章 1: プロローグ
俺はまさか、クソみたいなトラックに轢かれて人生が終わるなんて思ってもみなかった。
三十五歳、永遠の独身、そして「プロゲーマー」という名目で堂々と無職。名前は白 秋。毎日、ランクを上げ、ビルドを理論構築し、まだ存在しないゲームのファンコンテンツを作ることばかりに時間を費やしていた。今日だけは、少し違ったはずだった。
今日は「Forever Sage」デザインエキスポに、自分のポートフォリオを抱えて向かう日だった。中には俺の自信作——何週間もかけて完璧に仕上げた吸血鬼の女の子のキャラクターデザインが入っている。月明かりの下で新雪のように輝く長い白髪、魂を射抜くような真紅の瞳、傷一つない白い肌、そして優雅でありながら危険なオーラ。名前は「リリス・ノクターン」。この子ならファンコンテストで優勝できると確信していたし、もしかしたら本当にゲームに採用されるかもしれないとまで思っていた。
横断歩道で、胸を高鳴らせて信号を待っていると——すべてが狂った。
六歳くらいの小さな女の子が、俺の目の前でつまずいた。風船が指からすり抜け、空へ飛んでいく。考える間もなく、重いトラックの低いエンジン音が迫ってきた。運転手の頭が窓に凭れかかっている——眠っていた。
時間が止まったように感じた。
俺は迷わなかった。
全力で走り出し、女の子を抱き上げ、持てる限りの力で歩道へ突き飛ばした。小さな体が無事に舗装の上に飛んでいく。ほんの一瞬、安堵が胸をよぎった。
その直後——衝撃。
全身に激痛が爆発した。世界が回転し、クラクションが鳴り響き、そしてすべてが真っ暗になった。
……
……
虚空に、冷たく機械的な声が響いた。
【要請を確認しました】
【対象者はこれより転生します。】
【記憶アンカー解析中……魂の願望解析中……】
【解析完了。】
【付与種族:吸血鬼】
【種族スキル取得:】
【夜視】
【完全感覚】
【生命吸収】
【魂喰い】
【大スキル取得。】
【完全適応】
【完全賢者】
【魂の容量と記憶願望により、スキルが進化しました。】
【大賢者】
【最終スキル取得:完全ギャグ】
……は?
暗闇がガラスのように砕け散った。
俺は大きく息を吸い込んだ。新鮮な空気が肺に入る。体が……おかしい。小さくて、脆くて、軽い。
目を開けた。
見慣れない木々の天蓋の下、柔らかい草の上に横たわっていた。月明かりが葉の隙間から差し込み、周囲を銀色と深い青色に染めている。夜咲きの花と湿った土の匂いがした。
ゆっくりと体を起こすと——小さな、華奢で白い手が草を掴んだ。
「……は?」
声が高くて、柔らかくて、女の子みたいだった。
見下ろす。
肩から雪のように白い長い髪が流れ、地面に広がっている。肌は不自然に白く、月明かりの下でほぼ発光しているように見えた。着ているのはシンプルな黒いワンピースだが、この小さな体には明らかに大きすぎる。
震える手を顔に当てると、下唇に二本の小さな鋭い牙が当たった。
「いや……いやいやいやいや——」
慌てて立ち上がろうとして、自分の髪に足を引っかけそうになった。足が短い。バランスが悪い。体が脆くて、ちょっと速く動いただけで折れてしまいそうだった。
近くの池に向かってよろよろと歩く。水面は鏡のように静かだ。
そこに映った自分の姿を見て、胃が落ちるような感覚に襲われた。
真紅の瞳。長い白髪。十二、三歳くらいにしか見えない、可愛らしい人形のような顔。
それは——彼女だった。
俺が自分で描いた、リリス・ノクターン。
俺は自分がデザインした吸血鬼の女の子になっていた。
「なんだこれクソッ!!」
新しくなった高い声がパニックで裏返った。「俺、女の子!? しかも子供!? 吸血鬼!?」
鏡に映る赤い瞳が、俺の驚愕をそのまま映して大きく見開かれた。
記憶が一気に蘇る。トラック。小さな女の子。そしてあの声。
【種族:吸血鬼】
【大賢者】
【完全ギャグ】
頭を抱えると、白い髪が小さな指の間をすり抜けた。
「こんなのありえないだろ……子供を助けて死んだのに……なんで俺が……こんな姿に……?」
弱々しく情けない笑いが漏れた。
三十五歳、引きこもりのゲーマーで、本物の女性とまともに話せなかった白秋が、ファンタジー世界で一番弱そうなロリ吸血鬼に転生してしまった。
再び自分の小さな手を見つめ、ぎゅっと握りしめる。
「……せめて大賢者はついてるよな? それならチートっぽいし」
でも今は、まっすぐ立っているだけでも疲れる。この体はひどく弱い。骨の髄までそう感じた。この新しい姿には、ほとんど力がない。
木々の上に浮かぶ月を見つめた。
力がすべてを決める世界。
そして俺は、その世界で想像しうる限り最も弱い小さな吸血鬼の女の子として目覚めた。
長くて大げさなため息をつく。自分でも可愛すぎて嫌になる声だった。
「……いい仕事したな、トラックくん。よくやったよ。」
しばらくその場に立ち尽くし、夜風に白い髪を揺らしながら、星を映す真紅の瞳で空を見上げた。
そして、元大人だった男が子供の体で出せる限りの威厳を振り絞って、ぽつりと呟いた。
「最高だな、最高……」
こうして物語は始まった。
これは、この過酷な世界を生き抜き、最弱の吸血鬼が至高の最強へと成り上がる物語の、ほんの序章に過ぎない。




