第37章:夜の狩り
死鴉の森の深淵からミラを運び出して、五時間が経過した。
夜の闇が大地を完全に支配している。ねじれた樹々の分厚い天蓋が空を覆い、星一つ見えない漆黒が広がっていた。唯一の光源は、テントの外に設置した小さな魔導ランタンが放つ、淡い緋色の輝きだけだ。その光が圧迫するような暗闇を押し返し、脆い安全圏を作り出していた。
俺は森の端にある小さな空き地を野営地に選んだ。三方を深い茂みに囲まれ、倒木が天然の障壁となっている。馬車を近くに停め、地面に描いた保温のルーンで二頭のスノードレイクを休ませた。頑丈な魔導テントの中で、ミラは毛皮の山に埋もれて安らかに眠っている。傷をポーションで洗浄し、包帯を巻き、エルデンリーチで購入した温かいスープを飲ませた。この小さな狐の少女は、何週間もまともな食事にありついていなかったかのように貪り食い、そのまま泥のように眠りについた。夢の中ですら、俺のジャケットの裾を小さな手でしっかりと握りしめている。
その姿はあまりにも儚げだった。時折ぴくりと動く小さな狐の耳と、自分自身を包み込むように丸まったふさふさの尻尾。首輪の赤い輝きは、敵対的な色から俺の魔力と同じ緋色へと落ち着き、俺が彼女の新たな主人であることを示していた。安全な場所へ着いたら、あの首輪は適切に外してやるつもりだ。今は、それが彼女の容体を安定させている。
俺はテントの入り口の外にある平らな岩の上であぐらをかき、膝に【ナイツ・ラメント】を置いていた。吸血鬼は人間のように眠る必要はない。身体は魔力(ME)と魂のエネルギーだけで駆動しているため、必要なら数週間でも起きていられる。俺は緋色の瞳で暗闇を監視し、枝の折れる音や葉の擦れる音一つ一つに耳を澄ませた。
森は、最悪の形で「生きて」いた。賢者が感知していたあの闇のエネルギーは、至る所にあった。地面の底で、病んだ心臓の鼓動のように脈動している。それが木々を不自然にねじ曲げ、あるはずのない場所で影を動かし、空気には錆と腐敗の臭いを纏わせていた。
賢者が俺の傍らに顕現する。エネルギーを温存するため、その銀色の姿は薄い。彼女の膝の上では、エリシアの小さな魂が、光る子猫のように丸まって眠っていた。
『マスター、夜になると穢れの拡散速度が速まります。紅蓮黒王の影響力は、日没後に強まるようです。全速で移動すれば、明日の昼までには廃城に到達できるでしょう』
俺は小さく頷いた。
「ああ。奴を仕留めるのが早ければ早いほど、この惨禍がエルデンリーチに及ぶのを止められる」
静寂の中で数時間が過ぎた。聞こえるのは遠くで響く穢れた獣の遠吠えと、木々から溶け落ちる霜の滴る音だけ。俺はただ静止し、白銀の美しさと抑え込まれた力を秘めた彫像のように佇んでいた。新しい黒のジャケットと柔軟なパンツのおかげで、寒さは苦にならない。風が吹き抜けるたび、首元の赤いネクタイがわずかに揺れた。
その時――気配を感じた。
歪んだ二本の木々の間、影の中に何かが動いた。地面を這うような低い姿勢。速い。飢えている。
迷いはなかった。
――【虚空歩行】
岩の上から消失し、暗闇の瞬きと共に背後に出現する。
抜刀の滑らかな動作と共に【ナイツ・ラメント】が歌い、横一閃に薙ぎ払った。怪物が振り返るよりも早く、その首が綺麗に切断される。
――ドサリ。
首を失ったゴブリンの肉体が、霜の上に緑色の血を撒き散らして崩れ落ちた。足元まで転がった生首は、驚愕に目を見開いたままだった。その死体は変異していた。皮は黒ずみ、瞳は薄赤く発光し、爪は異常なまでに伸びている。
賢者の言葉が、俺の懸念を確信に変えた。
『穢れしゴブリンです。森の闇のエネルギーが変異させた個体。これは始まりに過ぎません』
再び、動気。空き地を取り囲む闇の中に、何十もの黄色い瞳が浮かび上がった。ゴブリン。狼。樹皮のような肌と棘の爪を持つねじれたドライアド。さらに巨大な影――穢れたオーガや、墓場から這い出たようなアンデッドの騎士までいる。
連中は、生き血の匂いと、俺が先ほど放った残滓の魔力に惹かれ、悪夢の濁流となって木々の間から溢れ出してきた。
俺は空き地の中央に立ち、剣を掲げ、翼を半分広げた。
「やれやれ」
冷たい笑みが唇に浮かぶ。
「少しばかり、運動不足だったところだ」
――【疾走】
弾丸のように飛び出した。
第一波が、牙と爪の嵐となって襲いかかる。茂みから飛び出した十体のゴブリンが金切り声を上げる。俺は緋色の亡霊のようにその中を通り抜けた。【ナイツ・ラメント】が弧を描き、一撃ごとに首や手足を斬り飛ばす。黒い血が雪を汚し、死体が積み重なる。一匹がジャケットの袖を切り裂いたが、俺はそいつの頭を掴むと【竜鱗強化】で握り潰した。頭蓋骨が腐った果実のように弾け飛ぶ。
