一方だけでは成し得ない何かを創り出せる」
二人は長い間、黙って俺を見つめていた。
最初に口を開いたのはヴァラクだった。低い唸り声で。
「小さい身で随分と自信たっぷりに語るな。だが、言葉に嘘はないようだ。お前が言っている絆……すでに俺を引き寄せている。見せてみろ、主権者よ。その力を。ならば考えてやってもいい」
セラフィエルは翼をわずかに震わせた。
「天使は魔族と契約などしない……しかし……もしあなたの魂が本当に我々二人を縛れるほど強く、かつあなたの目的が正しいものであるなら、話を聞こう。言葉を証明してみせろ、リリス・ノクターン」
俺は頷き、手を掲げた。
魂の絆の淡い深紅の糸が掌から伸び、二人の存在に繋がった。
二人はわずかに身を震わせたが、すぐに相互の力の流れを感じ取った。俺の強さと潜在能力の一部が、二人に伝わっていく。
ヴァラクの目が見開かれた。
「この……成長速度。異常だな。お前は世界そのものを貪り食う飢えた獣のように進化していく」
セラフィエルの表情が驚きに柔らかくなった。
「あなたの意図には純粋さがある。そして強さがある。私は……今のところ、あなたの申し出を受け入れましょう。主権者よ。私はあなたの配下として仕えましょう。ただし、不必要な悪は見過ごしません」
ヴァラクが再び笑ったが、今度はそこに敬意が混じっていた。
「いいだろう。付き合ってやる。ただし、退屈させたらお前の魂を食ってやるぞ」
魂の絆が固まった。
黄金と深紅の光が俺たち三人の間で閃いた。
セラフィエルからは聖なる光の奔流が、ヴァラクからは生々しい魔の力が俺の中に流れ込んできた。
逆に、二人の体もわずかに引き締まり、俺の成長の可能性が彼らにも還元されていくのがわかった。
賢者が静かな誇りを込めて見守っていた。
『契約は完了しました、主よ。彼らは今、あなたのものです。ただし忘れないでください――彼らは道具ではありません。意志を持つ盟友です。敬意を持って接すれば、忠実に仕えてくれるでしょう』
俺はゆっくりと息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。
「ようこそ、俺の側へ。セラフィエル、ヴァラク。これから長い道のりになるが……一緒になれば、世界を揺るがすこともできる」
ミラが馬車から顔を出し、目を丸くして言った。
「リリスお姉ちゃん……天使と魔族のお友達ができたの? すっごくカッコいい!」
俺は小さく、しかし王族らしい笑みを浮かべた。
「ああ、ミラ。どうやらそうらしいな」
風が凍てついた平原に俺たちの声を運んでいく。
大天使と上位魔族を魂の絆で手に入れた今、北の道はもうそれほど恐ろしいものではなくなっていた。
不可能は、また少しだけ不可能ではなくなった。
そして俺は、まだ始まったばかりだった。




