第2章 最初の狩り
月が冷たく無関心なスポットライトのように高くかかり、森全体を青白い銀色の光で照らしていた。明るすぎる。静かすぎる。そして、先ほど起きたばかりの混乱などまるで気にも留めていない。
俺は息を荒げて立ち尽くしていた。肺が激しく上下するたび、まだ体中に残る衝撃を思い知らされる。
「……よし」
小さく息を吐きながら、震える声でなんとか強がってみた。「第一歩……死なないこと、だな」
ははっ。最高の計画だ。どうやって実現するのかは全く分からないけど。
神の忘れたような森のど真ん中に放り出され、弱々しい見知らぬ吸血鬼の体に閉じ込められ、俺の生存など微塵も考慮していない世界にいる。チュートリアル画面も、便利なマップも、ルールを説明してくれるステータスメニューも一切なし。ただ原始的な本能と、頭の片隅でじわじわと広がる空腹感だけがあった。
ここでは生存は選択肢じゃない。必須事項だ。そして俺には何一つ武器がない。
その時——何か変わった。
気配だ。重い。異質な。全身が凍りつき、原始的な警鐘が頭の中で激しく鳴り響いた。あれは普通の動物の気配じゃない。純粋な、容赦のない危険だ。
頭を素早く振り向けた。
振り返りきる前に——
ドオオオッ!!
巨大な影が低木をぶち破りながら飛び出してきた。生きている破城槌のような勢いだった。
巨大な猪——いや、単なる猪などという言葉では到底足りない。筋肉と怒りの塊のような怪物で、分厚い皮膚はまるで鎧の板、牙は短剣のように長く鋭く、目は野性の狂気で燃えていた。一歩踏み出すごとに地面が震える。そしてまっすぐに俺に向かって突進してきた。
「うわあああっ!?」
間一髪で横に飛びのいた。さっきまで俺が立っていた地面が土と根っこの破片を撒き散らして爆発した。なんとか体勢を立て直す前に、怪物は恐ろしい速度で向きを変えた。
ドン、ドン、ドン——
また来る。
「……無理、無理無理無理——!」
英雄的な対決も、ドラマチックな逆転もなし。純粋な生存本能だけが叫んでいた。「とにかく逃げろ」と。
俺は全力で走り出した。枝が顔を叩き、細い傷を刻む。茂みが服と肌を引き裂く。この新しい吸血鬼の体は思ったより速かった。不自然なほど素早い動きで反応する。しかし後ろの怪物はそんなことお構いなしだ。木々など紙のようにぶち破りながら、容赦なく、止まることなく迫ってくる。
「なんで初対面の敵がこれなんだよ!?」
半分パニック、半分本気の苛立ちで叫びながら、露出した根を飛び越し、低い枝をくぐった。当然だ。当然、こっちの世界への初対面がミニボス級の化け物になるに決まってる。
息が焼けるように熱くなるまで走り続け——足が茂みに隠れていた何かに引っかかった。
世界が一回転した。
制御不能に転がり、大きな岩に激突する。グシャッという嫌な音がした。全身の神経に激痛が爆発し、視界が真っ白になった。腕から温かい血が滴り落ち、足は……足が明らかに変な角度に曲がっていた。
「くそっ——!」
思わず掴んで、元に戻そうとした。
バキィッ!!
「うああああああっ!! 痛い痛い痛いっ!! くそおおお!!」
涙が溢れ、激痛が背骨を駆け上がる。気絶しそうになったその時——
ドン、ドン、ドン——
また来た。猪はさらに怒りを増して突進し、大地を震わせながら迫ってくる。
「……マジかよ、お前」
横に転がった直後——
ドオオオオオッ!!