――「炎の構築物」
指を鳴らす。周囲の空間に十本の緋色の炎の剣が具現化し、凄まじい勢いで回転を始めた。剣が射出され、跳躍中のゴブリンたちを串刺しにする。地獄の業火が彼らの穢れた肉を焼き尽くした。
左翼から銀牙狼の群れが突進してくる。先ほど倒したものより大きく、歪んだ個体たちだ。毛皮の下に赤い血管を脈打たせる巨体のアルファが、俺の喉元を狙って躍りかかる。
真正面から受け止める。
――「魂の断罪」
奴の上空に跳び、背骨を貫くように【ナイツ・ラメント】を突き下ろす。刃が飢えた獣のようにその穢れた魂を飲み干した。残りの群れが散らばろうとするが、空いた手から放った【支配の糸】が彼らの足を絡め取り、引き戻す。次々と魂を収穫し、そのエッセンスで再生能力を加速させた。
戦いは激化する。
さらなる怪物たちが押し寄せる。根を抜き歩き回る穢れたトレントが棘だらけの巨大な枝を振り回し、剃刀のような翼を持つ影のコウモリの群れが空を覆う。地中からは錆びた鎧を纏ったアンデッドの騎士までもが這い上がってきた。紅蓮黒王のエネルギーが、森全体を奴の意志の延長へと変えつつあった。
俺は、そのすべてを踊るように駆け抜ける。
俺の動きはもはや効率的という次元を超えていた。至高の力を振るう死の舞踏。【空中機動】で攻撃の間を滑り、【ハイジャンプ】で群れの中へと飛び込み、【絶対生命の支配】で一網打尽に生命力を吸い取って弱らせ、トドメを刺す。
穢れたオーガが木の一本を棍棒のように振り回してきた。俺は片手でそれを受け止め、体を捻る。その運動エネルギーを利用し、オーガを地面に叩きつけてクレーターを作った。そのまま剣を頭蓋骨に突き立てる。
頭上から影のコウモリが急降下してくる。俺は【太陽の主権:放射爆発】を放った。黄金と緋色の光球が空中で炸裂し、奴らを瞬時に消滅させる。
数は増え続ける。数十体が、数百体へと。森自体が、まるで紅蓮黒王が俺の存在を感知したかのように、持てる戦力のすべてを吐き出していた。
賢者の声が、リアルタイムの解析を俺の脳内に届ける。
『マスター、エネルギー密度が上昇しています。王は我々に気づいています。これは偶然の襲撃ではありません。マスターを城に到達させぬよう、消耗させるための意図的な波状攻撃です。魔力(ME)を温存してください。魂の捕食を効率的に』
俺は暗闇の中で牙を剥き、ニヤリと笑った。
「了解だ」
防御を捨て、完全な攻勢に転じる。
――【永劫魂の支配】
俺のオーラが爆発的に膨れ上がった。黒と緋色の糸が全方位に噴出し、数十の怪物を一挙に絡め取る。次々と魂を引き抜き、飲み込んでいく。魂はどれも腐敗と絶望の味がしたが、それが俺の糧となり、あらゆるかすり傷や打撲を瞬時に癒していく。
空き地は殺戮の場と化した。怪物の死体が山を成し、雪は汚れた血で真っ黒に染まる。俺は死の嵐となって移動する。駆け、斬り、吸い、喰らう。白い髪が舞い、ジャケットは至る所が破れたが、俺の肉体は無傷のままだった。
巨大な穢れたトレントが前進してくる。俺は幹に飛び乗ると、その体を駆け上がり、頂点から【ナイツ・ラメント】を心核へ突き刺した。【魂の捕食】が最大出力で起動する。古き木の精霊は絶叫し、そのエッセンスを吸い尽くされ、数秒のうちに塵となって枯れ落ちた。
数時間が経過した。
波状攻撃はようやく鈍り始めた。最後の一団が、情けない鳴き声を上げながら暗闇へと逃げ帰っていく。森には再び静寂が訪れた。俺が放った地獄の業火が、乾いた木々を焦がす微かな音だけが響いている。
殺戮の跡地の中央で、俺は剣から黒い濁液を滴らせながら、整った呼吸をしていた。新品のジャケットはボロボロだが、俺の体には傷一つない。この戦いはまさに望み通りだった。感覚を研ぎ澄まし、限界を試し、自分がどれほどの強さを手に入れたかを再確認できた。
賢者が傍らに現れ、静かな誇りを滲ませて微笑んだ。
『お見事です、マスター。この数ヶ月で、あなたはさらなる成長を遂げられました。王を討つのは容易ではないでしょうが、今の貴方なら必ず』
雪のきれいな場所で剣を拭い、鞘に収める。
「ミラを確認してくる」
テントに戻る。狐の少女は、外の激闘などまるで知らぬかのように、安らかに眠り続けていた。小さな胸が規則正しく上下している。俺は優しく彼女の顔にかかった髪を払い、毛布をかけ直してやった。
「よく眠りなさい、小さな子」
そう囁く。
「俺が必ず、守ってみせるから」
夜明けまでにはまだ時間がある。俺はテントの外の岩に腰を下ろし、再び監視を始めた。
紅蓮黒王は、森の深部で待っている。
そして俺は、奴を討つためにそこへ向かうのだ。




