37 気になることがあるのです
ホリーはテイランが自分を見捨てるつもりだと気付き、怒りと悔しさでいっぱいになった。保身のためもあったが、フラワを切り捨ててまで、こんな男を守る必要があったのか。
考えるだけで、あの時の自分にも腹が立った。
(どうせ捕まるのなら、この男を隠し持っている毒で殺してやろうか)
そう思った時、リミアリアがテイランに尋ねた。
「たとえ、毒を入手したのはホリー様だとしても、お母様の食事に毒を入れたのはあなたです。あなたが無実というわけではありませんよね」
「どうしてだ? 私は何も知らなかったんだぞ?」
(そんなわけないでしょう!)
ホリーは無言でテイランを睨んだが、彼は気にする様子もなく続ける。
「ホリーから体にいい薬があるから、料理に混ぜてあげたらいいと言われたんだ」
「どうしてそんなことをしたのですか」
「……は?」
テイランは、リミアリアの質問の意味がわからず聞き返した。
「別にお母様は大きな病気を持っていたわけではありません。それなのに、どうしてその薬をお母様の食べ物に入れただけでなく、当時、お母様の死について調べていた騎士に、その話をしなかったのでしょうか」
「騎士に話をしなかったのは、疑われるのが怖かったからだ。私は伯爵なんだ。妻を殺したのではないかと領民に疑われたら大変だろう?」
「あなたが無実なら、どうしてその薬をホリー様からもらったことを話さなかったのですか? 明らかに犯人は彼女でしょう」
リミアリアの質問にホリーが答える。
「彼は私を正妻にするために、あなたのお母様をずっと殺したいと思っていたの。だから、私に毒を用意させたのよ。騎士に話さなかったのは、あの時は私を裏切るつもりじゃなかったからでしょう」
「おい! なんてことを言うんだ!」
自分を睨みつけるテイランを見て、ホリーはどうしてこんな男に夢中になっていたのかと悲しくなった。
(こんな男だとわかっていたら、子供を優先していたのに!)
「おい、でたらめを言うな! 訂正しろ!」
「嫌よ! だって、間違ったことは言っていないもの。そうじゃなきゃ、私は毒を手に入れて、あなたに渡したりしないわ」
「お前っ!」
テイランはそこで口を閉ざしたが、ホリーには何を言おうとしていたのかわかった。
(裏切るのか、と言いたかったのでしょうけど、リミアリアたちの前では口にできないわよね)
ホリーは深呼吸してから、リミアリアに向き直る。
「リミアリア、毒を入手してテイランに渡したのは私よ。だけどね、私はあなたのお母様を殺すつもりはなかったわ」
結局、ホリーも自分が可愛かった。自分が罪に問われるのは仕方がないが、殺人の罪だけはテイランに押し付けようと考えたのだった。
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「ではなぜ、シウナ子爵に毒を渡したのですか?」
「彼に頼まれたからよ。何に使うかは聞いていなかったわ」
リミアリアの問いかけにホリーが答えると、テイランが反論する。
「ふざけるな! 私は頼んでいない! それよりも毒を手に入れようとすることは違法なんじゃないのか!?」
「私は薬師よ。毒物の取り扱いの資格も持っているし、手に入れることは罪ではないわ」
「お前! 私を裏切るつもりなのか!」
「何のことかしら?」
「このっ!」
勝ち誇った顔をしたホリーに、テイランは罵声を浴びせようとしたが、リミアリアたちがいることに気がついて口を閉じた。
(仲間割れをするだろうと予想してはいたけど、ここまで醜いものになるなんて思っていなかったわ)
リミアリアはため息を吐くと、静かになったふたりに話しかける。
「お互いに自分は悪くないと言いたいようですけれど、そんな理屈が通ると思いますか?」
「……どういうことだ?」
聞き返したのはテイランだが、ホリーも訝しげな顔をしている。
リミアリアはまずはホリーを見つめながら、話を始めた。
「ホリー様は毒物を入手することは認められていますが、人に譲渡や売買することは認められていません。ですから、シウナ子爵にどんな形であれ、渡したことは罪に問われます」
「それは仕方のないことだわ」
「一つ、気になることがあります」
「……何かしら」