後ろの岩が粉々に砕け、破片が榴散弾のように飛び散った。俺は目を見開いて絶叫した。「はあ!? 強すぎだろこの化け物!!」
しかし怪物は計算を誤っていた。巨大な体が砕けた岩と絡みつく根の間に挟まり、暴れながらも一時的に動きを封じられた。森に、束の間の静寂が落ちた。
「……今だ」
這うようにして立ち上がる。砕けた足が悲鳴を上げ、体重をほとんど支えられない。それでも、逃げられる。逃げるべきだ。でも心の底では分かっていた。このまま生かしておけば、また追ってくる。次は運が尽きるかもしれない。
「……ちくしょう……」
呼吸を整え、震える手をきつく握りしめた。
「……なら、殺す」
痛みに耐えながら、怪物に向き直った。その瞬間、落ち着いていて柔らかく、まるで精神的な声が直接頭の中に響いた。
【ライフドレインを使え】
「……ライフドレイン?」
どうやって使うのかも分からない。説明もなし。ただ、目の前の緊急事態だけがあった。猪はすでに岩を砕き始め、脱出しようとしていた。
「……やるしかねえ——!」
俺は飛びつき、巨大で熱く荒々しい体にしがみついた。「ライフドレイン!!」
両手が暗い深紅の光を放ち、生きている毒のように怪物の肉に沈み込んだ。そして感じた——その生命力が温かく中毒的な奔流となって俺の中に流れ込んでくるのを。猪は狂ったように暴れ、岩に体を叩きつけて俺を振り落とそうとしたが、俺は必死にしがみついた。
「……離すかよっ!!」
血管に力が漲る。折れた足が激しい音を立てながら元に戻り、筋肉が引き締まり、痛みが遠のいていく。体が強くなった。ずっと強くなった。猪の抵抗は次第に弱く、遅く、必死になっていき——ついに力尽きて崩れ落ちた。まだ息はしているが、完全に消耗しきっていた。
俺はよろよろと後ずさり、震える自分の手を見つめた。
「……マジかよ……今のは何だったんだ……?」
再び声が響いた。今度はより明確で、近く感じる。
【とどめを刺せ。ソウルイーターを使え】
死にかけの怪物を見下ろし、自分の手を見た。内側から何かが目覚めるような感覚があった。
「……分かった」
一歩踏み出す。本能が動いた。口が人間の顎ではありえないほど大きく開き、暗いエネルギーが溢れ出す。肉でも血でもなく、もっと深い——その本質、魂そのものを喰らう。少しずつ、確実に喰らい尽くす。猪の体は完全に弛緩し、動かなくなった。
森に再び静寂が訪れた。俺は荒い息を吐きながら、俺を殺しかけた空の抜け殻を見つめていた。
「……今のは一体何なんだよ!?」
叫び声が木々の間に反響し、心臓が激しく鳴っていた。体が今まで感じたことのないほど生き生きとしていた。強く、鋭く、根本的に違う。
すると、柔らかい光が目の前に浮かび上がった。俺は身構えた。また新しい恐怖が始まるのかと思った。しかし光は凝縮し、半透明の女性の姿になった。優雅で、この世のものとは思えない雰囲気を持ち、古の叡智を感じさせるオーラを放っている。彼女は興味深い実験を観察するような、薄い微笑みを浮かべて俺を見ていた。
「まあまあ……初狩りとは随分と無茶なことをするものね」
俺は凍りついた。
「……喋れるのか?」
彼女は楽しげに首を傾げた。「当然よ」
優雅に背筋を伸ばし、鋭く聡明な目で俺を見つめる。「自己紹介をしましょう。私は大賢者。第五世代の賢者よ」
脳が一瞬ショートした。
そして彼女は、まるで天気の話をしているかのように気軽に付け加えた。
「そして、あなたの魂縛の従者です」
沈黙が流れた。俺は一度瞬き、二度瞬きし、自分の胸を指差した。
「……俺の、何?」
彼女は再び微笑んだ。落ち着いていて、動じない。
「あなたの従者よ」
俺の目が激しく痙攣した。
「……は?」
ああ、もう。この世界は最初からぶっ飛んでやがる。
「これは第1章の続き。彼女が自らの力、そしてその真の能力を理解し、馴染んでいくまでの過程である。」