ホリーは眉をひそめて、リミアリアを見つめた。
「あなたは先ほど、私の母を殺すつもりはなかったとおっしゃいましたよね」
「……ええ」
「では、どうしてシウナ子爵に毒を渡したのですか?」
「そ、それは……っ」
「何か目的がないとわざわざ毒を手に入れて、人に渡したりしないでしょう」
「リミアリアの言う通りだ! 知らなかったなんて嘘だ!」
黙って話を聞いていたテイランが、話に割り込んできた。
(どうして大人しく人の話を聞けないのかしら)
いらだつ気持ちを抑え、リミアリアは黙っているホリーに尋ねる。
「納得のいく理由を教えていただけませんか」
「……っ! そ、そうよ。こ、この人に毒を手配してくれと頼まれたから用意したのよ! 私は悪くないわ!」
「おい、お前!」
テイランがホリーの腕をつかんだ時、アドルファスがテイランに命令する。
「シウナ子爵、リミアリアはお前と話しているんじゃない。黙って話を聞いてろ」
「……申し訳ございませんでした」
テイランが頭を下げて謝ると、リミアリアはアドルファスに「ありがとうございます」と礼を言った。
そして、質問を変えてホリーに問いかける。
「頼まれたからでは理由になりません。たとえ毒物を譲渡することが違法じゃなかったとしても、毒物なんて危険なものを軽い気持ちで人に渡しません。頼まれたとしても断るべきです。それなのに、どうしてシウナ子爵に渡したのですか?」
「……それはっ」
返す言葉が見つからず、ホリーは唇を噛んで俯いた。
「理由がわかれば渡してもいいというわけではありませんが、わからないからこそ、渡すべきではないはずです」
ここで下手な言い訳をしても無駄だと思ったのか、ホリーは非を認める。
「そうね。あなたの言う通りだわ。そのことについては私が悪かったと思う。だけどね、私に薬を渡されたからといって、何の薬かわからないのに、奥様の食事に入れるテイランが一番悪いと思うのよ」
「人に責任を押し付けるな!」
これで終わるとでも思っていたのか、安堵の表情を浮かべていたテイランだったが、焦った顔で訴える。
「私はホリーを信用していたんだ。だから妻の食事に入れたんだよ!」
「あなたがたの言っていることを少し整理しましょうか」
テイランにも質問したいことがあったが、言い分がコロコロ変わるため、これ以上言い逃れできないように、本人たちが認めてから話をすることにした。
「夫人はシウナ子爵に頼まれて毒物を用意した、これは間違いないですね?」
「そうよ」
「そうだ」
すんなりとテイランが認めたことにリミアリアは驚き、再度確認する。
「後から違ったとは言いませんね?」
「言わないわよ」
「言わないから話を進めろ」
(短気は損気というけれど間違っていないわね)
イライラした様子のテイランを見てリミアリアはそう考えたあと「失礼しました」と謝ってから話を続ける。
「夫人は伯爵がその毒を何に使うかわからなかった。それなのに伯爵に手渡してしまったことは、自分の落ち度だと認める。これでいいでしょうか」
「間違っていないわ」
殺人罪に問われるよりはマシだと考えたホリーは反論しなかった。
「では、次にシウナ子爵に確認したいのですが」
「私は何も知らなかった。ホリーに言われるがままに、お前の母の食事に薬を入れたんだ!」
「話をしている途中です。最後まで聞いてください」
話に割り込んできたテイランに冷たく告げると、彼はぶつぶつ言いながらも大人しくなった。
リミアリアは不機嫌そうな顔で自分を見つめているテイランに質問する。
「あなたは毒物を用意してほしいと夫人に頼んだのですよね」
「そうだ。だけど、殺すつもりはなかった」
「少し前の話であなたは、夫人に頼まれて、私の母の食事に薬を入れたとおっしゃっていましたね?」
「そうだと言っているだろう!」
「となりますと、気になることがあるのです」
リミアリアがわざとらしく首を傾げると、いら立ったテイランが叫ぶ。
「もったいぶらずに早く言え!」
「承知いたしました。では、お聞きします。あなたは、何のために毒を用意する必要があったのですか?」
「……あ」
自分がホリーに毒物を用意するように頼んだことを認めた以上、テイランはリミアリアが納得する答えを用意しなければならなかった。




